第87話 転生者エルリナ
首を傾げながらミルリーナ様はフィールドの中央へ近づいたので、とりあえずついていく。
多分最終的に私が攻撃するだろうし、近づいても問題はないだろう。
「……エ、エル〜? 貴女が造っているそれ、なにかしら〜?」
「建造物型ゴーレムです。最早ゴーレムと言うべきか怪しいですが、昔の記録だとこれもゴーレムに分類されていました。」
建造物型ゴーレムとは一体……。
塔のような赤いそれは確かに魔力の気配を持っていた。
「もう完成したかしら? フユミヤちゃんに攻撃させたいのだけれど……」
「……その黒髪の女性はフユミヤ、というのですか?」
「ええ、そうよ。まだ正式に決まってはいないのだけれど、ヴィクトールの婚約者になるわ」
「フユミヤです。エルリナ様、よろしくお願いします」
とりあえず挨拶して一礼する。
「私は平民なのでエルリナ様とは呼ばずにエルリナとでもお呼びください」
「……じゃあエルリナさんで」
「…………まあ、構いません。それではフユミヤ様、こちらのゴーレムに魔力を当ててみてください。硬くはしてあるので、簡単には崩れないかと」
私にはフユミヤ様なんだ……。
……ん?
なにか違和感があるけど、なんでだろう?
それよりも今は電気の魔力を当てることの方が重要だよね。
とりあえず、杖の小型化を解除する。
電気の魔力を少し杖に溜めて放出した。
「……ヒビ、できましたね。総長、ここは離れましょう。フユミヤ様はこのゴーレムを呆気なく破壊することができます」
「…………エル、ちなみにこれ普通に魔力を当てるとどうなるのかしら? 当ててもいい?」
「構いません」
「それじゃあ行くわよ〜! それ!」
ミルリーナ様の指輪から火の魔力が放たれたが、建造物型ゴーレムに変化はない。
「……これはフユミヤちゃんに派手に壊してもらおうかしら。その方がわかりやすいものね」
「そうですね。ここにあっても迷惑なものですし」
「というわけでフユミヤちゃん、少し離れましょう」
「わかりました」
確かにこの塔が崩れたら大変なことになるので距離は取ろう。
少し離れると言って移動した先はだいぶ観客席に寄っていた。
この距離からでも余裕で当てられるくらいにはあの建造物型ゴーレムは大きい。
「さあ、フユミヤちゃん! 電気の魔力を思いっきり使ってちょうだい!」
「わかりました」
「電気の魔力……?」
エルリナさんが不思議に思っているのには反応を返さず、杖に電気の魔力を最大まで溜め込む。
そのまま電気の魔力を建造物型ゴーレム一直線目掛けて放つ。
そして轟音は鳴り響いた。
「一撃で崩れちゃったわね……」
「これは魔力壁膜は無意味ですね。……フユミヤ様に魔術士団の訓練はできないと思いますが」
「実戦を訓練にせざるを得ないわね……」
「総長! ボクのゴーレムならあの魔力を防げるはずです!」
「ハリネルトくん、大丈夫なの?」
「全然問題ありませんが? それよりもその黒髪の小娘のその魔力を解き明かさせてもらおうじゃないですか!」
「それは今わかったのだけれど……」
「いいえ、僕のゴーレムはとにかく硬いのが特徴なのはお忘れではないですよね?」
突然出てきた先程のゴーレム同士の戦いで負けた藍色の長髪の人、ハリネルト様が現れて自分のゴーレムの性能が素晴らしいものであることをミルリーナ様に確認している。
ミルリーナ様、少し困っているけど。
「そうだけど……、フユミヤちゃん良いかしら? ハリネルトくんは自分の目で確認しないことには納得できない子だから……」
「大丈夫です」
「じゃあ、ハリネルトくん。ゴーレムを作って」
「ええ、もちろんですとも。
そう言ってハリネルト様はフィールドの中央、先程私が電気の魔力で破壊した建造物型ゴーレムの瓦礫の方へ向かっていった。
「……いくら硬くとも魔力壁膜を貫通してしまうのであれば全て無意味です。これ以上の検証は無意味だと思いますがハリネルトはそれをわかっているのでしょうか?」
