第2話 無味無臭.1


 ……また、いつもと変わらない今日が始まる。

 あと何回、寝れば……

 本当の明日が来るのだろうか。

 自分って、何なんだ?


 スマホのアラームを解除して、閉じた窓のカーテンはそのままに、部屋の引戸を開け、

「おはよう、ばーちゃん」

 と、優しく声をかけると、ダイニングキッチンで朝食の準備をしている祖母は、ゆっくりと振り向いた。

じゅん君おはよう」

 そのか細い声は、まるで風に乗るように、かすかで優しい響きで、陽炎かげろうがかかった俺のちぐはぐな感情を、少しだけ癒した。


 電車に揺られながら窓の外を眺め、ただ右から左に流れていく、都内の密集した建物の景色にも慣れてきた。

 ……それと、吊り革が額に当たって意気消沈することにも。何んで俺の身長はこうも無駄に高いのだ、と俺は自分を嘆く。



「お、いいね、いいね! 今日はここで食べようぜっ。純っ」


 不意に声をかけられ、別に……俺は一人で過ごしてもいいんだがな、と思わず言いかけたが、口を閉じ、同じクラスの滝本たきもとの隣に腰を下ろすことにした。残暑のせいか、全面ガラスで覆われた廊下が向かい合う中庭のベンチは、まだ熱い。

 滝本は何故か、無愛想な俺の側にいつもいた。

 二週間前に、俺がこの祐天寺ゆうてんじ高校に転校してきた初日から、こんな感じだった。馴れ馴れしいのは玉にきずだと思うこともあるが、底抜けの明るさと人懐っこさは、長所なのだろう。

 それと、お互いの身辺について、根掘り葉掘り話さないせいか、俺も居心地が良かったりもしていた。

 この、異様な女子への執着心は、どうかとは思うところがあるが。


「かあーっ、バドミントン部の内海うちうみ先輩は、やっぱ可愛いなァー。あれで彼氏がいなければな~」


 滝本の脳内には、この学校の女子の詳細なデータが、膨大に保存されているという。ここへやって来たのも、その情報をアップデートするためだ。

 購買で買ってきた惣菜パンを片手に、好みの女子を物色する滝本に辟易へきえきとする俺の姿も、周りから見ればだいぶ馴染んできてしまっているのかもしれないと思うと、少しばかり悲しくもある。


「お、純っ。あれ見ろよ。隣のクラスの柿田洋子。金山中学出身、帰宅部、彼氏なし、今ハマってるものは韓国ドラマで、身長159センチ、Cカップ、ヒップ86センチってとこだな」


「……滝本。ほんとキモいからやめた方がいいぞ」


 女子をチラ見するだけで痴漢認定される時代だ、本当に気をつけろ、と切実な思いを込めて俺は言い放った。

 まあ、チラ見被害なら滝本も受けてはいるだろうが。高身長者は、やたらと注目されていることに、電車通学を始めてから気づかされた。

 そんな思いをよそにして、滝本がさらなる情報を提供してくる。

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