第93話 大厄災の獣を狩ろう

 朝ごはんを食べ終えた私達は、会議室に待機している。

 ミルリーナ様はエルリナさんとハリネルト様、ヴェルドリス様はゴルドルフ様とネタロー様を連れてくるとのことなので私達6人はそのまま座って待っているけれど……、私の膝の上にユーリちゃんが乗っている。

 今後はそこを定位置とするのだろうか……?


「……ユーリ、フユミヤの膝を空けるんだ」

「まだミルリーナ様やヴェルドリス様は来ていらっしゃってないので問題はないはずですわ! さ、フユミーお母様の手はここですわ」


 イスの手すりにかけていた手がユーリちゃんのおなかに回される。

 ……これは一体?


「しばらくこれでいますわ! フユミーお母様、離しませんわ!」

「えぇ…………」


 わざわざおなかに回させた手を身体強化をかけてまでギュッと握り込まれる。

 このユーリちゃんの変わりようは一体なんなのだろうか。


「ねえユーリ、どうしてフユミヤにそんなに甘えるようになったのかしら〜? 私とお兄様といた時はそんなことしなかったわよね〜?」

「フユミーお母様とこの先も一緒にいたいからですわ! わたくし、この世界での本来の父や母の顔も忘れてしまいましたので帰る場所がありませんの! フユミーお母様といれればいいのでフユミーお母様のいるところがわたくしの帰る場所ですわ!」

「ずいぶん思い切ったことをしているわね〜。飽きることはないの〜?」


 ……確かにユーリちゃん、お師匠様と慕っていたルプアの呼び方が急にアキュルロッテと呼び方が変わっているといったことがあった。

 あれってどうしてなのか聞けてないけどなにがあったんだろう?


「……フユミーお母様、押しに弱すぎますもの。守る方が近くにいないとそのうち可哀想なことになってしまいますからそんなことはいたしませんわ!」

「……俺にはフユミヤを守れないと?」

「ヴィクトール様はフユミーお母様のこれからの一生をめちゃくちゃにする予定ですわよね?」

「そのつもりはない。フユミヤは俺が幸せにする」

「そのつもりがないと言っていますが、まず女性にとって結婚とは人生が大きく変わる出来事ですわ。そのことはご理解しておりますの?」

「……わかってはいる」

「責任!! 責任感が感じられませんわ! これでフユミーお母様と子を成そうなどとよく思えますわね!」

「ちょっと、ユーリちゃんそれは……」


 そもそも断らなかった私が悪いから怒らなくても……。


「フユミーお母様はチョロすぎますわ! どうしてすでに諦めていますの!」

「……断っても他の人と結婚せざるを得ないだろうし」

「そんなもの自分より弱い方とは結婚する気がないでなんとかできますでしょう! フユミーお母様は別にこの世界で生まれて生きてきたわけではないですのにどうしてあのような無茶振りを受け入れますの? 嫌なら逃げても構いませんのに……」

「……戦える力はあっても逃げられる力はないから」


 逃げられるのなら逃げたいけれど、世界はもう許してくれないだろう。

 それにどう逃げれば成功するのかがわからない以上、これを受け入れるしかない。


「…………決めましたわ。わたくしが十分力をつけられる4年後になってもフユミーお母様が今のままでしたらわたくしが逃がしますわ!」

「なっ……」

「逃がすってどうやって……?」

「飛行魔術でフユミーさんを運べばいいですわ!」

「……ユーリ様、飛行魔術に関してはわたくしが扱えますがどう対策するおつもりで?」

「アキュルロッテのように速度を上げられるようにいたしますから問題ないですわ!」

「コルドリウス、そうなったらなんとしてでも追い続けるんだ。いいな?」

「拝命いたしました」

「わ、わたくしはなにもできないではありませんか〜!」

「クラリス様はフユミーお母様の子どもをお願いいたしますわ」

「主様の、子? ……確かに4年後になったら生まれているのかもしれませんが、わたくしも主様に着いていきたいですよ!」

「がんばって探してくださいまし! わたくし達は隠れて暮らしますわよ!」


 ……なんだかとんでもない未来になろうとしていないだろうか。

 でもそれって私が産むであろう子どもが放置されるような?

 王城の人かフセルック侯爵家の人達に任せることになっちゃうのかな?


