第54話 ネズミと猫.1
沙織んが食べかけのパンを手に、心配そうに眉を寄せた。
星ヶ丘学園には、ビクトリア・ジョーンズ選手という長身のフォワードがいる。日本に帰化した外国籍選手で、その高さとパワーは圧倒的だった。
「ビクトリアって、身長198センチだっけ?」
別のチームメイトが小声で尋ねると、沙織んがすかさずうなずく。
「そう。しかも手足が長いし、ゴール下のリバウンドも抜群。身長差のある、うちらはキツいよね……。しかも、星ヶ丘は三年生がほとんど残ってるからね」
たしかに、祐天寺は二年生主体で、メンバーの大半が経験不足。それでも今年のメンバーは勢いがあるし、特に攻撃に関しては沙りんの言うように『キツい』なんて言葉は気にしない。
「……だからこそ、桃の3ポイントが鍵になるのよ」
と、沙織んがちらっと私を見つめる。
「桃が決めてくれたら、あの身長差を逆手に取ってゲームを進められるんだから」
沙織んの強い眼差しに、胸の奥がじわりと熱を帯びていくのを感じる。確かに、3ポイントを決められれば、相手の長身ディフェンスも崩れ、こちらに流れが来るかもしれない。
……それに、もし全国に行ければ、鳴海君の記憶も戻るかもしれない。
皆んながそれぞれの教室へと戻り、残ったのは結衣と二人きりになった。ふと顔を上げると、結衣がじっとこちらを見つめていることに気づく。
「……わかってる?」
突然の問いかけに、私は何を言っているのか分からず、戸惑いが顔に出てしまう。結衣はそんな私に真剣な眼差しを向け、ゆっくりと言葉を続けた。
「自分のためにも頑張るんだよ」
力強く、まっすぐな結衣の眼差しが、胸に深く響いた。その瞬間、私は改めて思う。結衣のバスケに対する真っ直ぐな姿勢が、私が好きなところなんだと。
それと、結衣が鳴海君のことを応援してくれるのも、私がきちんとバスケに集中できるようにと願ってのことなのだということも。
結衣のその想いが伝わり、自然と私は小さく頷いた。
その日の練習は、コーチやキャプテンを中心に、いつも以上に熱がこもっていった。
そして、次の日の部活が終わったあとに、私はあるところへと向かうのだった。
+
——なんだこれは……?
俺は、滝本の祖母が営むパン屋でバイトを始めていた。
最初は、ぎこちない接客に、とんでもなく心配されていたが、地域の優しい老夫婦や常連さんたちに支えられ、少しずつ慣れてきた俺は、友希さんに「見違えるように良くなったね」と褒められるようまでになっていた。
自分でも、人と話すのが意外と苦手ではないのかも、食わず嫌いはいかんな、なんて思い始めていた。
なのに何だってんだ⁈ ……この光景は?
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