第3話 無味無臭.2

「それに、柿田洋子は来週のお祭りに行くみたいだぞ」

「滝本、それはどうやって知ったんだ?」

「いや、ただの偶然だけど、俺も柿田洋子のSNSフォローしてっからさ」


「…………」


 平然と語る滝本の言葉を聞いて、少し怖くなった。

 行動が少し不気味に感じられるが、彼は単なる興味本位で情報を集めているのだと、俺は切実に願う。そして、焼きそばパンを口に運ぶ。

 そのときだ。突然、声をかけられたのは。

 そいつは、ボールが地面につく音に背中を押されたのかもしれない。目の前では、中庭にあるバスケットゴールに向かって、男子生徒たちが3対3で勝負をしていた。


「——あのっ……青幸あおさち中学の鳴海なるみ純さんですよね⁈ おれ、中学んときに、あなたに憧れてバスケ始めたんです! うちの学校に試合に来てて」


 だけど、俺には全く身に覚えのない話だった。適当にあしらうことにした。


「あー、人違いだな。俺、バスケやったことないし」


 冷たく聞こえるかもしれないが、俺から言える言葉は、これだけだった。相手は、見るまでもなく残念そうな表情と驚きを隠せない顔をしているが。こいつは、おそらく良いやつなのだろう。ぶっきらぼうな俺とは違って。

 おかげで、この無垢な少年のような瞳をもったバスケ君と俺との間に、何ともいえない微妙な空気が漂うことになってしまい、場の空気を察した滝本が間を持つことになる。


「……まー、そういうことだ、バスケ君。いわゆる、よくあるあれだ……」


 経緯いきさつから想像するに、バスケ君は俺たちより一つ下の一年生だろう。

 滝本は何か考えを巡らせるかのように頭をかき、思いついたまま得意げに口を開いた。


「同姓同名ってやつだっ」


 全然『よくあるあれ』ではないとは思ったが、バスケ君は、「そうでしたかっ」と納得した様子で、滝本が「残念だったな~。バスケ君っ」と言うと、すみませんでしたっ、と口にしたあとに、丁寧に頭を下げてから「失礼しますっ」と言って去って行った。

 滝本は遠のいていくバスケ君の背中を目で追いながら、自らが発した言葉を噛み締めた。


「さすが鳴海純だね~。さすがイケメンは違うわ。男も寄せ付けちゃうのね~」

「……茶化すな、滝本よ」


 たしかにいくつか異性の視線を感じるが、この現象は、単に俺と滝本の背が高く目立っているためだ。注目されるのが極度に苦手な俺にとっては、視線が一本、一本突き刺さってくるような感じがして、まるで針千本飲まされる刑を受けているようなのだが。

 全くもって迷惑な話だ。こいつら皆んな痴漢罪で取り締まればいい、そう思ったままの勢いで、口に入れたパンを牛乳で流し込んだ。

 すると、滝本と目が合った。

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