「焦っているのよ、あの子は。エルがどんどん強くなっているからね」
「私が強くなっている、ですか」
「その様子だと自覚がないようね。エルは今年学園を卒業してから正式に魔術士団に入ってくれたけど、もう数年分の正式な訓練を積んだのかと思うくらい強くなっているもの。なにをしたのかと不思議に思うくらい」
学園を卒業したということはエルリナさんはセラさんと同じくらいの年、16歳か。
この世界、誕生日で歳を取るのか数え年なのかはわからないけど、大体16歳なのはわかった。
「私が気をつけているのはムダを
「ムダを削ぐ? それはなにかしら?」
「少し危険な考え方ではありますが、……以前総長は味方に当たりかねない危ない魔術を使おうとしているのを止めてくださったことがありますよね」
「ええ、そうよ。魔力の気配に集中していない限り気づけないようなそんな魔術だったもの」
「あれが完成形に近いです。目に見えるものを削ぎ、純粋に魔力だけを当てる、そうすれば全ての魔力が対象に当てることができます」
「……威力の改善、ということね」
「そういうことです。……ですがこの使い方は集団では向いていないということがわかりましたので今は目に見えるようにしてあります。それが今ゴーレム戦で使っている線状の攻撃となっています」
「確かに火の魔力から出る攻撃にしては不思議なものね。一体どうしたの?」
「見えれば問題ないかと思いまして……、総長、ハリネルトが戻ってきます。ゴーレムが完成していますね」
ムダを削ぐ、か。
私もそういう工夫みたいなことをした方がいいのかな?
「総長、ゴーレムの作成が完了しました。後はそのフユミヤという小娘の異質な魔力で攻撃してもらえば結果はわかるでしょう! ボクのゴーレムが耐えるに決まっていますが!」
ハリネルトさんが作ったゴーレムは先程戦っていた茶色の人型ゴーレムと対して変わっていない。
これを電気の魔力で破壊すればよさそうだ。
「それじゃあフユミヤちゃん、お願いできるかしら?」
「はい、大丈夫です」
再び電気の魔力を杖に溜めていく今度は残っている瓦礫も細かくするくらいの勢いで行きたい。
溜まりきった魔力を人型ゴーレムめがけて放つ。
……壊れたね。
「なっ、なっ……」
「やはり魔力壁膜が役に立たなくなっていますね」
「ハリネルトくん、これでわかったかしら?」
「え、えぇ、理解しましたとも。……総長、そのフユミヤという小娘は一体どこから?」
「……最近姿を消していたヴィクトールが連れていたということぐらいしかわからないわね」
どこから来たらと聞かれても説明がしづらい。
異世界から来たというのは簡単だけど、普通は正気を疑うだろう。
「ヴィクトール王弟殿下が戻られたのですか?」
「あそこで見学しているセラと小さい女の子、ユーリと、騎士2人と一緒に昨日からね。フセルック侯爵領にいたところを王都に引っ張り出してきたの」
「……あのユーリという小娘、セルクシア公爵令嬢の?」
「ではなく平民の母親から生まれたと彼女は言っていたわ」
「それにしたって余りにも似ています。魔力の気配もその見た目も……、どうするおつもりで?」
「ウォルスロムに会わせるわ。そろそろあの子には諦めてもらわないといけないもの」
「そのようなことをしたら……」
「わかっているわ。けれど、いつかはやらないといけないことなの」
「総長、ゴーレムの破片の片付けを行ってもよろしいでしょうか?」
「そうね。エル、フユミヤちゃんと一緒に行ってくれるかしら?」
「かしこまりました。行きましょうフユミヤ様」
「あっ、はい」
エルリナさんに連れられる形で私達はゴーレムの破片を片付けるためにフィールドの中心へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
途中、エルリナさんの歩みが少し遅くなった。
一体どうしたのだろうか?
「フユミヤ様、貴女は異世界転移者、転生者どちらですか」
「なっ…………」
い、いきなりそれを聞く?
