第50話 キラリとさらり.4
私は一挙手一投足に釘付けだった。鳴海君が少し戸惑いながら答える様子は、なんだか心をくすぐる。
返ってきた声は小さくて、水槽の中の泡がふっと浮かび上がるような控えめな響きだったけど。
「……シュリンプかな」
鳴海君の視線の先には、小さな赤や青、黄色のエビたちが水中をすいすいと泳いでいた。全長二センチほどの、小さな生命たちが、何とも言えない愛らしさを漂わせている。
「昔、父親と一緒に飼ってたんだ。小型の水槽でも飼いやすくて、せわしなく動き回るのを眺めてると、なんか癒されるんだよね」
シュリンプか……その名前をかみしめながら、目の前の小さなエビたちに視線を注ぐ。細い手足を忙しなく動かし、砂利をツマツマとついばむ様子は本当に可愛い。
気づけば、私は顔を水槽にぐっと近づけてその姿を覗き込んでいた。ふと隣にいる鳴海君の存在を意識すると、胸が小さく高鳴る。エビに視線を集中させているようで、実は水槽に反射する彼の顔をこっそり見つめている自分がいた。
鳴海君が好きなものに触れられて、また少しだけ近づけた気がする。今は小さなエビでも、いつかまた、鳴海君の好きな世界にしっかりと入り込めたら——そんな願いがふと浮かんで、ひとり密かに笑みがこぼれてしまう。
それと同時に、何だか、今にもちぎれてしまいそうな鳴海君の言葉と、私との距離感……そのひとときひとときを、大切に思う。
今鳴海君の瞳に、私はどう映っているのだろう。水槽を無邪気に覗き込む顔は、過去鳴海君そのものだ。
「……あの」
無意識に、私は言葉を漏らしていた。鳴海君と過ごすこの何気ない瞬間が、まるで水槽の中の泡のように、静かに浮かび上がっては消えないよう、そっと大切に抱えたくなった。
「今度……、一緒に水族館行かない?」
ふと、勢いで言ってしまった。ああ、まただ……私は何をしてるのだ、と自責の念に
唐突に誘っちゃったかな? そりゃあ、びっくりするよね……。
だと思ったのだけれども、鳴海君の返事は意外にも、さらりとしたものだった。
「いいよ」
驚くことなく、さほど迷いもなかったように見えた。
なのに私は、
——え、ほんとにいいの?
せっかく鳴海君がOKしてくれたのにもかかわらず、まだ水槽の中で、泡と一緒にブクブクしていたのだった。
+
家に帰ると、ばーちゃんが台所から顔を覗かせて、「おかえり」と声をかけてくれる。靴を脱いで鞄を置いたところで、ふと、ばーちゃんの視線が鞄に差し込んでいたアクアリウム店のパンフレットに向かっているのに気づいた。
「あら、何だか今日は嬉しそうだねえ」
ばーちゃんの言葉に、思わず立ち止まってしまう。自分が、嬉しそう、に見えるなんて、意識したこともなかった。
それにつられたのか言葉が先行した。
「あ、俺……バイトしようかな、て思ってるから」
そっと俺が呟くと、ばーちゃんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。
「あら、それはいいじゃない?」
「……ほしいものがあってさ」
言葉を濁しながら口にすると、ばーちゃんは、それくらい私が買ってあげるわよ? と何か言いたげに唇を動かすけど、もう一度、鞄に差し込まれたパンフレットに目を落とし、ふっと微笑んで「頑張ってね」とだけ声をかけてくれた。
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