第13話 お祭り前夜.1


 ま、まさか、毒霧かっ⁈


 あれはまさに悪役レスラーの使う反則技だ。まさか、あの忌々いまいましい毒霧を再びお見舞いするつもりなのか⁈

 俺が一体、何をしたってんだ?

 思わず生唾なまつばを飲み込むと、背筋がゾッとした。明日からのことを考えると恐ろしく思う。


 ……おそらく、きっと。俺はこれからしばらく、怯えながらの学校生活を余儀なくされるのだろう。

 ……だ、誰か。俺の小刻みに震える手を、止めてくれ。



お祭りの前日。


「桃。めっちゃ食べるね……。それ……とんかつ定食の大盛り?」


 今日はお母さんが寝坊したため、結衣と食堂で昼食を食べることとなった。たくさんの生徒たちで賑わっている。


「最近なんかやたらとお腹空いちゃってっ。練習きついしさ」


 新しくやってきたコーチが、近ごろ猛威を振い出していたせいだ。

 結衣は、ふーん、と言ってじっと私を見ている。


「お祭り、明日だしねっ」


 結衣がちらりと視線を外した先には、鳴海君と滝本君がいた。少し遠くの方にいて、すぐにどこかへ行ってしまったけど。

 また、結衣の視線を感じた。私の表情がおかしいのか、にたにたと笑い、明日楽しみだね、と言う。

 お祭りに行くことが決まってから、鳴海君に接近しないようにしている。とはいえ、向こうは頭が一つ飛び抜けているため、頻繁に目撃をしてしまうのだけれど。伝えたいことは、お祭りのときに言おう、そう決めていた。


「気合い入ってるのは良いけど……」


 結衣は弁当を食べながら話し始めた。「お持ち帰りされて、朝帰りとかはやめてよね」


 私は飲んでいたお茶が喉に詰まってむせた。


「次の日は練習試合なんだから。新チームで初めての試合だから大事だぞっ」

「わ、わかってるって」

「夜遅くなる前に、帰るからねっ」


 冗談ぽく口にしているけど結衣は真剣だ。私はバスケに向き合っている、そんな姿勢が好きだ。

 そのとき私の視界に、男バスのキャプテンの姿が入った。食券を買っている。結衣は気づいていない。

 何だか、一瞬だけこの場の空気がきしんだ気がしたのは、気のせいか。

 私はまだ、結衣の本当の狙いについて、聞けないままでいた。

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