第8話 桃肌.2

「ちょっ、ちょっと、桃っーー! 大丈夫っ?」

「……あー。大丈夫、大丈夫っ」


 幸い擦り傷程度で済んだ。何ともないフリをして、すぐに結衣の隣に戻り一緒に腰を下ろす。


「もぉー、気をつけてよー。こんなとこで怪我しないでよー。今、大事な時期なんだからー」


 それと、相も変わらず、どんくさい自分が嫌になった。


「わかってる、わかってる。ほんと平気だから、ありがと」


 祐天寺高校は、毎年夏に開かれるインターハイ予選を敗退し、全国大会への出場の切符を逃した。全国へ駒を進められるのは上位二校の中、東京都地区ベスト4。


「引退した先輩たちはいないんだからねー」

「わかってるって」私はできるだけ笑顔を心がけた。


 大学受験のため三年生は、もういない。私たち二年生は、十年ぶりの全国への出場を目指すべく、次の冬に開催されるウィンターカップに向けて熾烈しれつなレギュラー争いをしていた。

 弱メンタルで、シュート成功率の好不調の波が大きい私とは違って、一年生の頃から試合に出ている結衣は、問題ないとは思うけど。

 そう胸に内で思いつつも、私は鞄から絆創膏ばんそうこうを取り出し、少しだけ出血していた膝に貼り付けながら訊いた。そんなことよりも気になることがある。


「結衣、あの二人と仲良かったの?」


 すると結衣は、にやにやと頬を緩ませ不敵な笑みを浮べ、肩を寄せると私の腕を肘でつついてきた。そして、まるで大好物の苺のショートケーキを食べるみたいに満点な笑顔を浮べ、ぐっと顔を近付け、頬をすりすりと擦り寄せてくる。猫みたいに。


「ほんと、桃の肌は柔らかくて、赤ちゃんみたいにすべすべしてて気持ちいい~。これぞ桃肌やな~」

「ちょっとふざけないでよー。結衣っ」


 私が真剣に結衣を見ると、お互いの距離感が適切な位置に戻った。結衣は、まだおちゃらけた感じだけど。

 私の目をじっと見て言う。何だか、愛の告白をされるみたいだ。胸が、きゅっと締め付けられる。


「大丈夫……。私が何とかしてあげるから」


 だけども、状況が全くつかめなかった。結衣は一体何を言っているのだろうか。

 次の瞬間、私は再びパニくる。


「鳴海君のこと気になってるんでしょ?」


 ど直球の質問すぎて言葉にならなかった。その球は、私の心に突き刺さり感情に揺さぶりをかける。


「おい、顔真っ赤だぞ? 今度は口から火、吹きそうだな」


 結衣は冗談でからかってくる。

 そしてもう一球。


「私に任せといて!」


 私は一体、何を任せるのだろうか。頭の上で、クエッションマークがたくさん並んだ。

 鳴海君のことを気になっているのは間違いない。現に今日は朝から、何か接点を持つために何度もトライしてきっかけを作ろうとした。全て空回って撃沈したわけだけれども。私は明らかに避けられていた。


 理由は……

 明白なのだけど。

 もう、会うのはやめよう。

 何かの間違いだったんだ、と、そう小さく決意したはずだったのに。

 なのにどうして……?


 追い打ちをかけるように、豪速球が投げ込まれてきた。


「来週のお祭り、二人とも誘っておいたから」


 ——えっ。

 何で?


「四人で行こ!」


 全く意味がわからなかった。どうしてそんな流れになるのだ。目の前の視界がぼんやりと白っぽくなってきて、私は気絶寸前となる。

 声をかけてくれる結衣の言葉が、水の中に潜ったときみたいに、くぐもって遠い。真剣で本気で心配してくれているのが痛いくらいに伝わってきて嬉しいのに、ほんのわずかだけしか私の鼓膜には届かないのが本当に悔やまれる。

 ただ……両肩を抱えて脳を揺さぶるのは、お願いだからやめて。

 ほんとに意識がどこかへと、いっちゃいそうだから。

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