第58話 まずはコーヒー.1

 次の日、品川駅の改札前で、立ち尽くしていると、絶えず流れる人の波に飲まれそうになりながら、私はスマホをぎゅっと握りしめた。

 待ち合わせの時刻を過ぎた通知が、小さく震え、不安がゆっくりと胸の奥から湧き上がる。

 部活の練習を終えてからは、時間に追われるように自宅へ駆け込み、シャワーを浴び、前日に調べた流行りのコーディネートを参考にした服を選んでから、やって来た。少しでもよく見えるようにと一生懸命、髪だって整えた。

 そして今、鳴海君を待ちながら、不安に襲われている、私。


 ——鳴海君、どうしたんだろ? 来てくれるよね?


 平静を装っているつもりだけれど、内心はいつになく緊張していて、ふとした瞬間に襲ってくる疑念に息が詰まる。

 自分でも呆れるくらい過去の記憶がちらついた。鳴海君からLINEの連絡が急に途絶えたあのとき、何もできないまま、ただただ時間だけが過ぎていった日々のことを。

 バイトが終わってから来るって言ってたけど……

 そう鳴海君の言葉を思い出していたときだった。


「……あ、いたっ」


 不意に視界の端に見えた。

 少し離れた場所で、鳴海君は海外の観光客らしき人と何か話している。その瞬間、さっきまでの不安が少しずつ薄れていき、代わりに胸の奥に静かな安堵が満ちていった。鳴海君もこちらに気づいて、小走りでこちらに向かってきた。


「わるい、捕まった……」


 鳴海君は息を整えながら、申し訳なさそうな顔をしている。

 私は何でもなかったようなふりをしながら、「道案内でもしてたの?」と問いかけてみると、鳴海君は肩をすくめて「いや、ただ背が高いからって理由で話しかけられたらしい」と、平然と答える。


「……え、それだけ?」


 話は突拍子もない言葉に、思わず微笑んでしまう。

 さっきまで心の奥で膨らんでいた、もやもやした感情は、午後の穏やかな陽射しにさらわれて、少しずつ解けていくようだった。



 ……さて。

 まずはコーヒーだ。


 今日のデートは、私がリードすることに決めていた。鳴海君が都内を知らないというのもあったけど、私には考えがあった。

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