第60話 まずはコーヒー.3
理由は、その中のひとり、可愛らしいワンピース姿の女の人が、テーブルの下で向かいに座る男の人の足を、ちらりと見せた足先で、ちょんちょんと、さりげなくつついているからだった。
男の人は明らかに動揺していて、顔を赤くしながらも落ち着かない様子。お互い、妙に視線をそらしているあたり、たぶん他の二人には気づかれないようにしているつもりらしい……。
これが俗にいう、あざとい女?
何となく鳴海君と目が合うけど、隣のテーブルで繰り広げられている、隠しているつもりでまったく隠せていないやりとりに、私はどう反応すればいいのか分からない。
コーヒーを一口含んでから、そっとカップを置くと、カタン、と小さな音が響き、漂う気まずさを助長する。続いて鳴海君のカップの音が小さく聞こえた。
この空気を何とかせねば……
「鳴海君は、どんな髪型が好き?」
「……」
——やってしまった。
言って、すぐに気づいた。
「いや、別に……」と、気まづそうな鳴海君の表情を見て一瞬にして反省した。何とかせねば……
「ど、どう……? そのコーヒー、おいしい?」
今度は当たり障りのない話題を振ってみた。
でも、
「おいしいんじゃない? 普段、コーヒー飲まないからよくわかんないけど」
と、思わぬ返答に、——コーヒー飲まなかったんかいっ、とつい動揺してしまった私は、針のむしろに座っているような空気を、ますます悪化させてしまうのだった。
それにしても、隣の席の様子が気になって仕方がない。まだ、ちょんちょん、と続く足の動きに、よく見ると男の人の額にはじわりと汗が滲んでいる。
もて遊ばれている? よくわからないけど、あの落ち着かない視線に、思わず息を呑んでしまった次の瞬間──男の人が突然立ち上がった。
「……な、なんでそんなことするんですか⁈」
店内に響いた大きな声に、空気が一気に張りつめたのがわかる。男の人が声を震わせて「おちょくってるんですかっ? 思わせぶりならやめてください」と必死な様子で言い放つと、女の人は冷めた表情で「え、何のこと?」と、わざとらしく首をかしげたあと、面倒くさそうに「真面目か」と吐き出し、「周りにバレないように触れるって、足ぐらいしかなくない?」と、逆に男の人を責めるように言い放つ。
慌てて他の二人が「まあまあ」と場を収めようとするものの、隣のテーブルの緊張感がそのまま伝わってきて、私と鳴海君は顔を見合わせたまま、言葉を失ってしまう。
……な、何? とんでもない場面に出くわしてしまった。自分の運の悪さを恨む。
そして、真っ赤な顔のままさらに食い下がる男の人が、そんな私に追い打ちをかけた。
「じゃあ、ぼくのこのときめきで払ったカフェ代、弁償してもらえますかっ?」
……もう、何がなんだかよくわからなかった。
優しいウッド調のインテリアに、壁の落ち着いたブルー色。秋の柔らかな光と調和して、店内はどこか温かい空気に包まれている。
ここで、ふわりと立ち上るコーヒーの香りの力を借りるはずだった。
でも、作戦は失敗だ。
がっかりと、思わずため息がでた。
「……もう、水族館、行こっか……」
ぼそっとつぶやくと、鳴海君は小さくうなずき、「ここから早く脱出したほうがよさそうだな」と、苦笑してから立ち上がった。
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