第22話 タイムスリップ

 屋台の明かりが煌めき、活気があふれた雰囲気が広がる中、私は鳴海君と並んで歩いた。

 いつまでも続く、ぎこちない沈黙に、私は、この空気を何とかして脱っせねば、と意気込み勇気を振り絞って、お祭り久しぶりだね、と声をかけるけど、鳴海君からは、そうなんだ、と、これまたあっさりとし言葉が返る。

 それでも、私の心の内は幸せだった。また、鳴海君の声が聞こえているのだから。

 安心感のある、柔らかな、心地の良い音が、ごくごく当たり前の空気のように、いつまでも鼓膜の奥の方で微かに残る。


 何度もすれ違う浴衣姿の人たちを見て思う。


 こんな日に、こんなみすぼらしい服装でやって来てしまったことが、改めて悔やまれると。

 鳴海君は、清潔感があってシンプルな好感の持てる装いだ。

 それともう一つ。ちょっとだけ二人の距離が近くなって感じる。改めて身長が高いことに。前よりも少し背が伸びた?

 横目で斜め上に見る顔は、過去のものとは違い、どこか冷たく寂しげなものにはなってしまっているけれども。

 賑わいに混じって鳴海君の声がした。


「なんか匂うな」


 小さく、ぼそっとした独り言だったけど、私は聞き逃さなかった。

 ——え? ひょっとして私、汗臭い?

 まんべんなく汗拭きシートと制汗剤で対策をしてきたはずなのに⁈

 私は慌ててポケットに常備していた制汗スプレーを吹きかける。そして、またやってしまった、とすぐに後悔する。

 一気に噴射したガスは広範囲に広がり、私と鳴海君はおろか、近くにいた人たちまで巻き込んでしまい、皆んなで小さくむせる。

 てんぱった私は、すぐに周囲の人たちに頭を下げ、鳴海君にも誤った。気を使ってくれたのだろうか。間を空けずに「違うって。俺が言ったのはあれ」と、鳴海君が指を差す。たこ焼きの屋台だった。


「ここのたこ焼き、地元で評判なんでしょ? うちのばーちゃんが言ってた」


 中学生の頃の想い出が頭をかすめる。口調が心なしか昔のような温かみ感じを含んでいたからかもしれない。

 ほんわかと、懐かしい屋台から漂ってくる白い煙と、香ばしいソースの香りが、私をタイムスリップさせる。それはほんの一瞬のことだったけど、まるで迷子だった。幻想の世界に迷いこんだみたいに。

 中学生の頃にも、ここで似たような会話をしたことがある。


 ——やっぱ中目黒神社の祭りに来たら、たこ焼きだよね~。

 鳴海君は子供もっぽくにこりと笑っていた。今にもよだれが垂れそうな表情に、私は、子供か、と食い気味にからかう。

 ——俺、子供のときからずっと食べてるしっ。

 愛おしいほどの、無邪気な笑みに、私はたまらず駆け寄っていた。

 屋台で売っていたたこ焼きは、残り一つだったけど、何とか買うことができた。そのあとは、二人で分け合って一緒に食べた。


 また売り切れてしまうかも——

 過去を振り返って、そんな気になった。まだ好物だよね? また、あの笑顔が見たい。

 私の口は自然に呼び止めていた。


「鳴海君。たこ焼き買おうっ」

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