第38話 ベニクラゲ
第一印象はやっぱり、整った顔立ちと、身長の高さで、バスケやってるのかな? だった。それと、神奈川県の海が見える地域からやって来たというのもあってか、潮風っぽさが漂っているような気がした。
鳴海君は、自分から積極的に話しかけていくタイプではなかったけど、気さくで明るく、すぐに皆んなと打ち解けていった。
でもこの頃も、どこか遠くを見ているような眼差しをしていたような気もする。
そして、私が鳴海君と仲良くなったきっかけは——
文化祭の準備が始まった日だった。
私はクラスメイトたちと一緒に出し物の準備に取り掛かっていたとき。教室は賑やかで、友達が「鳴海君、どうする?」と意見を求める声が飛び交う中、思い切って声をかけたのだ。
「何か手伝うことある?」
鳴海君は明るい声で「ちょっと手伝ってもらえると助かる」と答えた。
これが、初めて交わした会話。
その瞬間、私の心は嬉しさでいっぱいになったのを覚えている。一緒に作業ができて、ちょっとしたドキドキ感も味わっていた。
そのあと二人で休憩することになり、お互い好きなことや興味のある話になって、アクアリウムが好きだったと言う鳴海君が、
「一之瀬さん、知ってる? ベニクラゲっていう、クラゲ」
と、突然話し始めたのだ。
「ベニクラゲ?」
話の意図がさっぱりな私は、思わず吹き出して笑っていた。このときから鳴海君の雑学王たる片鱗は見えていた。
鳴海君は得意気だった。
「一般的なクラゲの寿命は一年程度なんだけど、ベニクラゲは、不老不死っていわれてるんだよね。正確には若返りをするクラゲなんだけど」
「え? すごい」
何だか興味が沸いた。私は思わず前のめりになっていた。
何でもその直径数ミリ~一センチ程度しか満たない赤い小さなクラゲは、普通のクラゲが寿命を迎えたり、敵に襲われて傷ついたりすると死んで海に溶けていく中、ベニクラゲの場合は、死ぬ代わりに、イソギンチャクの触手のような『ポリプ』というものに戻り、再び通常時と同じように成長していくことが可能なのだという。
しかも、それは原理的には何度でもできるらしい。
私は話を聞いて、すぐにでもそのクラゲを一目見たいと思った。
不老不死。なんて神秘的なのだろう。
でもそのとき、飲んでいたペットボトルを落としてしまい、拾った瞬間、拾おうとしてくれた鳴海君の手に触れてしまって、私自身がベニクラゲになってしまうのだった。
「ご、ごめんっ!」
私は思わず顔が赤くなり、彼の目を見られなくなった。
「大丈夫、気にしないで」
と、鳴海君は少し照れながらも優しい笑顔を見せる。
私の心臓が高鳴り、恥ずかしさと、ときめきが混ざったような気持ちでいっぱいになった。
そんなとき、その様子に気がついた杏がやってきて、「あー、いい雰囲気じゃん!」とからかわれたのだ。
「二人、すごいね。いいカップルになりそうっ!」
とか言われ、私たちはさらに照れ笑いを浮かべたのだった。
今になって思ってしまう。
彼の困惑した顔、そして時折見せる笑顔。
どうして、もっと早く気づいてあげられなかったのだろうか。記憶喪失になるって、一体どんな気持ちなのだろう。考えれば考えるほどに、後悔が胸を締め付けた。
明日の私に嘆かけた。
大丈夫かと。頑張って話すことができるのかと。
今の私は、全く自信がない。
でも、一つだけ。ただ、一つだけ救いはあった。
私は振られたわけじゃなかった。
それだけが、唯一の救いだった。
だけれども、翌日の学校に、鳴海君はいなかった。
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