第89話 乱戦と飴【Sideクラリス】

 ◇Side【クラリス】


 あんなに一緒だったチエ様は今は魔術士団の建物に行ってしまった。

 私と一緒に騎士団まで来てくだされば少しは頑張ろうというのに、どうして私からチエ様を奪う男、ヴィクトール王弟殿下と兄上と共に行かなくてはならないんだか……。

 魔術士団に行ってチエ様の活躍を拝む、というのも悪くはないのかもしれない。

 でも、今はそれは叶わない。


「今より、俺とヴィクトールの試合を始める!」

「また戦うんすか? そろそろヴィクトール王弟殿下が勝ちますよ?」

「おい! まだわからないだろう!」

「前回は殿下の一撃が重くてギリギリでしたよね? 体の衰えもありますし、そろそろ負けても……」

「ヨーゼフ! 俺は父の沽券こけんにかけて今回も勝つからな!」

「というわけで殿下! がんばって総長を倒しましょう!」

「またアレか? 賭けか?」

「…………秘密っすね!」


 ……騎士団は気性が荒い人が多くてこの灰色の髪の男性のように陰で賭け事をしている人もいるらしい。

 この様子だと、総長であるウェルドリス様は大して注意はしていなさそうだ。

 ……それでいいのだろうか?


「それじゃあ試合を始めるぞ! 全員俺達から離れろ!」


 見学できるギリギリの場所まで下がる人、しっかり遠くまで下がる人、数はギリギリの場所に集まっている人の方が多そうだ。

 うっかり攻撃が当たったらどうするんだろう?

 そんな考えなしの人達は放って置いておいて、私は距離を取ることにした。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 全員、程良い距離を取ったからか、ウェルドリス様が剣を抜いた。

 対するヴィクトール王弟殿下も魔力武器の剣を抜く。

 試合が始まる。


「試合開始だ! 来い! ヴィクトール!」

「はい!」


 ヴィクトール王弟殿下が先手の攻撃をかわしたが……!?


「総長の剣が弾き飛ばされた!? どうなっているんすか!?」


 攻撃をいなそうとしたヴェルドリス様の剣が弾き飛ばされたことにざわつく騎士団の一員。

 ……いや、こうなるとは私も思っていなかった。

 一体なにが起こったのだろうか?


「ヴィクトール、その魔力……、どうした? まるで……」

「アキュルロッテが使っていたのと同じ魔力の真髄と呼ばれる物です。フユミヤが引き出してくれました」

「なっ、全ての騎士を超えし戦乙女と同じ力!? 魔力の真髄ってなんなんすか!?」

「……魔力の真髄か。それがあれば俺達は変われるのか?」

「アキュルロッテと同じように封印されし大厄災の獣に戦えるようになるかと」


 ヴィクトール王弟殿下の言葉で騒がしくなる。

 ……封印されし大厄災の獣は本当に厄介な存在なんですよね。

 といっても私と兄上は、1度大厄災の獣と戦った経験があるけれど、あれは私自身が戦った数に加えてもいいのかもわからない。

 あれはチエ様のデンキの魔力で無理やり倒したようなものだからだ。


「アキュルロッテと同じように戦えるのならば……、その魔力の真髄はどうすれば得られる?」

「魔力の押し合いで一切抵抗せず、相手の魔力に一方的に押され続けていると得ることができます。その際反発で出てくる魔力の真髄の魔力で相手を傷つけてしまうことには注意が必要かと」

「魔力の押し合いで得られるのか? そんな簡単な手段で?」

「魔力の差がある者同士でやると効果的かと。差が大きければ大きい程早く魔力の真髄に辿り着けるのではないかと考えられます」

「……そうなると魔力が多い方は魔力の真髄に辿り着けないのではないか? フユミヤは一体どれだけの魔力を保持しているというのか……」

「俺よりも確実に多いです」

「ヴィクトールよりもか。それは恐ろしいな……」


 ……あれ、チエ様はヴィクトール様から魔力の真髄を引き出してもらったはずなような?

 でもその時のチエ様は魔力の扱い方を理解していなかったからヴィクトール様に魔力を引き出してもらったらデンキの魔力、光の魔力の真髄を扱えるようになった……?


