第29話 告白

 場の流れで、何となく、一之瀬の家の近くまで送ることになった。まさか、俺と最寄りの駅が一緒だったなんてうかつだった。川沿いを外れ、途切れがちで、どこかぎこちない会話のやり取りを繰り返す。

 道中、重苦しい沈黙が、訪れるたびに俺の肩に重くのしかかり、時折吹く風で、ささやく木々の音が、唯一ゆいいつの救いか。

 すると、公園からバスケットボールをつく音が聞こえてきて、自然に足が止まった。一之瀬も同じタイミングだった。

 さらに、ボールの音が辺りに響いて、俺はまた何とも言えない不快感に襲われる。

 不思議と、一之瀬も同じ気持ちを抱いているような気がした。


「懐かしいね」


 声は、静かな夜に響くボールの音の隙間をぬって俺の耳に届いた。

 一之瀬は微笑みながらも、その笑顔にはどこか影が差していた。それはまるで、バスケットボールの音が、過去の思い出を呼び起こしているかのようだった。


「鳴海君。またここに戻って来てたんだね」


 俺は、ただ話を合わせるように、ああ、と空気みたいな返事をした。

 そして、また、おれには理解できないことが起こる。 重苦しい空気は依然として消えない中、少しずつ距離を縮めながら、一之瀬は口を開いた。

 心の中にはまだ整理しきれない感情が渦巻いているようだった。



 ——いけない。


 否が応でも、思い出してしまう。

 鳴海君とのLINEが、途絶えた日のことを。

 私は、この公園で、彼に告白された。

 それは二人で日課にしていた朝練の最中だった。

 その記憶は、ただの一度さえ不鮮明に劣化することもなく、今でも鮮明だ。

 はにかんだ笑顔に、あの初々しい表情。

 ボールがネットに吸い込まれる。シュートを放った鳴海君は、ボールを拾いに行き、地面にボールをつきながら、ゆっくりとこっちに戻って来る。

 そして、立ち止まり、照れくさく頬を緩ませると、ちょっとだけ目をそらし、ぽっかりとこぼした声が、私の耳の底に響いた。

 

『一之瀬。全国行けたら、俺たち、付き合おっか?』



「どうして、突然、いなくなったの……?」 


 声を震わせる一之瀬の頬には涙が伝っている。

 本当に、何が何だか意味がわからなかった。

 俺はどうしていいかわからず、ただ立ち尽くしてしまう。心の中には、言葉にできない感情が渦巻いていた。


「一之瀬……」


 と、何とか言葉を絞り出そうとしたが、うまく言葉が見つからない。

 俺は、一之瀬に何をしたんだ?


「ごめん……」


 と、ようやく言葉がこぼれ落ちたときには、もう遅かった。

 一之瀬の口から滝のように涙と言葉が流れ出るように発せられた。


「私はずっと待ってた……。どこにいたのっ? どうして連絡してくれなかったのっ⁈」


 一之瀬は涙を拭いながら、俺の顔を見上げた。


「何も言わずにいなくなるなんて……」


 何も言えなかった。

 涙に圧倒されるように、俺は鞄の中を探り、以前、一之瀬から借りたハンドタオルを手に持った。


「これ……」


 一之瀬は驚いたようにタオルを見つめ、再び俺の顔を見上げ、涙を拭きながら、ありがとう、と言っている。


 俺はただ静かに頷いた。

 できることはそれしかなかった。

 このときはまだわからなかった。

 一粒の涙が、自分の頬を伝っていたことは。


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