第28話 帰り道

 二人に軽く手を振って別れを告げると、結衣と一緒に駅まで歩き始めた。鳴海の姿が闇に溶けていくのを感じながら、さっきの出来事が頭から離れない。

 少し頬が熱いのは、まだ動揺が収まっていないせいだろう。だけど、結衣と一緒に歩くこの瞬間が、どこか心地よくて気持ちが少しずつ落ち着いていく。



「ねえ、大丈夫? さっき転んでたけど」


 結衣の声が夜の静けさを切り裂くように響いた。


「うん、大丈夫。びっくりしたけど、怪我とかはないから」

「そっか、よかった。でも、まさかほんとに押し倒しちゃうとはね」


 結衣の不敵な笑みが、私に刺さる。トイレに行っていた滝本君が、その場に居なかったのが唯一の救いか。

 私の必死の言い訳にも、結衣は、へえ~、と言って、にたにたと微笑むだけだった。

 そして、突然飛びかかるようにして抱きついてきた。

 結衣の笑顔に、私はつい吹き出してしまう。

 結衣といると、不思議と心が軽くなる。私たちの前には、神社から続く小道が広がっている。先ほどまでの祭りの賑わいは、もう遠い過去のように静まり返っている。 時折、遠くで聞こえる虫の声が、静けさに消えていく。


 私が、ちょっと何~? と、訊くと、結衣は「なんか、私の桃が離れて行っちゃう気がして捕まえただけっ」

 と言った。


 夜空にはぽっかりと大きな月が浮かんでいる。その月明かりが道端に影を落としている。

 辺りの木たちは風に揺れてささやかな音は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出し、何だか、小説の中の一部に溶け込んでいるようだった。

 心地よい柔らかな風が肌に触れると、ようやく秋を感じることができた気がした。



「んじゃ、また学校でなっ」

「ああ、滝本。また学校で」


 祭りの喧騒を後に、今日はそのままの足で自分の祖母の家へ向かう、と言う滝本と祐天寺駅で別れてから、一駅、電車に揺られ、俺は改札を出ると、帰路の川沿いへと足を運んだ。

 しばらくして、人の気配が薄くなり、自然と足が止まった。

 遊歩道の手すりに触れると、ひんやりとしていて気持ちがいい。何気なく、川を眺めながら、都心の雑踏とは対照的なのんびりした雰囲気に、そのまま身を任せたかった。

 今日は一体、何だったんだ?

 まだ、いまいち気持ちの整理がつかない。

 俺は何んで、今日駆り出されたんだ?

 一之瀬のドタバタ劇に、俺の平静は見事に刈り取られた。

 たこ焼きが宙を舞って、押し倒されるまでの様子を思い浮かべると、何でか心臓の鼓動が普段より早い。

 危うく、唇と唇が触れ合うところだった。毒霧対策で、お面を被っていたのが、功を奏した。

 今でも、あの瞬間が、まるで映画のワンシーンのように脳裏に焼き付いていた。

 そして、そんな物思いにふける俺に、再び予想だにしない出来事が続く。

 ふと、歩いてくる影に気付いた。それは、一之瀬だった。


「鳴海君っ⁉︎ どうして?」


 その言葉に思わず、ああ、と声を溢して頷いてしまった。

 木々が微かに揺れる。この静かな遊歩道に、妙なざわつきを感じたのは、俺だけだろうか。

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