第42話 波乱の予感.3


「オーケーっ!」


 私は少し焦りながらも大きく返事をした。振り向いた視線の先で、鈴木さんがまだ扉の近くに立っているのが見えた。ボールは拾ってくれているけど。

 どうしてまだここにいるんだろう。少し気にはなったが、今は目の前のボールを拾わないと——。


「ごめん。ありがとっ」


 ボールに手を伸ばした瞬間だった——

 ゴンッ。


「……え?」


 鈍い音とともに、ボールが私の顔面にぶつかった。驚いてしてしまい、反射的に顔を押さえた。


「……ごめん」


 鈴木さんの声が聞こえたけど、すでに彼女は体育館を後にしていた。私は何が起きたのかよくわからないまま、ほんのりと痛む頬に手を当てた。



 皆んなの元に戻ると、


「桃、大丈夫?」


 と、すぐに結衣と沙織んが駆け寄ってくれた。


「あ、うん、大丈夫……ただちょっとびっくりしただけ」


 笑顔を作ろうとしたけど、鈴木さんの、ごめん、という言葉が頭の中に何度も響いて、なぜか心がざわついたままだった。

 結衣に、よしよし、いい子いい子、と頭を撫でて慰めてもらう。そんなときだ、もう一つ別の視線が私の背中を刺すように感じた。


「なんか、視線感じない?」


 背筋を伸ばして、振り返ってみると、そこには一年生の男子バスケ部の子が、私? をじっと見つめている。少年のような無垢な瞳と、いつも直向きに、ただただ3ポイントシュートの練習をしている彼を、女バスの間では、キラリ、と呼ばれている。


「大丈夫ですか……?」


 近寄ってきたキラリ君に、初めて声をかけられた。

 ……え? 何何何何ーー⁈

 ほんとに何なの? どうして私?

 チームメイトたちも不思議そうに見ている。

 今日は一体何なんだろ……

 波乱の予感しかしないんですけど。



「何? どうしたの? そんなにベニクラゲが見たかったの?」


 水族館のレストランで、遅めの昼食を母さんととっていたが、どうにも食欲が湧かない。フォークでパスタを弄っていると、ぼそっと声が漏れた。


「べつに……それほどでもないけど」

「まあ、また見に行けばいいんじゃない? 都内に戻れば見れるんだしっ」


 と、母さんは俺の顔をちらっと見る。


「そんなことより、新しい学校はどう? 友達は?」


 その視線がどうにも気に入らない。過保護なのは分かってるけど、正直うっとうしかった。

 それにベニクラゲは、俺にとって特別な存在だった。

 父さんと水族館に来た幼い頃、あの透明で儚げな姿に心を奪われたのを今でも覚えている。父さんがいつも詳しく教えてくれて、あれから俺はベニクラゲが好きになった。


「なんか元気ないみたいだけど、大丈夫?」

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