 条件がいまいちわからない。

 私の場合はチエ様の魔力が多かったから魔力の真髄を引き出してもらえたわけで……。

 でもチエ様の魔力はヴィクトール王弟殿下より多いのにも関わらず魔力の真髄を引き出せた?

 なんでだろう?


「ついでに言いますと、フユミヤに魔力の真髄を引き出してもらった者がここにもう1人います」

「その者はどちらだ?」

「フユミヤの近衛騎士のクラリスです」

「わたくし!? いや〜、でもわたくしは弱い方ですよ!」


 やめてほしい。

 私は騎士としては弱い方だ。

 多くの騎士団の人達に注目されているし、なんだか嫌な予感がする。


「弱いかどうかはこれから試せばいい! お前達! 乱戦の訓練の準備はいいか〜!?」


 うおおおおお!

 と周りが沸き立ってしまう。

 乱戦なんて私が最も苦手としている戦いだ。

 しかも、魔力の真髄を引き出した者として紹介された以上、私は狙われるだろう。

 なんて紹介をしてくれたんだ、ヴィクトール王弟殿下!


「それでは始めるぞ! 死なない程度にがんばるんだ! 始め!」


 死なない程度ってこれ普通に危険な実戦と変わりないではないですかー!!

 勘弁してくださいよ〜!


 しかもしかも多くの騎士がヴィクトール王弟殿下ではなく私を狙いににじり寄ってくる。

 殺す気ですか!?


 こうなったらもうやるしかない。


「せぃやあああぁ!」


 1番前にいる茶髪の長い髪を束ねた男性に向かって剣を振った。

 魔力武器だから剣を振ると水の魔力を別で出せる。

 これを十分に利用させてもらおう。


 男性は水の魔力をかわし、こちらに向かってくる。

 やはり直接戦わないと、か。


「魔力の真髄とやらの力、測らせてもらおうか!」

「それなら、ヴィクトール王弟殿下を狙ったらどうですか!」


 振られた剣をこちらの剣で受け止める。

 鍔迫つばぜり合いになったけど、この程度魔力で押し切れるっ!


「こんのっ!」


 大したことのない騎士だったのかその男性の体は容易に押されてだいぶ後ずさった。

 ……いや、チエ様に引き出してもらった魔力の真髄の力のおかげだろう。

 本来の私なら大したことのない騎士にだって苦戦する程度には弱かった。


 魔力の真髄というものはこれほどまでに力を引き上げるものなのか。

 それを引き出すことを騎士になるための条件にしてくださったチエ様はすごい人だ。

 そんな人の近衛騎士になれてよかったと心から思う。


 そうは思うけど、こんなに狙われるなんて思ってない!

 狙うならヴィクトール王弟殿下を狙ってくださいよ!








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ぜぇー……、ぜぇーー…………、やっ、やってやりましたよ……」


 私を狙ってくる人達を全員倒すことができた。

 …………倒れている人達の中には何気に兄上も混ざっている。

 なにをしているんですか兄上……。


「クラリス、そっちは終わったようだな」

「……ヴィクトール王弟殿下は、立っていた、だけではないようですね」


 ヴィクトール王弟殿下にも挑んだヒトがいたようで、倒れているヒトがそれなりにいる。


「さて、最後に残っているのは俺とお前だけだが、どうする?」

「勝ち負け、決まっているじゃないですか……。降参しますよ、降参……」

「フユミヤも来ているが?」

「なっ……」


 ヴィクトール王弟殿下が視線で示した先には確かにチエ様が私達を見ていた。

 ひ、卑怯だ。

 でもどっちみち魔力量でも戦闘経験でもヴィクトール王弟殿下に負けている。

 さらには私の魔力消費量とヴィクトール王弟殿下の魔力消費量は相手をしてきた人数を比べると私の魔力消費量の方が格段に多い。

 私の勝ち筋は見えない。


「それでも降参しますよ、わたくしは。勝てないことはわかりきっていますからね。戦ったところで無意味です」

「……そうか。フユミヤ達のところへ行くぞ」

「兄上は……、立ち上がりましたね」

「魔力の真髄というものはものすごいですね……。呆気なく人が吹き飛びます。これで大厄災の獣と戦えるというのなら広めておくべきかと」

「コルドリウスは見たところ無事なようだが……」

「愚妹がとにかくヒトをぎ倒すので倒れた群衆に潰されていただけです。そのまま倒れ伏し、時が過ぎるのを待っていました」

「……訓練の意味がないのではないか?」

「それはそうですが、わたくしも同じく降参します。主君にやいばを向けたくはありませんので」

「わかった。行くぞ」








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ヴィクトール王弟殿下の後をなんとか追ってチエ様のいる場所へ向かう。