 子どもにとって母親は大事な存在だと思うけれど、それから逃げることっていいのだろうか?

 ……でも子育てを誰かに取って代わられるのなら、育てられた子どもは私を母親だと認知しないのかな。

 それなら逃げてもいいのかもしれない。

 とても寂しいとは思うけれど、育ててもいない母親が突然現れても子どもは困るだろう。

 子どもには、しっかり育ててくれる人がいればそれでいいのかもしれない。

 私が育ててもうまくいかなそうだし。


「酷いじゃないですか〜! ……その前に待ってくださいその計画、主様のおなかの中に子どもがいたら大変なことになってしまいますよ!」

「ですが、フユミーお母様の幸せの方が大事ですわ! このまま利用されるだけされて用済みになって捨てられたらどうしますの? そうなるくらいなら逃げさせるべきですわ!」


 ……扉の外の近くにミルリーナ様とヴェルドリス様の魔力の気配と若干覚えのある魔力の気配が6人分している。

 ……そろそろやめさせた方がいいよね。


「話は聞かせてもらったわ!」

「は、母上……」

「そうね、ユーリちゃんがフユミヤちゃんを連れて行く事態が起こったら私もヴェルドリスくんと距離取ろうかしら。慣れたけれど正直鬱陶うっとうしいのよね」

「ミ、ミルリーナ!! そんなことを思っていたというのか……? ヴィ、ヴィクトール、絶対フユミヤを幸せにするんだ。俺はミルリーナと離れたくない! なんとかしてくれ!」

「もちろんそのつもりです……」

「では、私はゴルドルフと離婚しましょうか」

「エルリナ!?」


 エ、エルリナさん、なんで便乗してきているの……?

 ユーリちゃん発案の逃避行がどんどん重いものになっていっている。

 逃げちゃダメなんだ……。


「もともと、この婚約は貴方がなんでもすると言った結果、結ばれた婚約ですけれど、私自身の思いは大して変わっていませんからね」

「じゃ、じゃあ俺はなにをしたらいいんだ……?

「特になにも。いつも通りにしていればいいんです」

「……それでは離婚が確定してしまう! ヴィクトール王弟殿下、フユミヤ様を幸せにしてください……!」

「もちろんそのつもりだ」


 これは嘘でも幸せなフリをしておいた方がいいのかな?

 ……いろいろ、大変なことになってきちゃったかも。


「さて、その話はまた今度として、今日の大厄災の獣の討伐についての話に移るわよ! フセルック侯爵領から来たルルエルドくんから説明をお願いするわ! 全員座ってちょうだい、」

「それでは普通に座りますわね」


 ユーリちゃんが私の膝の上から降りて普通のイスに座る。

 ……最初からそうしてくれてもよかったような……?


 ミルリーナ様が連れてきたフセルック侯爵家の人はルルエルド様とシェリラ様だ。

 彼らとエルリナさんとゴルドルフ様とネタロー様とハリネルト様とミルリーナ様とヴェルドリス様が席に着く。

 今って14人もいるんだ……。

 すごいな。

 全員が普通に座ったのを見て、ルルエルド様は説明を始めた。


「それでは、本日のドルケンルルズの丘での封印されし大厄災の獣討伐についてお話します」


 そう言いながらルルエルド様は地図を広げた。

 地図といってもドルケンルルズの丘周辺の地図のようで、丸印が付いているところがいくつかある。

 そこに封印されし大厄災の獣がいるのだろうか?


「まず、今回のドルケンルルズの丘でどの封印されし大厄災の獣を討伐するかについてですが、……全て許可が出ています」

「全て、ね。フユミヤちゃんがいるからかしら?」

「そうなります。父はフユミヤの魔力に多大なる信頼を置いており、彼女なら全ての大厄災の獣が狩ることがでこると言っていました」

「なるほどね……。この地図の印を見る限り、7体はいそうね」

「全部を狩るとなると相当時間がかかるのではないか?」

「とは言っても全部狩れるのなら狩っておきたいのよね。引き返したらまた許可を出してもらわないといけないし」

「とは言っても2日が期限だな。ウォルスロムがもうじき帰って来る。2日で狩れるだけ狩ってしまうか」


 そうなるとさすがの私でも4体が限界だろう。

 魔力の真髄に辿り着いたヴィクトールとクラリスさん、ゴルドルフ様がどれだけの速度で狩れるかにかかってくる。

 とは言っても私はヴィクトールから手を抜けと言われているから1日1体が限界だろう。

 ……魔力の真髄でどれだけ狩れるかにかかってきそうだ。

 やっぱり手を抜くのは良くないと思うけれど、どうしたらいいんだろう?


