第11話 紛い物.1


 ばーちゃんのポテトサラダは、必ずリンゴがしっかりと入っている。しゃきしゃきとした食感に、マヨネーズとの絶妙な味付けは絶品だった。小学低学年の頃、この家に遊びにくると、いつも作ってくれた記憶があった。

 何よりも、俺が美味しいと伝えたあとの、ばーちゃんの嬉しそうな顔。なんともいえないあの、まるで過去の思い出を一つ一つ辿るかのような優しい笑みが、脳裏に染み付いている。もう少し、今の俺が愛想よく振る舞うことができればな、とは常々思ってはいるけど、簡単にはいかない。


 夕食を食べてから、食器を洗っていると、蛇口から出る水の音と、シンクとぶつかり合う音との隙間を縫って、ばーちゃんの声が聞こえた。

 俺の母親が、近々ばーちゃんの家に来る、といった内容だった。

 俺にとってはあまり良くないニュースである。母親は自身の仕事の都合で、海外に行っているはずだ。そういう経緯もあって、俺は今、ばーちゃんの家で世話になっている。また良からぬ破天荒なことを言い出さなければいいのだが……。

 あらかた事が終わり部屋へ戻ろとしたとき、あっ、と言うばーちゃんの声に足を止められた。


「そういえば、純君。来週お祭りあるのよ。中目黒神社で」

「あー……知ってるよ。学校の友達と行く予定してる」

 の、予定だ。自分で発した言葉を聞いて、再度確認をした。いまいち、まだ実感がなかった。

 すると、ばーちゃんは嬉しそうに言う。


「そうなのね。楽しみね」と微笑む。「でも、気をつけてね。お祭りは楽しいけど、人が多いから」


 ばーちゃんは、俺に友達がいることが嬉しいのだ。以前から、俺の閉鎖的な性格を心配していたから。


「うん、わかってるよ」


 ばーちゃんの心配はいつもありがたいけど、少し過保護だなと思うこともある。


「それと、もしお母さんが来たら、ちゃんと話を聞いてあげてね」とばーちゃんは続けた。「お母さんも色々と大変なんだから」

「うん、わかってる」俺は少しうつむきながら答える。


 母親とは正直なところ、どう接すればいいのかまだわからない。いつも何かに追われるように、せかせかしていて、上からものを言いたげな態度が苦手だったりするが、何か大事なことをずっと隠しているような気がしていた。

 その隠し持った短剣は、俺にとって何かとんでもない致命傷を与える。何だか、そんな予感がしてならなかった。


「大丈夫よ、純君。お母さんもあなたのことを大切に思ってるから」とばーちゃんは優しく言った。「お祭りも楽しんで、少しリフレッシュしてね」

「ありがとう、ばーちゃん」俺は微笑んだ。

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