第90話 討伐予定の伝達と寝太郎

 ◇Side【フユミヤ】


 ……周りから、特にヴィクトールからの視線がすごいけれど、クラリスさんの体調が元通りになったのなら良かった。


「フユミヤ……、今のは一体なんだ?」

「サクラから教えてもらった魔力を分ける方法だけど……」

「……いつかでいい。俺にもしてくれないか?」

「…………いつかね」


 ……今のを男の人に分けるのは少し抵抗がある。

 しかも人前というのはなかなかキツい。

 一応私とヴィクトールは婚約者という立場ではあるけれど、抵抗感はだいぶある。

 いつかと言いつつやらない。

 これでいこう。


「エル、あれを俺にも……」

「そういうのは結婚後でお願いします」

「なんでもするから頼む!」

「また、なんでもするですか……。アレ考えるの大変なんですからね」

「1日中俺を好きに扱ってくれればいい!」


 ……なんだかエルリナさんに言い寄っている茶色い髪を1つに束ねた巨大な男性がいるけど、あれがゴルドルフ様なのだろうか?

 私の記憶に間違いがなければエルリナさんの結婚相手はそういった名前をしていたはずだ。

 すごい誤解を招きそうなことを言っているけれど、風評とか大丈夫かな?


「また、それですか……。ゴルドルフ、そういうことはあまり外で言うものではありませんよ」

「だがそうしないとエルは俺を見てくれないだろう? 俺はいつエルが俺に興味を失うか不安なんだ」

「ゴルドルフをおかしくした責任は取るとは散々言っているでしょう」

「俺は正気だ! そういう義務感や責任感で結婚してもらいたいわけではなくてだな……」

「私にそれを求めるのでしたら他を当たってください」

「嫌だ!」


 …………数週間後に結婚すると言う話の割にはなんだかエルリナさん側が冷え切っているような?

 この状況、私とヴィクトールにも当てはまっているような。

 私の場合は結婚そのものからは逃げられないけど、エルリナさんは逃げられる気がする。

 ……いやいや結婚するというわけではないのかな?

 詮索せんさくするのも悪いし、これ以上気にするのはやめておこう。


「そろそろいいか? 乱戦の訓練も終わっている、でいいんだよな?」

「俺が勝ちました。父上」

「……なるほどな。やはり魔力の真髄は引き出しておいた方がいいな」

「魔力の真髄? なにかしら?」

「ものすごい力だ。ヴィクトールが剣の1振りで俺の剣を弾き飛ばしたくらいにはすごいぞ。」

「……旅に出る前はそんな強さではなかったわよね? それのせいで伸びている騎士達が多いの?」

「そうだ。一撃一撃が重いからな! 防具が壊れているやつらもいるぞ! これは治療術士がいないとマズいぞ! ヨーゼフ、頼めるか?」

「こ、この量をオレ君がやるんすか〜!? 魔力枯れちゃいますって〜!」

「ほどほどに治してくれればいいさ。完全に治せとは言っていない」

「それでもキツいことを言っているのわかっていますよねヴェルドリス総長! 助けが欲しいくらいっすよ〜」

「……なら」


 私が手伝おうと言おうとしたところでヴィクトールに止められる。


「フユミヤ、手伝う必要はない。ヨーゼフは楽をしたいだけだ」

「酷いじゃないっすかヴィクトール王弟殿下〜! せっかく楽できるかと思いましたのに〜! で、そのお嬢さん、ヴィクトール王弟殿下とは一体どんな関係なんすか? 近いっすよね?」

「フユミヤは俺の婚約者だ」


 そう言ってヴィクトールは私の左手を見せつけた。

 多分、指輪を見せているのだと思う。


「こ、婚約用の装身具……! 家出したかと思ったら小さいお嬢さん捕まえて婚約ってなにしているんですか?」

「フユミヤは小さいが、俺と同じ年齢だ」

「なっ……」


 ……あの、この身長が小さくてだいぶ年下と間違われるの、そろそろいいんじゃないかな。

 そんなに童顔なのかな、私?

 人生経験が顔に出ていないって、こと?

 …………うん、そうだね。

 そもそも薄い人生経験しかないからそのせいだ。


「それじゃあ行ってくるんだヨーゼフ、がんばれよ」

「ヴェルドリス総長酷すぎますよ〜」


 そう言いながら、ヨーゼフ様はフィールドの方へ怠そうに歩いていった。

 ……人がいっぱい倒れているからね。


「さて、フユミヤ。騎士団のやつらを心配してくれるのはいいが、俺の方を見てくれないか?」

「ヴィクトールの方を?」


 特になにもないようだが……。

 いったいなにが?