 よく見てみると、ヴェルドリス様にミルリーナ様にセラフィーナ王妹殿下にユーリちゃん、濃いピンク色の髪を1つにまとめた知らない女の人がチエ様の近くにいた。


「……! エルリナ!」


 1番最初に私に攻撃を仕掛けてきた茶髪の男性がチエ様達がいる方へ走っていった。

 ……抜かされた!

 私も行かなくては……!


 へろへろの足を動かしてチエ様に近づくもヴィクトール王弟殿下にチエ様の目の前に立たれてしまう。

 ……ヴィクトール王弟殿下、許すまじ!

 そう思っていたらチエ様が体を傾けて私のことを心配している眼差しを向けてくれた。

 チエ様……!


「クラリスさん、大丈夫? いつもよりだいぶ魔力の気配が薄くなっているような気がするけれど……」

「魔力の消耗が激しいだけですよ。食べて眠れば治ります」

「魔力を分けたらなんとかならないかな? 立っているのも辛いとかはない?」


 魔力を分けるということは……!


「はい、正直気力で立っています……。このまま倒れちゃうのかもしれませんね……」

「……やってみよう。クラリスさん、悪いけど体借りるね」

「主様が望むのなら喜んでこの身を差し出しましょうとも!」

「お、おい……、フユミヤなにをして……?」


 チエ様が私に抱き着いたのを見て驚くヴィクトール王弟殿下。

 魔力を分けるところを見るのは初めてのようだ。

 そうなると今までチエ様からの抱擁を受けたことがないということ……。


 ……降参して良かった〜!

 チエ様に付けた匂いもまだ残っている事実を理解できる、こうやって小さくて柔らかな体の感触をこうやって味わう機会を得られたのだ。

 ──最ッ高!!


 チエ様には体重はあまりかけないように程々に体を預けながら魔力を流されるのを待つ。

 前回は抱擁だけを頂けたが、今回は魔力をくださる上にチエ様が“自分”から私に抱きついてくれたのだ。

 これを喜ばない近衛騎士がいるのでしょうか!?


「魔力、分け始めるね」

「は、はい!」


 チエ様の魔力が優しく流れ込んでくる。

 これは近衛騎士になる時の条件として流された魔力とは違って、強い感じはしない。

 あの時もそうだけど、今の状況ってもしかして……!


 私の体内にチエ様の魔力が存在している……!

 あの時は反発のせいでチエ様の魔力を押し返してしまったけれど、今回はこの身に残してみせますとも!








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……クラリスさん、元気になった? 腕の力が強いけど……」

「なりましたがまだ主様の魔力を手放したくないです……」


 倦怠感の類は抜けたかのように感じるけど、まだチエ様を手放したくない。

 このままずっと抱き締め続ける権利があれば、チエ様のこれからの辛いこともなくて済むのに……。

 ……私が男性ならチエ様はこうしてくれないか。

 今こうして抱きしめて頂けるのも私が女性だからというのもあるし、昨晩の弱音も私が女性でなければ聞くことはできなかった。

 もしかすると近衛騎士になることすら叶わなかったのかもしれない。

 それは、嫌だな。


「体調の悪さがなくなったというのなら早くフユミヤから離れるんだな」

「ちょっとくらいいいじゃないですか! 主様がなくなるわけではないですし……」

「クラリスさん、苦しい……」

「フユミヤもそう言っている。早く離れるんだな」

「なら私が力を弱くすればいいじゃないですか〜。主様、大丈夫ですか〜?」

「うん、大丈夫。……じゃあ魔力分けるのは終わりで」

「えっ、もう終わりなんですかぁ!?」


 チエ様はもう離れていってしまうというのか……。


「うん、終わり」

「そ、そんな……」


 チエ様が私から離れていってしまった。

 まだ温かなぬくもりは残っているけれど、いずれ消えてしまう。

 その事実が悲しいけれど、今日も同じベッドで眠っていただければ後ろからにはなるが、またチエ様を抱きしめることができる。

 その時を待とう。

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