第4話 無味無臭.3

「……で、バスケやんねーの?」


 何となく、静寂の中で、ボールが一つ、ゆっくりと地面に落ちたような、そんな雰囲気だった。


「やらん」


 前の学校でも何度も聞かれたことだった。高身長ゆえに。

 滝本もきっと同じ経験を何度もしているはずだ。笑い飛ばすように納得しているように見える。


「だよなー! んなことやってらんねーよなー。恋愛しねーとなっ」


 理由はわからないが、ボールをつく音を聞くと、胸の奥が騒つくのだ。混沌とした心の奥底で、身をえぐられていくような、そんな感覚すら覚える。


「でもさー」


 滝本は肩を寄せてきた。「バスケやってるやつってモテるんだよな~」

 再び滝本と視線が合った。


「バスケやってみる?」

「やらん」


 予想通りの答えだったと思うが、滝本は呆れるように言い放った。


「かあーっ、きっついねー、純~。おまえそんなんじゃいつまで経っても童貞だぞ~」


 俺は心配されているようだ。周囲でヒソヒソ話している女子たちにも。

 正直、童貞に差別的な感情はないし、どうでもよかったが、女子たちの視線が、何となく恥じらいながら秘め事を話しているような気がして、少しだけ恥ずかしい気持ちが沸いた。

 そして、俺がこの極刑を受けている最中、大馬鹿ヤローは現れた。ボールが地面につく音に吸い寄せられたかのように。

 俺の顔面は、びしょ濡れとなったのだ。

 一瞬のことで、混乱しているが、状況を整理すると、俺の目の前で立ち止まった女が、突然、飛び上がるように驚き、口に含んでいたものをもの凄い勢いで吹きかけてきた。

 周囲の者たちも騒ついている。

 一体、何だったんだ? 一応、謝罪は受けたが、ハンドタオルで形だけ拭いて、逃げるように去って行った。

 そんなに俺の童貞に衝撃を受けたのか?

 前髪から水が滴り、滝本から要らぬ情報が耳に入る。


「2年A組、一之瀬いちのせ桃子ももこ、バスケ部、彼氏は不明、性格は天然おっちょこちょい、身長164センチ、Bカップ、ヒップ92センチ」


 ……また、バスケか。

 思わず、ため息が漏れた。


 まるで、球つきバスケットボールオールスターズだな。俺の心を抉りゆく紛い者たちめ。

 何だか、俺の顔を伝って、滴り落ちる無味無臭の水が、汚されていくような気がした。

 辟易とする間も与えず、お祭り気分の滝本が茶化してくる。


「ひょ~! ラッキーだなー、純~」

「黙れ。変態……」

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