第63話 社長令嬢.1

「鈴木さん、中学のときバドミントン部だったみたいだよ。しかもインターハイでてたって」

「そうなんだ……」


 どうりで、さっきの試合、あんなにキレッキレだったんだと妙に納得できた。でも、

「高校ではバトやらなかったんだ?」

「親が厳しいとか言ってたかな。勉強を優先してるんじゃない? どこかの社長令嬢で、お嬢様育ちだって話も聞いたことあるし」


 その話にも、妙に納得してしまった。私も入学当初、バスケ部に入るかどうか悩んでいたからだ。

 この学校を選んだのは、お姉ちゃんの勧めもあったけれど、進学校でありながらバスケで全国を目指せること、それと自宅から近いことが決め手だった。

 勉強と部活の両立は大変だろうと覚悟していたところ、同じクラスの結衣に『一緒にやろうよ!』と誘われた勢いで入部してしまった。入学した日に、初めて顔を合わせた瞬間だった。

 どうして私を誘ってくれたんだろう?

 都外の県に住んでいたから、私のことなんて知るはずもなかったはずなのに、両親の転勤で目黒区に引っ越してきたばかりの結衣は、初対面の私に声をかけてくれた。

 そのとき、結衣のささやきが小さく耳元に届く。


「ねえ、気をつけなよ」


 驚いて振り返ると、結衣は鈴木さんの方をちらりと見やりながら続けた。


「鈴木さん……お祭りのとき、桃と鳴海君が二人で歩いてたの、根に持ってるらしいから」

「え……」


 まさかそんなことを気にしているのだとはとは思っていなかった。


「しかも……プライド高めっていう噂」


 結衣が半分冗談めかして言い、口元に薄く笑みを浮かべた。その何気ない一言に、私は複雑な思いを抱えたまま、再び鳴海君たちの試合に目を戻した。



 ……滝本のやつ、ムキになりやがって。


 体育の授業での鈍い痛みが体に残るのを感じながら、バイト先のパン屋で店じまいの準備を進めていた。疲れた指先にパンを並べる感覚が重なり、無心に片付けを続けていると、友希さんの声がした。


「今日もお疲れさま、純君」

「お疲れさまです」


 返事をしながら、パン棚の整理を続けた。俺の手際を眺めていた友希さんが、どこか満足げに微笑んで、しばらくすると、静かな店じまいの時間に和らぐような声で尋ねてきた。

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