第91話 明日は手抜きでよろしく
今晩も今までと同じ食堂で夕ごはんを食べ、自分達の客室に戻ろうとした。
「待ってくれフユミヤ。その前に父上と母上と会議室で話だ。俺と一緒に行動するぞ」
「……ん? ……あっ、忘れてた」
そういえば今日の夜に私の出自について話すんだった!
……完全に頭から抜けていたな。
この後ユーリちゃんとネタロー様が転生者説であることについて話をすることで頭がいっぱいになっていた。
……いや、その話は客室に戻ってからでもできる。
今大事なのは私について、ヴェルドリス様やミルリーナ様に知らせることだ。
「それじゃあ会議室に行こう」
「うん」
ヴィクトールに連れられる形で会議室へと向かった。
前方にはヴェルドリス様とミルリーナ様がいる。
ヴィクトール、会議室の場所知っているのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今度の会議室は前回の会議室よりも少し小さい会議室だ。
それにしたって赤いけど……。
「それで、ヴィクトール、フユミヤの特別な出自とは一体なんなんだ?」
「フユミヤは、こことは異なる世界から来ています」
「こことは異なる世界?」
「俺も詳しいことは理解できていませんが、詳しいことはフセルック侯爵家が知っています。フユミヤは100年前に現れたとされている光の乙女と同等もしくはそれ以上の力を持っています」
「……100年前だと? 勇者王レイヴァンの時代と重なるが……」
「その詳しい歴史もフセルック侯爵家が知っていました。光の乙女の話もフセルック侯爵家にしか伝わっていないことです」
……ヴィクトール、フセルック侯爵家の人達に説明を全て任せようとしていない?
でも、説明が面倒くさいのは事実か……。
「そしてフセルック侯爵家は、前回は残せなかった光の乙女の血筋を残すためフユミヤと無理やり婚姻を取り付けようとしていました」
「……それをヴィクトールが婚約することで止めたのね」
「奪われるわけにもいかなかったのでそうしました」
「けれど、どちらにしろこちらでも血筋を残してもらうことになりそうよ? ウォルスロムは、理解していると思うけどアキュルロッテのことしか考えられてないから」
「……それをフユミヤの治療魔術でなんとかできればいいが、……ヴィクトールはフユミヤから治療魔術をかけられたことは?」
「……あります。焦燥感や不安感のようなものは消え失せましたが、根本的な物は治らないかと」
「そうだよな。……でも、さすがにウォルスロムにも治療魔術はかけてもらうか。アキュルロッテが王城を去ってからずいぶん酷い状態になっているからな。少しは楽になればいいが……」
……なんだか国王陛下に治療魔術を施術するというすごい事態になってきた。
私で大丈夫なのだろうか?
「フユミヤ、あまり不安にならなくていいからな。兄上からの攻撃は俺が守るから」
「……攻撃してくるの?」
「十分考えられる。兄上は警戒心が強いからな」
「そっか〜……」
「魔力の真髄を得られた今、俺が兄上に負けることはほとんどないだろう」
「そうだな。あの一撃の重さならウォルスロムもなんとかなるだろう。……殺し合うなよ?」
「わかっています、父上。俺にはそのつもりはありませんから」
ウォルスロム陛下、だいぶ凶暴で警戒心が強い人なのだろうか?
攻撃してくるとか、殺し合うとかといった言葉が出てきているけど……。
あの違和感を除去できるならしておいた方がいいと思うけれど、他の治療魔術士にはあの違和感はわからないのだろうか?
「……話はそれだけか? 他にはないのか?」
「これだけです。フユミヤはこことは違う世界から来ているため、こちらの常識を知らないところがあります。そういった部分も含めて俺が支えていくのでよろしくお願いします」
「要は平民とあまり変わらないということだな。問題ないだろう。王族と平民の結婚例はある。婚約に関しては進めておくから安心してくれ」
この国、王族と平民が結婚した例、あるんだ……。
あれ?
私とヴィクトールの結婚の障害となるものって後はウォルスロム国王陛下だけ?
…………マズくないかこれ。
本当に結婚する可能性、あるのではないか?