「全員、今回は野営があるが問題ないか?」


 全員が頷くのに合わせる。

 野営に関しては寝袋が余っているから臨時拠点さえあれば問題なく眠れる。

 臨時拠点は誰が作るのだろう?


「それでは全員出発だ。忘れ物はないな」

「なさそうね。行きましょう! ドルケンルルズの丘へ!」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ドルケンルルズの丘は王都の北の方にある紫色の草木の生えた場所だ。

 自然が見慣れていない色をしていると少しギョッとする。


「まずは一番近いところから攻めたいけれど、毎年いつも大厄災の獣との訓練で戦っている8つ足の黄色い甲殻を持ったあの大厄災の獣を狩ろうかしら?」

「……あれは比較的安全な大厄災の獣だぞ。来年の大厄災の獣の訓練で戦う大厄災の獣を見繕う必要が出てくるぞ」

「それもそうね。……それじゃあそれは狩らないとして。どこがいいかしら?」

「2番目に近い封印されし大厄災の獣を攻めたらどうだ?」

「そうね。それがいいかも。それじゃあそこを目指していきましょう」


 2番目に近いとされている北西方向を目指すこととなった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 道中の厄災の獣たちはクラリスさんやユーリちゃんが処理をした。

 厄災の獣を狩らないとお金が足りなくなるとのことなので、その2人が率先して狩りをする方針をミルリーナ様やヴェルドリス様は許してくれたので狩れているといった状態だ。


 それにしてもドルケンルルズの丘、全体的に見通しが良いので封印されし大厄災の獣の異質さがわかりやすい。

 このような状態で封印されし大厄災の獣を放っておくことができるのかとも思う。

 ロトスの町の時みたいに誰かが試しに倒そうとしないのかが不思議だ。


 今回戦うこととなる封印されし大厄災の獣はなんだか青いタコのような見た目をしている。

 陸なのに、そんな見た目なのは珍しいような……。


「さて、これが今回狩ることになる封印されし大厄災の獣ね!」

「水辺にでもいそうな見た目をしていますけれど……」

「そう? こういうの普通に泥まみれで陸にいるわよ?」


 …………水生生物のような見た目をしていても厄災の獣だから陸上で生きていられるようだ。

 陸に水生生物がいてもねちょねちょしていそうでなんかいやだな……。


「そういう厄災の獣、本来は水辺に出てきそうなものですのに……、意外ですわね」

「ドルケンルルズの丘の近くにはレルトラーンの湖があるからそれが流れてくるのよね。厄災の獣が一体なにをしたいのかはわからないけれどなにかしらの目的があることは確かよ」

「そうですのね……」

「さあ、封印を解いちゃいましょう。私の火の魔力で封印を解除するから……」


 ミルリーナさんと視線が合う。

 私が電気の魔力を放てばいいということだろうか?


「母上、先に魔力の真髄の力を試しませんか?」

「もちろん両方試すわよ。でも、魔力の真髄に辿り着いているのはヴィクトールにクラリスちゃんにゴルドルフくんでしょう? いきなり全ての封印は解かないから先にフユミヤちゃんに攻撃させた方が楽よね?」

「……そういうものですか」

「ヴィクトール、とりあえず動けない状態にしてから攻撃した方が楽だと思う。今回の大厄災の獣は動けなくすることができそう」


 電気の魔力には相手を痺れさせて動けなくするといった便利な効果もある。

 なるべく負傷者を出すわけにもいかないだろうし、最初は私が攻撃した方がいいだろう。


「……そうか、それがあったな」

「大厄災の獣を動けなくする力もあるの? それはすごいわね。それも確認させてもらいましょうか。全員戦闘態勢を取って! 封印を解くわ!」


 小型化を解いた状態の杖に電気の魔力を溜める。

 ミルリーナ様が青いタコのような大厄災の獣の頭上に火の魔力を当てている。


「フユミヤちゃん! やっちゃって!」

「わかりました!」


 電気の魔力を青いタコの頭が見えている部分に放る。

 封印の氷が砕け散った音がした。

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