第25話 戦隊ヒーロー.3


 話を聞くと、ふざけて母親から逃げていたら、完全に迷子になったのだと言う。


「そうなんですか……」


 謎のマウンティングにより、敬語になってしまった私。

 ただ、冷静に考えてみると、この子は迷子。運営本部に連れて行ったほうがいいよな……と、そう考えた私は、上司をちらりと見る。

 すると上司は、たいそう驚いた顔をして訊いた。


「おい、おまえっ。なんで浴衣じゃないんだ?」


 そう言う上司は浴衣を着ていた。立ち上がって私の元に下りてくる。


「彼氏と来てるんだろ? 浴衣着なきゃだめだろっ」


 もしやこれが世間でいうセクハラ? 次にくるのはカスハラだろうか……。


「服装の乱れは心の乱れだっ。七色戦隊のレッドがそう言ってたぞ」


 子供がテレビで見る、戦隊ヒーローのことだろうか。上司は、側でめんと向かうと小さくて可愛く見える。聞いていると、段々とおかしく思えてきた。


「彼氏のこと、好きなんだろ?」


 もう訳がわからなくなってきた。でも、率直に訊かれ、真剣に考えて言葉につまってしまう私はバカなのだと思う。


「何だ? 喧嘩したんか?」


 妙に察しのいい上司だ。


「フラれたんか?」


 痛いところをついてくる。よっぽど悲壮感が漂っていたのか、上司はすぐに、悪かった、と言って慰めてきた。


「でも伝えたいことはちゃんと伝えたほうがいいぞ。あとで後悔しないために」


 これも戦隊ヒーローのレッドの言葉なのかは知るよしもないけど、うかつにも妙に納得してしまった。そうなのだと。

 私はずっと訊きたかった。突如としてLINEの返信が途絶えたことを。

 そっと声がこぼれた。


「ですよね……」


 それに、また突然と、私の前から鳴海君が姿を消す、なんてことだってあり得る。


「その大事そうに持ってる、たこ焼きも、そいつのためのものなんだろ?」

「……はい」


 たこ焼きを持つ手に自然と力が入った。

 街灯の明かりに包まれた上司の顔は、勝ち誇ったみたいに得意げだった。ぼんやりとした光の中で、にこりと笑う。

 そろそろ……この子の母親を探さないとな。

 少しだけ平静が戻ってきたのか、やっと自分の思考がまともになってきた気がした。

 親御おやごさんも、きっと心配しているはずだ。

 しかし、そう考え、私が行動に移そうと少年に歩み寄ろうとしたときだ。何だか少年の表情が、みるみるうちに変化していったのは。

 感極まってる? 私にはよくわからないけど、小刻みに震えているようだった。

 そして少年の顔が影に隠れ、張り上げた声と共に私は後ろを振り返る。


「た、隊長っ!」


 隊長っ⁈

 一瞬、何のことかわからなかったけど、状況はすぐに把握できた。隊長とは別の意味で。思わず大きく声が出てしまう。


「鳴海君っ⁈」


 背格好と服装から、すぐにわかった。何で、顔に戦隊モノのお面を被っているのかは、わからないけど。おそらく、色を見るに、さっき少年が言っていた、七色戦隊のレッドだろう。

 レッドは膝を曲げ、少年の顔を見て言う。


「お母さん、困らせたらだめだろ?」


 優しい問いかけに、少年は大きく頷いたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る