第53話 秋の空.3
「……こんにちは」
鈴木さんが声をかけてきた。挨拶の言葉が、妙に硬い。
「こ、こんにちは……」
その鋭い眼差しに少し怯んでしまうし、普段は友達にこんな堅苦しい挨拶はしないから、言葉が口の中でもぞもぞしてしまった。
隣にいた山田さんが、きょとんとした顔でこちらを見ていたけれど、鈴木さんは気にする様子もなく、そのまま二人で歩き去っていった。
けれど、どこかぎこちない彼女の表情が示しているものは、はっきりと分かる。さすがの私でも。
——鈴木さんは、鳴海君のことを想っている。
そんなことを考え、鳴海君の方にもう一度、視線を向けたときだった。突然背後から声が聞こえる。
「よっ! 一之瀬っ!」
驚いて振り返ると、滝本君が立っている。私の表情と鳴海君の姿を確認するなり、滝本君の口元が、にやりとゆがんだ。
「ん? 何、もしかしてLINE交換? 俺が頼んでやろっか?」
「い、いや、いいって!」
必死に首を振って否定した。滝本君のいつもの鋭さに驚きながらも、なんとか冷静を装うけれど、顔が熱くなるのを抑えられない。……な、何? この察しのよさは。
でも、滝本君は「そっか……」と、わざとらしく肩をすくめると、ふーん、と何かを企むように意味ありげに微笑んでから意味深なのを残していくのだった。
「ま、でも良いこと教えてやるよ」
滝本君が言葉を残して去っていったあと、私は教室に戻ることにした。
ドアを開けると、すでに何人かのクラスメイトが戻ってきている。教室の一角では、結衣の周りに沙織んや他の女バスのメンバーが集まっていて、何か楽しそうに話をしているのが見えた。
「ねえ、次の練習試合、皆で偵察に行かない?」
沙織んの明るい声が教室に響き渡る。話題は、前に練習試合をした星ヶ丘学園のことだ。沙織んの提案に、周りの女バスのメンバーたちも一気に興味を引かれた様子で、話が弾んでいく。
私もその輪に加わると、自然と前回の試合のことが話題に上る。そう、あのとき、星ヶ丘学園は主力の三人がU18日本代表の練習参加で欠けていた。もし、全員揃っていたら――と考えれば、私たちが勝てたのは、実力差を覆す奇跡だったのかもしれない。
十一月から始まるウィンターカップの予選まで、あと一カ月を切った。勝ち上がっていけば、おのずと星ヶ丘学園と戦うこととなる。もし今度本気の相手と対峙するとなれば……
「ビクトリアは、見ておきたいよね……?」
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