第6話 毒霧.2

 何て答えるするべきか。結衣には正直に話したい気持ちもあるけど、不確定な要素が多すぎて私は返答に困った。


「転校生?」

「そうだよ。二学期から来てるよ」


 聞いて初めて知った。世間知らずの私に、結衣は穏やかに笑って続けた。


「あの二人、バスケやらないのかな。いつも一緒だから目立つよね」

「……二人?」


 いまいちピンときていない私に気づいて、結衣は、ああ、と明るい声を上げてから、申し訳なさそうな表情をして、会話を補足をしてくれた。「隣にいたのは滝本君ねっ」


 滝本君に関してはさほど気に留めなかった。たしかに、隣に座っていたような記憶は、私の頭の中にぼんやりと残っている気はするけど。

 ただ、私が目にしたものは、人違いではないことは確定した。すると再び彼の面影が脳裏をかすめ、そんなことよりも、と重大なことを思い出す。


「てか、びっくりしたよ。桃、いきなり水吹き出すんだもんっ」


 そうなのだ。私は事もあろうに吹きかけてしまったのだ。顔面に。しかも豪快に。かつ口に含んでいたものをだ。

 とんでもないことをしでかしてしまった。私は一体なにをしてるんだ、といまさらながら心配になってきた。

 そんな血の気が引いて、おそらく蒼白そうはくな面持ちをしてしまっている私に、結衣の言葉が追い打ちをかける。


 結衣は、あれ何だっけ? と口ずさんでから、「プロレスラーが使う技っ」と、私に訊くとすぐに、あー、と何かを思い出したのか、その言葉を発する。笑いを堪えるようにして。


毒霧どくぎりだ」


 何て衝撃的な言葉なのだろうか。この技は、たしか相手レスラーの顔めがけて噴射して相手の視界を遮る反則技だ。私はそんな必殺技を繰り出してしまったのか。

 絶対に怒ってるだろうな、と頭を抱えて項垂れる私に、結衣は更なる技を繰り出してきた。笑いながら話しかけてくる。


「ほんとすごかったねっ。毒霧っ」


 ——毒霧。


 その、日常とは程遠い二文字は、せっかく私の中の暗闇に差したはずの一筋の光明を消し、感情を整理できずに混乱する私を、その場でノックダウンさせるのだった。

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