……あの時頷いた自分が悪いけど、あれは本当に結婚する可能性は薄そうだと判断したわけからそうしたわけではあるけれど。
これは…………、困ったな。
後悔してももう遅いのはわかるけど、死ぬまで独身として気楽にしていたかった。
いや、まだ焦らなくていい。
ウォルスロム国王陛下の許可がなければ私とヴィクトールは結婚できないはずだと言っていた。
……すでにヴィクトールのご両親のヴェルドリス様とミルリーナ様からは受け入れられているため婚約に関してはほぼ確定していると言っても問題ない状態になっているけれど。
「それじゃあ、ヴィクトールはフユミヤを客室に送ってやってくれ。間違えても自分の部屋に連れ込むんじゃないぞ」
「……まだ正式に婚約の書類が出されたわけではないですからね。そんなことはしませんよ」
「明日に備えてしっかり休むのよ。大厄災の獣と戦うこと忘れないでね」
「……はい」
……何体も大厄災の獣は倒しているけれど、油断は良くないよね。
ヴェルドリス様とミルリーナ様が会議室から出ていくのを見送って私も会議室を出ようとしたが、ヴィクトールに袖を引かれて止められる。
「……どうしたの?」
「少しくらいは話をさせてくれないか?」
「……別に歩きながらでも」
「いや、声が響く。大したことのない話かもしれないがここでさせてくれ」
そう言いながらヴィクトールは会議室の扉を閉め直した。
一体なんだろう?
「……やっとだな」
「…………?」
「いや、今はそうじゃないか。……今日はどうだった?」
「…………どうして今日のことを?」
わざわざ会議室の扉を閉めてまでやる会話が、これ?
雑談するならやっぱり歩きながらでもいいのでは?
「いや、気になるだろう。俺がいない間になにをしていたかとか。俺は気になっていたぞ」
「……治療魔術かけるね」
……やっぱりおかしいような。
最初の頃はそこまでいろいろ聞いてくるような人ではなかったような気はするけれど……、いや、様子がおかしい部分があったな。
でも治すべきものは治せたんだよね?
「……特に異常は、ないね」
「疑うな。どうしてそこまで俺を治そうとする」
「落ち着かないし、本当にそうなのかなとは思うので……」
私はそこまで心配かけてもらう程の人間でもないし、なにかしらの思いを向けてもらうこと自体にも慣れてはいない。
そもそも今まで友人らしきものはいたにしろ縁は数年切れているし、恋人通り越して婚約者ですらいたことがないしでどう扱えばいいのかがわからない。
説明書みたいなのは欲しいけれど、人との交流は反射で関わらないといけない部分があって説明書があっても無駄だ。
私はどうしたらいいんだろう?
「なんでもかんでも疑おうとするな。……俺の想いが受け取れないというのはわかるが、婚約が決まっている以上は表向きでも受け取る素振りは見せて欲しいと思う」
「……ほぼ決まっているからね」
「そうだな。後は兄上が許しを出せば結婚の日程ごと決まるが……」
「……国王陛下は一体どういう人? 厳しい人だと良いけれど」
「兄上は確かに厳しいぞ。兄上が国王になってから王族の結婚された例はない。……だからといって俺がどこかの貴族の家の養子になってまで結婚するつもりはないからな。」
「……それは一体どういう理由なの?」
「普通は婚約期間が長いからだな。兄上の場合は3歳の頃から学園卒業の15歳で結婚する予定だったが、今は破棄されていないから18歳の今まで延びている。普通はない例だがな」
「婚約期間が長いってどれくらいなの?」
「兄上は早すぎるが、5歳からとか学園卒業までも普通にあるぞ。家の結びつきを強める目的でな」
…………普通は幼い頃からこの世界の成人年齢の15歳までを基準としているようだ。
この世界の成人年齢の15歳は地球で換算すると大体20歳のため、まあちょうどよくはある。
……つまりヴィクトールが言いたいのは、たぶん、
「……ヴィクトールが他の貴族の養子に入ろうとしないのは婚約期間を長く持ちたいから?」
「そういうことだ。よくわかったな!」
「………………?」
結婚していない気楽な状態でいられることは私にとってもありがたいことではあるけれど、一体どうしてそのような期間を持つ必要があるんだろう?
