第59話 まずはコーヒー.2
「ねえ、ちょっとお茶してから水族館行こうか?」
ふと提案すると、鳴海君は少し首を傾げて、「お茶? 今から?」と意外そうな表情を見せた。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「なんか、喉乾いちゃって」
軽く笑ってごまかすように言うと、鳴海君は少しだけ目を細め、「まあ、別にいいけど」と、いつも通りさっぱりとした対応で応じてくれた。
その返事にほっとしながら、心の中で小さくガッツポーズを決める。
——今日の私は、いつもとちょっとだけ違う。
向かったのは、二人が中学生の頃に初めて訪れたカフェだった。駅構内にあるアメリカ生まれのコーヒーチェーンで、シンプルなインテリアと、一杯ずつ丁寧に淹れられるハンドドリップのコーヒーが人気の店。あのとき、少し緊張した表情で『カフェ行ってから水族館行かない?』と、鳴海君が誘ってくれたのを覚えている。
洗練されたおしゃれな店内は、大人びていて、当時の私たちには少し敷居が高かった。でも、それでも鳴海君は、あえてこの店に私を連れて行きたかったんだと思う。ほんの少し背伸びをして、私を大人の世界に誘ってくれた、そんな場所だった。
鳴海君の隣に立ちながら、私の中でも何かが少しずつ変わり始めていた瞬間でもあった。心臓をドキドキと高鳴らせ、まるで新しい扉がふわりと開かれ、その向こうに広がるキラキラとした景色に胸を躍らせているかのように。
私は心のどこかで思っていた。
もしかしたら思い出してくれるかもしれない。
なんて、淡い期待を抱いていた。
なのに、どうして、
……何でこうなるのだ。
本当は、鳴海君との何気ない会話を楽しんでから水族館に行くつもりだったのに、その計画はあっけなく崩れてしまった。
レジで注文してから二人で席に着くと、ほんのり温かいカップを手にしながら、ふと隣の席に目が行った。男女四人のグループで、二組のカップル……? という雰囲気でもなさそうだ。
「……あの人たち、いったい何してるんだろう?」
小声でつぶやくと、気まずそうに笑いをこらえながら、「さあ?」と、控えめに鳴海君は首を傾げている。
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