第15話 お祭り前夜.3
「おかえり」
今日もお姉ちゃんの機嫌は良さそうだ。どこか垢抜けたメイクに憧れみたいな感情はあるけど、今の大学生は暇なんだろうか? お姉ちゃんを見ているといつもそう思う。
まあ、就活が終わったというのもあるだろうけど。あの時期は大変だった。荒れ狂っていて。
「ねえっ、アンタんとこの新しいコーチ元全日本の人じゃん?」
「ああ、そうだよ」
どこでそんな情報を仕入れてきたのだろう、と思いながらリビングへと向かった。
「お母さん、ただいま」
「おかえりっ。全日本の選手だったなんてすごいわね!」
今日は簡単に逃げられそうにない。部活の疲れで早く寝る準備をしたいのに。とりあえずこの場で、ながら見のテレビみたいに、二人の会話を聞き流すことにした。
「元、祐天寺高校の生徒なんでしょ? インターハイにも出てた」
「あら、そんなにすごいの? だったらウィンターカップは期待できるわね? 久しぶりに全国大会の応援に行こうかしら」
お姉ちゃんは、中学、高校、と全国大会出場の経験者だ。
「どんな人? 可愛い? 怖い? 練習キツい?」
「もー、お姉ちゃん、しつこいって」
私が冷たくあしらうと、「おー怖、怖っ」と、まるで腫れ物を扱うように二人は顔を見合わせ、思春期ね、みたいなことを口にする。
バスケやめた人間にとやかく言われたくない。それに、何かに付けて思春期、思春期と言うけど、お姉ちゃんに比べたら私なんか可愛いものだ。
でも、そんなことは言えるはずもなく、
「もーいい? 疲れてるからもう行くよ?」
私は自分の部屋に向かって足を進める。しかし再びお姉ちゃんの声に足を止められる。
「そういえば明日お祭りじゃない?」
お母さんも、あ、そうだった、と思い出したように話し始めた。
「そうだった、桃っ。明日は浴衣、着てくの?」
「え、何? 浴衣? アンタ浴衣なんて久しぶりじゃない?」
お姉ちゃんがいるときには避けたかった話題だった。現に、何? 彼氏? などと、からかい半分で訊いてくる。
「着てかない。あと、行くのは友達だから」
げんなりと答えてからリビングのドアに向かうけど、お姉ちゃんがまだうるさい。
「せっかく中学のときに新調したのに、桃子が浴衣着たのって、あれっきりじゃない?」
私の着る服は、いつもお姉ちゃんのお下がりばかり。
「もー、お姉ちゃん、うるさい」
少しだけ感情をあらわにしてからリビングを出た。そしてドアを閉めて声がする。
「あー。さっきお父さんから、今から帰るってメールがきたから、あとで入るの嫌なら先にお風呂入っちゃいなさいー」
私はお母さんに、気のない返事を、はーい、とだけ残して足を進めた。
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