第92話 フユミヤ(24歳独身養子持ち)

「さて、フユミーさん。無事で良かったですわ」

「無事とは一体……」

「わたくし達フユミーさんがヴィクトール様の部屋に連れ込まれていないかと心配していましたのよ? このまま帰ってこないのかと……」

「……それはないんじゃないかな」

「今回は帰ってこれましたので良かったのですが、次からはわたくし達も着いていければと思っています」

「…………」


 どうやって着いてくるつもりなんだろうとは思うけど、まあなんとかして着いてくるつもり、なのだろう。

 2人がこうして私のことを気にしていたのは、昨日婚約に対する不満を言ってしまったことがいけなかったのかもしれない。

 やめさせようにも上手い言葉が思いつかないし……。


「さあ主様、洗浄魔術のお時間ですよ!」


 ……そうだった。

 まずは体を洗わないとね。


 大人しくクラリスさんに施術される。

 そういえば髪はほどかなくていいのだろうか?

 こっちでがんばって解いてみる……?


「あっ!! 主様! 御髪おぐしはわたくしが解きますので待っていてくださいね! すぐわたくしも洗浄魔術をかけますので!」


 クラリスさん、なんだか焦ってる?

 そんなに私自身が髪を解くの、良くなかったのかな?

 …………外すのが難しいピンかなにかが入っているのかもしれない。

 大人しく待とう!


「さあ、主様! 髪を解きますよ! すぐに終わりますからね!」


 クラリスさんが慌てて洗浄魔術を自分にかけ終わったところで髪の編み込みが解かれる。

 意外とするする解けるものなんだ……。

 解かれた髪は編まれた時の名残で少し波打っている。

 翌朝になったら戻っているのだろうか?


「…………クラリスさん、それはどうかと思いますわ」

「いいじゃないですか、少しくらい。明日の朝また洗浄魔術をかければいいので問題ありませんよ〜」

「……?」

「主様、気にしなくて大丈夫ですからね」


 髪の毛束になにをされたのかよくわからないので気にしないでおく。

 それじゃあ、もうベッドに入るのかな?

 自分から先に入るのもどうかと思うので2人の様子を伺う。


「わたくしは少し眠たいので、就寝の準備に入りたいのですけれど……」

「そうですね。明日は封印されし大厄災の獣との戦いがありますからしっかり休みましょう」

「それでは眠りましょうか。主様も大丈夫ですよね?」

「うん」


 無事に眠れそうなので靴を脱ぐ。

 今日も昨日と同じように3人同じベッドで眠りそうだ。


「さあ、フユミーさん! 先に入ってくださいまし! そのままわたくし達で挟みますわ!」

「う、うん……」


 やはり昨日と同じ眠り方をするらしい。

 ずるずるとベッドの上に上がった。


「わたくし達も飛び込みますわよ!」


 ユーリちゃんとクラリスさんが私の両サイドに飛び込んで来た。

 ユーリちゃんの金髪ドリル髪の一部が私の顔にも当たる。

 ドリル髪になるカチューシャは外されているから柔らかい状態になっているから痛くはない。


「さて、フユミーさんのこの場所を今日もお借りしまして……」


 やっぱりそこなんだ……。


「癒やされますわ〜……。……フユミーさん、やはりわたくしを養子にしてくださいまし。これがない生活なんて考えたくありませんわ〜」

「……養子にするって言ったってどうするの? 書類とか……」

「わたくし達に戸籍こせきなんてものはありませんわよ? ただお互いをそうだと認識してくだされば良いのですわ」

「そんなのでいいのかな……?」

「それではチエお母様、今日からわたくしはチエお母様の血が繋がっていない子ども、ということでよろしくお願いいたしますわ〜」

「お、お母……」


 すごい適当にユーリちゃんが養子になってしまった。

 ……私、子ども産んでいないのにこれでいいのだろうか?


「チエ様が、子持ち……。……わたくしが主様の子になるには年齢の差がないですね。そしてさらにわたくしは貴族であるせいで正式にチエ様の養子になれない……。平民という身分が羨ましいです……」

「こ、子持ち……」


 産んでないとはいえ子持ちになってしまうのか?

