第21話 なり、とは?


 結衣は、そんな言葉にもならない声を笑いながら、私の耳元でそっとささやく。


「押し倒しちゃえ」


 ぱっと、自分の顔が赤面してしまっているのがわかった。きっと、さっき鳴海君は押しに弱いと聞いたから、こんなこと言っているのだとはわかってはいるけど。

 私は、待って、と結衣に言いたかった。

 でも、その願いは叶うことはなく、結衣たちはその場を後にした。鳴海君と私、二人を残して。

 それはまるで、踏切を列車が颯爽さっそうと通り過ぎていくみたいに、一瞬の出来事だった。

 ……私と鳴海君の間に沈黙が生まれる。


 何か話をしなければ。


 でも、心臓が暴れ回っているせいで頭まで思考が巡らない。

 もう、私の意気込みなんて所詮こんなもんだ、とうなだれる。こんはちっぽけな自分の性格が、ほんと嫌になる。


「どうする?」


 鳴海君がふと口を開いた。彼の声には、特に感情が込められているわけではないけど、その言葉の後ろに潜む期待や不安が、私の胸に直接響いた。


「え、えっと…」


 私は口ごもりながら、どうにかしてこの空気を変えようと考えるも、さっきの結衣の冗談が頭をよぎり、顔が熱くなるのを感じる。『押し倒しちゃえ』の言葉が、あまりにも唐突で、ただのからかいだとわかっていても、心の中で大きな波紋を広げている。

 そのまま、思いつくままに言葉を選ぶ。結衣や滝本君と同じように、無理に会話を盛り上げようとするのではなく、ただ普通に過ごそうという気持ちを込めて。


「……と、と、とりあえず、なりで、屋台、見る?」


 言って、何言ってんだぁーー、と心の中で絶叫した。滝本君の口癖を真似てしまった。

 は、恥ずかしすぎる——目の前に列車があろうものなら、特急でも各駅でもいいから、今すぐにでも飛び乗って消え去りたかった。


 しばらく黙って私を見つめる鳴海君。

 恥じらいを少しでも隠そうとする私。


 そのあと、鳴海君の声が聞こえた。あっさりと、何か含みがあるような感じだった。


「じゃあ。行きますか」

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