第55話 ネズミと猫.2

 閉店間際の静かな店内には、穏やかな時間が流れていたはずだった。なのに、そこに現れたのは一之瀬と鈴木だった。

 二人が険悪な空気を漂わせながら店内をうろうろしているのが目に入って、俺はバイトに集中できない。鈴木の冷ややかな視線が一之瀬に向けられ、一之瀬はまるで猫に怯えたネズミのように視線を避け、店内をちょろちょろと動き回る。

 奇妙な空気が漂う中、なぜか俺の方が落ち着かなくなってくる。先にレジに来たのは鈴木で、無言で会計を済ませると、さっとその場を離れた。次に一之瀬の番だが、俺の視線は思わず持ってきたトレイに釘付けになる。そこに積まれているパンの山に、思わず目を細めた。

 こんなにパンを買ってどうするつもりなんだろうか、家族で食べるにしても多すぎるんじゃないか……と、自然に疑問が浮かぶ。

 それでも値段を伝えると、一之瀬はおもむろに財布を取り出す。だけど、すぐに顔が曇り、財布の中をじっと見つめている。「あ、あれ……足りない」小さく、ため息のような声が漏れる。

 ほれ見たことか、と内心少し呆れたものの、大パニックに陥っている一之瀬を放っておけるはずもなく、見かねた俺は店の奥で作業している友希さんに、そっと視線を送ってみた。 

 すると、友希さんはこちらの意図をすぐに察したのか、軽くうなずき、柔らかく微笑んで「いいわよ、サービスにしてあげるっ」と声をかけてくれた。静かな店内に響くその声は、妙に温かい響きを帯びていた。


「どうせ余りは廃棄する分だし」と肩をすくめながら、手際よく袋詰めを始める。

「それに、純くんのこともよろしくね!」


 と、満面の笑みで一之瀬に声をかける。そのあまりの気軽さに、一之瀬は一瞬、きょとんとした顔を見せたが、すぐに照れたようにうなずいていた。

 さらに、隣で無言のまま立ち尽くしていた鈴木に目をやると、友希さんは同じように笑顔で、「そっちの彼女もね!」と言って、袋詰めしたパンを渡した。

 二人はそろって何とも言えない居心地の悪そうな表情を浮かべ、肩をすぼめたままだった。まるで何かを隠すようにしている様子が、どこか微笑ましく、自然と心の中で小さく笑みがこぼれてしまった。



 店を出ると、なぜか一之瀬と鈴木が入り口で待っていた。

 二人は並んでいるものの、会話もなく、ただ無言で立っている。

 訳が分からずにしばらく見ていたが、しかたなく「とりあえず駅まで行きますか……」と俺が口にすると、自然と三人で歩き出した。

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