 独身で?


「い、今からでも取り消しは……」

「できませんわよ。今日からチエお母様はわたくしのお母様なのはもう決まりましたわ。嫌と言ってもお母様と呼び続けますわよ」

「そ、そんな……」


 いくら転生して手がかからないのかもしれないとはいえ1人の人間の親になるのはだいぶ覚悟がいることなのに……。


「今後のためにもわたくしを実験台にしてくださっても構いませんのよ? 子どもとの接し方、わからないところが多いでしょう?」

「それは、そうだけど……」


 確かに子どもとどう関わればいいのかわからないところはたくさんある。

 だからといって1人の子どもを犠牲にしていいはずがない。


「それにわたくし、これを諦めたくありませんもの」

「…………これって、あの」


 ユーリちゃんが顔を擦り付けてくる。

 わざわざそのために……?


「フユミーさんが1番ですもの。翌朝よく眠れた感じがするところが全然違いますわ」

「違うの……?」

「ええ、違いますわ。体の具合がこれ以上にないくらい好調になりますもの。なので、こうする権利を得られる立場が欲しいですわ」

「……体の調子が良くなるのは本当?」


 それってただユーリちゃんがその部分に顔を埋めたいから言っている詭弁きべんではないのかな?

 健康食品じゃあるまいし……。

 ……なら別にその部分に顔を埋めなくてもいいような気もするけど。


「本当ですのに……。クラリス様も体の調子が良くなること、わかってくださいますわよね?」

「そうですね。格段に、というほどではありませんが、目覚めは全然違いました」

「そうですわよね! ですのでこれからもチエお母様を抱いて眠りたいのですわ!」

「う、うーん……」


 狙いが私の体なのはわかった。

 じゃあもうおとなしく受け入れるしかないか……。


 部屋の明かりが暗くなってきた。

 そろそろ眠る時間だ。

 つべこべ言うのはやめて、私はとっとと眠ってしまおう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝を迎えてもユーリちゃんは相変わらず私のことを母と呼ぶ。

 もう諦めてユーリちゃんのお母さんになるしかないか……。


 今日もクラリスさんに髪を編まれ、ヴィクトールが私達のことを迎えに来た。

 応対はユーリちゃんがしてくれている。


「ヴィクトール様、フユミーお母様ならまだ朝の身支度中ですわよ?」

「……お母、様? い、いつそうなったんだ?」

「昨晩ですわ!」

「な、なら俺のことはお父様と呼んでくれても……」

「嫌ですわ。正式に御結婚されてから検討いたしますわ」

「なぜ、フユミヤを母と?」

「フユミーお母様とこれからも一緒にいたいからですわ」

「…………そう、か。養子とはいえ子どもか」

「フユミーお母様との御婚約、取りやめますの?」

「それはない! ……ユーリは4歳だからまあ、いけなくはないが、俺達が12歳か13歳、の時か。なるほど……」

「変な世界に入り込んでますわ! わたくし誕生日を知らないので数え年ですわ!」

「なら13歳の時か……」

「フユミーお母様、まだこの世界に来ていないでしょう?」

「……現実を示さないでくれ。ユーリ、俺が父だからな?」

「まだ父親ではありませんわ。今のわたくしの親はフユミーさんだけですので」


 2人とも…………。

 呆れたいけれど、それは抑えてクラリスさんが髪を編み終わるのを待つ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「主様、終わりましたけれど、どうします?」

「そうだね……」


 ユーリちゃんとヴィクトールは父だ子だのといった口論をしている。

 もう2人が親子でいいんじゃないかな?


「……フユミーお母様、もう準備終わりましたわね? 行きましょう! わたくし食堂までの道、覚えましたわ!」

「えっ、ちょ……」


 ユーリちゃんがこちらへ向かって手を引こうとしているので慌てて立ち上がる。


「……俺が送るからな」


 ヴィクトールが左手を握ってきた。

 ユーリちゃんが右手を握っているけど、この王城だよね?

