第48話 キラリとさらり.2

 キラリ君が、ふと私の顔を見て不思議そうに首をかしげていた。


「ぼおーとして、どうかしましたか……?」

「ううん。ごめん、ごめん。なんでもない」


 私はわざとらしく微笑みながら、その言葉を飲み込んだ。


「おれ、中学のとき、鳴海さんのプレーを見て、3ポイントシュートの練習を始めたんです。うちの学校で大暴れしてた試合」


 私はその言葉に、つい微笑んでしまう。私も同じだった。鳴海君のシュート姿に憧れて、少しでも近づけるように必死に練習を重ねてきた。


「え、烈華れっか中学の出身だったの?」


 烈華は全国大会に何度も出場経験のある強豪校だ。ちなみに青幸中学校は、男女共に、私のお姉ちゃんの代で行ったっきり。


「はい、烈華です。ほんと、あの試合は伝説です。62得点ですからね! あれは、カリーですよ!」


 この得点は世界一の3ポイントシューターともいわれる、カリー、のキャリアハイと並ぶ数字だった。

 そう——鳴海君は、この試合を通して途中出場だったのにもかかわらず、一人で12本の3ポイントシュートを含む、計62得点というとんでもない記録をマークした。



 駅に向かう道のりは、商店街を抜けると少し狭くなっていく。住宅街の中を通りながら、道端に植えられた街路樹がゆっくりと風に揺れている。

 駅が見えて、改札でキラリ君と別れた。


「絶対、全国行きましょうね!」


 その瞳は希望に満ちていて、言葉には揺るぎない自信が込められていた。



 電車に揺られながら、私はもう一度、さっきのことを思い返していた。鳴海君が公園にふらっと現れたときのことを。

 記憶がないとバスケできないのだろうか?

 もしかしたら、体が覚えているのでは?

 あのとき、鳴海君は豊富な知識を活かして、理論的にシュートのコツを教えてくれた。

 でも、そのフォームを見る限り、鳴海君のシュートは頭で考えているというより、体に染み付いていて、自然と動いているように見えた。

 転校前の学校は私立の進学校だったから、部活に真剣に取り組む生徒なんてほとんどいなかった、と言っていたけれど、どんなふうに練習をしていたのだろうか。

 あまり楽しくなかったのかな……? そう思うと、少し寂しくなった。母親もバスケには全く興味がなかったと聞いている。孤独な練習だったのかもしれない。

 それでも、青幸中が全国大会を目指していると知ったときの鳴海君の顔は、驚くほど嬉しそうに、ぱっと表情が輝いた。まるで新しい希望を見つけたかのように。

 この日から、私の日課の自主練習は二人になった。



 電車が最寄りの駅に近づくころ、手にしていたスマホが振動した。

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