よくわからない習慣のようなものでもあるのかな……?
「まあ、その……、チエと長く2人でいたいんだ。わかってくれるか?」
「…………?」
2人でいるにしては他の人達、ユーリちゃんとかクラリスさんのような周囲のいろいろな人がいるけれど、その時間を取るのは中々難しいのではないのだろうか?
「あまりはっきり言うべきではないが……、子ができたら2人だけでなにかをするのは難しくなるだろう」
「……そういうことか」
……要は2人きりになりたい時間を確保できる時期が欲しいと。
なにをするんだろう?
…………なにをするんだ?
「周りは子を成すことを期待しているが、俺としては結婚はせず最後まで2人で、というのも一向に構わない。その時は魔力の真髄というアキュルロッテと同じ力を無理やり広めて行けばいい。この国が必要としているのは封印されし大厄災の獣と戦う手段だからな」
「……なら今からでも広めていけばいいような?」
「そうだな。チエ、明日の討伐はなるべく俺やクラリス、ゴルドルフ3人の魔力の真髄に辿り着いたヒト達を中心として大厄災の獣と戦わせてくれないか?」
「私も多少の攻撃はした方がいいよね?」
「母上の目的としてはそうはなるが、魔力の真髄の有効性を検証する方向に変えさせる。こうした方がチエの負担は減るからな。魔力の真髄はアキュルロッテの前例がある。うまくいくさ」
「……どうなんだろう。ルプア、電気の魔力の方が倒す速度が早いって言っていたけれど」
今回は魔力の真髄に辿り着いた人が3人いるとはいえ、実際の討伐速度はどう変わってくるんだろう?
早く終わるのかな?
「チエ、手を抜くんだ。ここでチエが力を示したら恐らく魔力の真髄を広めていく流れに持っていけない」
「手を抜くってどうすれば……」
「どういった大厄災の獣と相手をするかはわかってはいないが、できる限り大厄災の獣の無駄な部分を狙ったり、ケガをしているやつが出たら治療魔術をかけてくれ。なるべく時間を稼いでくれればそれでいい」
「でも、それって悪いことなんじゃ……」
なるべく最善を尽くした方が負担も少なくて済むのではないのだろうか?
「悪いことではない。なるべく魔力の真髄とデンキの魔力は同等のものであることを示すぞ。俺達が2人でいる期間を長くするためにな」
……ヴィクトールと2人でいる、ということはつまり子どもを妊娠しないで済む時間が先延ばしにできること。
……先延ばしにできるのならそれはいいのかもしれないけれど、実際良いのだろうか?
「それじゃあ行こうか。明日はなるべくがんばらなくていいからな」
「……うん」
ヴィクトールが会議室の扉を開けた。
話はこれで終わりらしい。
「さて、もう夜だからな。部屋に戻ろう。客室まで送る」
「うん、ありがとう」
客室の道、まだ覚えていないからありがたい。
……でも、ユーリちゃんとクラリスさんの魔力の気配を探れば辿り着けはするのかな?
不審者になりそうだからやめておくべきかも。
おとなしく送ってもらおう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴィクトールの隣を歩く形で客室まで後少しのところまで来た。
ユーリちゃんとクラリスさんの魔力の気配は部屋の中を移動している。
そのまま扉の方へ来そうだけれど……。
「……2人でいられるのはここまでか」
「主様〜! 待っていましたよ! お話、長かったですね! さあ早くお休みの準備をしましょう
「……クラリスさん?」
クラリスさんは急かすように私を部屋に入れた。
「ではヴィクトール様、わたくし達はゆっくり休みます。お休みくださいまし」
「あぁ、休むさ。ユーリもよく休むんだぞ。それじゃあまた明日、フユミヤ」
「うん」
視線だけでもヴィクトールに向けようとしたらユーリちゃんが扉を閉めてしまった。
ユーリちゃんとクラリスさん、一体どうしたんだろう?
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