「特になにもないですよ、主様。ならわたくしの方を見てください」

「そっちもなにもないぞ」

「一体なにを……?」

「2人共自分の方を見てほしいだけよ〜」

「……なぜ?」

「それは秘密! フユミヤ、私のことも……」

らちが明かないですわ! 要するにフユミーさんといちゃつきたいだけでしょう!」


 いちゃつく、私と……、一体なぜ?


「フユミヤちゃん、人気者ね。で、魔力の真髄ってどうやって得られるのかはヴェルドリスくん聞いてる?」

「魔力の押し合いで一切抵抗せず、相手の魔力に一方的に押され続けていると得ることができるとのことだ。その際反発で出てくる魔力の真髄の魔力で相手を傷つけるらしいからそこは気をつけておいたほうが良いらしい」

「魔力の押し合いで手に入るの? ならエル、休養中悪いけどゴルドルフくんにそれをやってみてくれる?」

「構いませんが、それで本当に辿り着けるのでしょうか?」

「ヴィクトールとクラリスが辿り着いたんだ。やってみる価値はあるだろう」

「……承知しました。ゴルドルフ、準備はいいですか?」

「あ、あぁ……」


 突然のことでゴルドルフ様は驚きながらエルリナさんと手を合わせた。

 ……果たして成功するのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 魔力の押し合いが始まってしばらくしてゴルドルフ様から脂汗のようなものが出始めた。

 今までの傾向からするとそろそろ魔力の真髄の魔力が出てくるだろう。


「……ゴルドルフ、大丈夫ですか? やめます?」

「いや、やめるな……、続けてくれ」

「……これ、本当に大丈夫なんです?」

「大丈夫だったぞ。もうすぐだ。頑張ってくれ」

「承知しました……」


 エルリナさんはだいぶ困惑している。

 ……まあ、この方法で魔力の真髄に辿り着くことができるというのもなかなか奇妙だろう。

 ルプアの場合は死にかけて魔力の真髄に辿り着けたって話だし、この方法はまだ安全とはわかるけど、実際これで本当に魔力の真髄に辿り着けるとなっても胡散臭うさんくさい話だ。

 この方法をたまたま見つけたのは私だけど、自分でも少しどうなんだろうとは思っている。


 とりあえず今は魔力の真髄に辿り着くか着かないか、それがわかる時を待とう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ゴルドルフ様の魔力の気配がなくなりかけたその時、強い主張を感じてエルリナさんの魔力を押し返した。

 実際にも土の魔力による岩が出てきてエルリナさんが傷を負っている。


「エ、エルリナ……、大丈夫か?」

「問題ないです。これが魔力の真髄ですか……」


 エルリナさんは手早く自分に治療魔術を使い、体の傷と服の損傷を治した。


「この程度で辿り着けるのでしたら私にも魔力の真髄を、と言いたいところですがこれは魔力が多い方から魔力の押し合いをされないと難しいですね。私よりも魔力が多い方、となると……」


 エルリナさんは私の方をじっと見る。

 ……私、魔力多いの?


「エル、魔術士が魔力の真髄へ辿り着く方法はまた後で考えましょう?」

「……そうですね」

「ゴルドルフ、魔力の真髄に辿り着いたのならヴィクトールと戦ってみろ」

「あっ、あの、魔力の真髄に辿り着いたヒトの武器は魔力武器じゃないと意味がないんですよ! ゴルドルフさん、見たところ普通の武器です!」

「なに、そうか……。ゴルドルフ、エルリナと一緒に魔力武器の手配に行ってくれ」

「し、しかし総長、訓練は……」

「今日はもうできないな! 行ってこい!」

「承知しました……」


 ゴルドルフ様はエルリナさんを傷つけてから気分が落ち込んでいるようだ。

 でも、仕方のないことだ。

 私もヴィクトールにやったし、クラリスさんもヴィクトールも私にやった。

 魔術の真髄に辿り着くには多少の傷の1つや2つ付いてしまうのは仕方のないことだと思う。

 もしかするとなんとかできる手段もあるのかもしれないけれど……。


「ゴルドルフ、行きましょうか。魔力武器を作るための魔石はあります?」

「……持ってない」

「それでは私の空魔石を使いましょう」


 エルリナさんとゴルドルフ様は会話をしながら訓練場の外の方へ向かっていった。

 ……明日、だよね?