 さすがにこんな場所で馬鹿げたことはしたくはないのだけれど……。


 クラリスさんの方に目を向けたが首を横に振るのでダメそうだ。

 廊下は広くはあるから通る人の邪魔にはならなさそうだけれど、これは良くないんじゃないかな…………。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 王城のいろいろな人達に妙なものを見たかのような目で見られて疲れた。

 このまま食堂まで来ちゃったし、ミルリーナ様にヴェルドリス様にセラ様にコルドリウスさんもこちらを見ているからもうどうにもならない。


「……ヴィクトールにユーリちゃん、これはなにかしら?」

「ユーリがフユミヤを送るというので……」

「フユミーお母様は私のお母様ですわ!」

「…………お母様、ってどういうことかしら?」

「フユミーお母様は昨晩、わたくしのお母様になったのです。子が母に甘えることのなにが悪いのでしょうか」


 ユーリちゃん、この場で言うの?

 本当に私の子どもになる気なの?

 ど、どうすれば……。


「…………魔力量としては魔力の器が整ってはいないけれど、幼い頃のアキュルロッテと本当にそっくりね。……むしろ他の貴族からの養子に望まれそうなくらい」

「ありがとうございますわ」

「……そうね、フユミヤちゃんの養子で問題ないわね。……もし、ヴィクトールとフユミヤちゃんが結婚したらその時は私達をおばあさま、おじいさまと呼んでくれるかしら?」

「構いませんわ!」


 …………あれ?

 流れがおかしいな?

 ここはダメと言うところでは?

 ミルリーナ様、なぜ喜んでいるのだろう……?


「……孫ができるのか」

「これはウォルスロムに結婚の許可を出してもらわなくっちゃね!」

「だな!」


 ……ユーリちゃんのせいでさらに結婚が確実なものに近づいていっているような。

 ユーリちゃんの方を見ると深く頷いている。

 ダメそう。


 ところでいつ手の方は離してくれるんだろう?

 2人共しっかり握り込んでいるので離そうとしても離れてはくれない。

 特にユーリちゃんは身体強化もかけている。

 どうしたらいいんですか?


「さて3人共、今日はどう座るつもりなのかしら〜? 私は昨日と同じように座るつもりだけれど、3人が並んで座る席はないんじゃあないかしら?」

「じゃあ、私がセラ様側に……」

「それはない。フユミヤには俺の隣に座ってもらう」

「いいえ、わたくしがフユミーお母様にごはんを食べさせたいので隣をいただきますわ!」

「……あの、ユーリちゃん、私、1人で食べられるから」

「なら、ユーリがフユミヤの膝の上に乗ったらどうかしら〜?」

「セ、セラ様……!?」


 セラ様がとんでもない提案をした。

 膝の上に乗せて食事をするにはユーリちゃんは大きすぎるし、食べかすが落ちたら大変なことになる。

 や、やめさせないと……。


「それはいいですわね!」

「良くないからね? やめようね。あまり作法としてはよくないから……」

「作法なんて知りませんわ〜! わたくしはフユミーお母様とごはんを食べたいですわ! そして食べさせたいですわ!」

「なっ……、俺もフユミヤにごはんを食べさせたいぞ!」

「お兄様、それをやるなら結婚後よ〜。」

「ぐっ…………」

「早くしないとごはん、冷めちゃうわよ?」

「さあ、フユミーお母様、座りましょうか」

「ユ、ユーリちゃん……、本当にするの?」

「もちろんですわ。フユミーお母様!」

「えぇ……」


 ……もうどうにでもなれ。

 私は大人しくイスの上に座った。

 そしてユーリちゃんは私の膝の上に座る。

 頭が普通に目の前だ。

 食事、無理では?


「……これはダメそうですわね」

「また今度でいいんじゃないかな……?」

「また今度、ですわね?」

「…………うん」

「なら構いませんわ! わたくしは普通の席に座りますわ!」


 …………良かった。

 また今度という形にはなったけど、ユーリちゃんは席を移動してくれた。


「それじゃあ、食べられそうね〜。さあ、食べましょうか」


 ……朝ごはん、やっと食べられる。

 それにしてもユーリちゃんが私の子どもになる提案をしてからやけにくっついてこようとするのはどうしてなんだろう?

 ……まだ4歳だから、なのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る