第68話 秋の空は移ろいやすい.2
鈴木さんは伏せた瞳のまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「中学のとき……鳴海君がうちの学校に練習試合で来てて。それから、ずっと応援してた。他の学校に行った。鳴海君の学校にだって。突然、転校したって聞いて……転校生として現れたときには、まるで奇跡みたいに思えた」
その瞳に宿る想いが、言葉にしきれないまま胸の奥に静かに触れてくる気がした。その記憶が、どれほどの意味を持っていたのか——そう思うと、その痛みがじんわりと私にも伝わってくるようだった。
「なのに……」
一度言葉を飲み込むように口を閉ざしてから、鈴木さんは視線を落とす。そして抑えきれない思いが再び声になってもれ出した。
「なのに、鳴海君は私のことなんて全部忘れてたの! 初めて話したことだって、何も覚えてなかった!」
最後の言葉は、苦しみをぶつけるように吐き出された。
「……わかる? この屈辱?」
鈴木さんの唇がわずかに震え、悔しさを押し殺すようにぎゅっと噛みしめている。その瞳には涙が浮かび、鋭い視線が私に突き刺さる。
それでも鈴木さんは無理に笑みを浮かべ、痛々しいほどまっすぐな目を私に向けてくる。その中に渦巻く怒りや嫉妬が、容赦なく胸を締めつけてくるようで、私は何も言えずにいた。
「それなのに、何? どうして邪魔するの? 一之瀬さんは中学のときからずっと一緒にいたんでしょ? ずっと隣にいたくせに、どうしていまさら出てくるの?」
鈴木さんの言葉が、涙と一緒にぽろぽろと
「……違う」
と、声が少しだけこぼれたけど、どうやって説明をすればいいのかわからず、私はそのまま押し黙ってしまう。
鈴木さんに何をしたわけでもない、けれど、彼女のその強い思いに触れた瞬間、胸に重たく沈むものが積もっていくようだった。
去っていく鈴木さんの背中が桜の木々に溶け込むように消え、再び静けさが訪れ、乾いた風が頬を撫でる。その瞬間、気配を感じて顔を上げると、不意に小さな声が耳に届く。
「すみません……」
振り返ると、キラリ君が立っていた。気まずそうに、視線をそらして頭を掻いている。その仕草がどこか幼さを感じさせる。
「鳴海さんの名前が聞こえて……つい、立ち聞きしちゃいました……」
ぽつりと落ちた声には、戸惑いが含まれていて、それが私の胸にも波紋のように広がる。言葉を返えそうと思ったけど、どこか落ち着きがない様子に、私の口はそのまま飲み込んでしまう。
「それに……鈴木先輩、同じ
小さな声でそう言いながら、キラリ君は苦笑いを浮かべている。
「……まあ、同じ鳴海純のファンってことで」
その言葉に、私の中で何か、静かに揺れていた感情がふっと解けた気がした。
どこか自分を納得させるように軽く肩をすくめるキラリ君の様子からは、何となく鈴木さんへの気遣いと、鳴海君への純粋な思いが見て取れる。
「ちょっと、俺……やっぱりほっとけないんで、追いかけますねっ」
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