 ドルケンルルズの丘で封印されし大厄災の獣を倒すの。

 魔力武器の製作、間に合わないんじゃ……。


「ところでヴェルドリスくん。騎士団の子達に明日のドルケンルルズの丘の封印されし大厄災の獣を倒しに行く話はしてくれたかしら?」

「…………悪い、忘れてた!」

「大抵の子、もういないわよ?」

「いや、あいつがいる。あいつなら封印されし大厄災の獣の討伐に興味を示してくれるだろう」

「あいつって誰かしら?」

「ネタローだ」

「あのいつも眠っていて訓練に出ないような子が?」

「強さに問題はない。訓練にはあまり出ないが厄災の獣との戦いには積極的だからな。ゴルドルフの分も合わせて話をするさ」

「さすがに魔力の気配くらいは見たいけれど、できるかしら」

「あいつは寮暮らしだからな。今も寝ていると思うぞ」

「それじゃあ行こうかしら。顔合わせも兼ねて全員で行きましょう」


 どうやらネタローという人と顔を合わせるためにその人がいる部屋に行きそうだ。

 それにしてもネタローという名前、イントネーションがそのまま寝太郎なんだけど、なんでだろう?

 まさかその人も転生者……、いや親が転生者かなにかだろう。

 名前を自分から名乗っていない限り……。

 私みたいに地球の日本から転移してきてその名前をとりあえず名乗っているとかはないよね?


 ネタローという名前を聞いてからなんだか落ち着かないので反論はせずついて行く。

 ユーリちゃんの方を振り返ればユーリちゃんもどことなくそわそわしている。

 ネタローという名前、気になるよね。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ネタロー! そこにいるんだろう? 入るぞ!」


 ヴェルドリス様は遠慮なくネタロー様がいるとされる寮の部屋のドアを開け広げてしまった。

 無断で入ってしまってもいいのだろうか?

 ……でも、ネタロー様と言う人も訓練をサボっているという話だしどっちもどっちか。


 ……部屋が汚い。

 ぐちゃぐちゃの掛け布団と脱ぎ捨てられた服の数々、……あれ?

 この世界、洗浄魔術を使うから基本的に寝間着とか着る文化はないのにもかかわらず、脱ぎ捨てられた服は寝間着のような服だ。

 全体的に薄くて柔らかく、くしゃりとしている。

 魔力の気配がここまで薄い布、存在していいのだろうか?


「……なんですか。こんなに大勢ぞろぞろと。訓練のサボりをとがめに来たにしては知らない人達が多すぎますし、異質な気配もあります。総長、これは一体なんですか?」

「お前にちょうどよさそうな戦いが明日あってな」

「……なんですか? 場合によっては寝ます」

「封印されし大厄災の獣との戦いだ。お前は厄災の獣との戦いになら積極的だろう」

「ふぅん……、アレと戦う術あるんです? 毎年1度はある封印されし大厄災の獣を使った訓練では誰も大厄災の獣を倒せた人はいないですよね?」

「それが、あるわけだ。アキュルロッテと同じ力、魔力の真髄と呼ばれる力。そして……」


 ヴェルドリス様が横にずれる。

 ……ネタロー様の見た目は寝癖でよくうねった薄紫色の髪に緑色の目だ。

 少なくともこの世界に生まれた人の見た目だということはわかった。


「ここにいるフユミヤの魔力だ」

「そこにいる黒髪の女ですか……。確かに異質な魔力の気配がしますね。これでどうするんですか?」

「フユミヤはすでに大厄災の獣を倒したことがある。そんな彼女の力と魔力の真髄の力を使い封印されし大厄災の獣に挑むというわけだ」

「……魔力の真髄を得られていない人ってどうするんです? ただの見学ですか?」

「そうなるな」

「…………確かめたいことがあるので行きます。そのために呼びに来たのでしょう?」

「やっぱり乗り気になったな! それじゃあ明日、呼びに来るからな! ……部屋は片付けるんだぞ」

「そのうち片付けますって〜」

「ダメだな。それじゃあ行くか。全員出てくれ」


 8人で押しかけているので出るのも一苦労だ。

 のろのろと私達はネタロー様の部屋を出た。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……今の方、どうして服が散乱していましたの?」

「ネタローのやつは変わっていてな、毎晩着る服を変えているんだ。別に着替えずとも洗浄魔術を使ってある程度の武具を外せば十分眠れるというのにな!」


 ……その習慣、転生者の可能性がだいぶ高い。

 ユーリちゃんがこっちを見てくるのでとりあえず頷く。

 ユーリちゃんも多分、その可能性に辿り着いていそうだ。

 今晩にでもその話、できればいいけれど……。

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