第49話 キラリとさらり.3
改札を出たあたりで確認すると、杏からのメールが届いていた。
『やっぱ、鳴海君。挨拶してもそっけないし、話しかけても違和感を感じるって。記憶喪失なんじゃ? って噂も広がってるみたい』
目にした瞬間、心の中に冷たいものが広がる。前に最近、目撃者が多発していると、言っていた杏が、気を利かせて調べてくれたのだ。小さく息がこぼれた。
杏に、ありがとう、の気持ちを込めてスタンプを送ってから、スマホをしまう。
夕陽が少しずつ沈みかけ、空の色は次第に紫がかった色へと変わり始めていた。……そういえば。
ふと思い立つ。歩いて数分のところに、アクアリウムショップがあったことを思い出す。
店内に入ると、涼しげな水の音とともに、静かな空気が広がっていた。透明な水槽の中を、鮮やかな魚たちが悠々と泳いでいる。不思議と、心が落ち着く。囲まれた水槽のせいか、あたかも水の中にいるような錯覚を起こした。
水槽を眺めていると、空気を吸うように鳴海君のことを考えていた。アクアリウムが好きだと言っていたこと。記憶を失ったとしても、趣味や好みは、どこかに残っているのでは? そう思った。鳴海君が大切にしていたものや、好きだったことが少しでも蘇るなら……
そんなことばかりを、ぼんやりと考えてしまう。
「綺麗~……」
ふと、そんな言葉が口をつく。その瞬間だった。背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「……あ」
振り返ると、鳴海君が立っていた。
少し気まずそうに視線をそらしながらも、微かに微笑んでいる。その姿を見た途端、私の胸が温かくなるのを感じた。まさか、こんな場所で彼に会えるなんて……。
「何してるの?」
自然と声が出てしまった。
「……ああ。家でアクアリウムやろうかと思って」
鳴海君は肩をすくめながら、近くの水槽を指さした。
まるで初めてその言葉を口にした様子に、鳴海君の記憶の中に私はいない、と確信をしたけど、嬉しさが心の奥から込み上げてくるものもあった。
アクアリウムを好きだということ、覚えていたんだ……。
記憶の片隅に、昔の彼の部分が残っている——そう思うと、どうしようもなく嬉しかった。こうして普通に会話を紡ぐことができて。
興奮して、また粗相のないように、できるだけ慎重に落ち着くように努めた。水槽を大破してしまっては大変なことになる。
「何を飼おうと思ってるの?」
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