第65話 胸騒ぎの学校.1

 体育館にボールの音と、シューズが床を擦る音が、沸々と鳴り響く。ウィンターカップ予選まで残り一ヶ月を切ってからというもの、練習はますます熱を帯びていた。


「そこ、動きが鈍い! 腰を落として、踏み込みが甘いよ!」


 コーチの的確で鋭い指摘が飛ぶ。おっとりした見た目に反して、その声には一切の甘さも妥協もない。指示が飛ぶたびに、チーム全体が引き締まり、空気がさらに張り詰めていくのがわかる。



 全体練習が終わり、各自の練習に入る。私はリングを見据えてドリブルを重ね、深く息を整えたあと、シュートを放った。けれど——そのとき、パツン、という鋭い音が足元に響く。

 すぐに確認すると靴紐が切れている。何か、胸の奥を刺す不吉な気持ちと共に靴を見下ろしていると、結衣がこちらに気づいて駆け寄ってきた。


「桃、どうしたっ?」

「靴紐が切れちゃった……ちょっと用具室行ってくるね」


 そう告げて、結衣に軽く手を振ってから、私は体育館をあとにした。予備の靴紐は用具室の棚に置いてあったはず。



 用具室に向かい靴紐を探していると、不意に違和感が……。

 すぐに確認するともう片方の靴紐まで切れていた。


 ……こんなことってある?


 初めての経験に、軽く息を飲み、何とも言えない胸騒ぎがじわりと広がる。まるで、良くない予感がじわじわと忍び寄ってくるような感じがした。

 そんなとき——


「あ、一之瀬先輩っ」


 急に名前を呼ばれ、振り向くとそこにはキラリ君の姿があった。


「どうしたの?」


 訊くと、キラリ君は苦笑いしながら、「靴紐が切れちゃって……」と困ったように眉を下げている。

「え、キラリ君も?」


 思わず驚いてしまい、つい声に出してしまった瞬間に、しまったと思った。キラリ、は女バスの間だけでの呼び名だった。

 すぐに、「あ、ごめんね」と謝ったけど、やっぱり嫌な思いをさせてしまったかな、と少し気まずくなる。

 でも、そんな私にキラリ君は目を輝かせて、「キラリで平気ですっ。そう呼ばれてるの、知ってますから」と笑顔を見せた。


 その無邪気な姿勢は、何だか感動すら覚えた。どこか眩しさを放つようで、その輝きがまるで周りを照らす光のように、人の心にまで暖かく届く気がした。

 そのとき、だった。後ろから賑やかな声が響いた。

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