待って、それを聞くということはエルリナさんは、
「私は転移者だけど、エルリナさんはもしかして日本人……?」
「ええ。日本からの転生者です。なるほど、転移者でしたか。……なぜ名字で呼ばれているのです?」
「名字しか名乗っていないので……」
ヴィクトールとユーリちゃん、クラリスさんといった一部の人には名前は知られているけど、基本的に名字単体を名乗っている以上はこれで生きていくつもりだ。
「
「体が違う、というのはこの世界の人と今の私のこの体?」
「そうです。フユミヤ様の体の四属性の魔力の気配は今までにないくらい薄く感じます。生きているのも不思議だと思ってしまうほど」
い、生きているのも不思議だと思われるくらい私に四属性の魔力の適性がないのか。
今からでも四属性の魔力の適性を伸ばすことはできないのかな?
「さて、ゴーレムの破片の場所についてしまいましたね。これを粉々になるまで壊せばいいのですが、フユミヤ様、もう一度電気の魔力を見せていただいても?」
「大丈夫」
エルリナさんに電気の魔力を見せる目的でゆっくり電気を杖に溜める。
「溜め方に関しては四属性の魔力と同じ、ですね」
「えい」
溜めに溜めた魔力を瓦礫の山に向かって放出する。
「呆気なく粉々になりましたね……」
「これは砂のまま放置しておいていいもの?」
「はい、問題ありません。そのうち消えてしまうのでなにもしなくて構いませんよ」
「消えるんだ。これ……」
「ええ、魔力のない物質はこの世界には存在できませんので」
「初めて聞いた……」
「知らない人も普通にいらっしゃるので問題はございません。それでは総長のところへ戻りましょう」
「うん」
エルリナさんに連れられる形でミルリーナ様達がいる方へ戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「早いわね〜。もう少し時間がかかるかと思ったわ」
「フユミヤ様の電気の魔力のおかげです。一瞬で終わりました」
「やっぱり特殊よね……。封印されし大厄災の獣を倒したというのも事実で間違いなさそうね」
「……フユミヤ様、封印されし大厄災の獣を倒したことが?」
「あるよ。複数体」
「私が聞いた報告だとテルヴィーン領、ロトスの町の大厄災の獣の討伐しかなかったのだけれど、他にもあったの?」
「フセルック領とクレニリアの町の近くのアーデルダルド湖畔で何体か倒しました。1日に2体の大厄災の獣を倒したこともあります」
「それは……」
会話が聞こえていなさそうな観客席側の魔術士団の人達がざわついた。
……大厄災の獣を倒したこと、そんなにできないことなのかな?
「恐ろしいわね。それなら明日のドルケンルルズの丘の封印されし大厄災の獣討伐も簡単かしら?」
「どういった大厄災の獣かによりますが、私になにもなければ問題なく倒せると思っています」
体に異常を引き起こすような花粉でもない限りは大丈夫だろう。
……耐性はつけたいけど、大勢に会話が聞かれている以上、今は言うべきではなさそうだ。
「言うわね……。口だけではないことを信じているわ。……さて、明日のドルケンルルズの丘の封印されし大厄災の獣討伐にはエルと誰かを連れて行く予定だけれど、誰か行きたい子はいるかしら?」
「総長、ぜひボクに行かせてください!」
「ハリネルトくんの他には…………、いなさそうね。じゃあハリネルトくん、明日の討伐よろしくね」
「えぇ、このハリネルト=リドルマン=シャルタール! 封印されし大厄災の獣に挑ませていただきますとも!」
……ハリネルト様、主張の激しい人だ。
あまり関わらないでおこう。
「それじゃあエルとハリネルトは私達と間食に行きましょう。後の子は自由に動いていいわよ!」
その発言と共に訓練場のフィールドに飛び出す人が数人、彼らはなにをするのだろうか?
「さあ、フユミヤちゃんも食べに行きましょう。セラとユーリちゃんも連れて明日のドルケンルルズの丘のことで話をさせてちょうだい」
「わかりました」
訓練場はあまり見学はできなさそうだ。
間食用の食堂に向かうであろうミルリーナ様達の後を追う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
間食用の食堂は甘い食べ物の匂いがする。
なるほど確かに間食……。
でも芋か肉か小麦の劣化品しか今のところ食べたことがないけれど、甘い食べ物ってなんだろう?
やっぱりガチャ芋から出てくるのかな?
「さて早いけれど、間食を食べるわよ。特にエルとハリネルトくんはゴーレム同士の戦いとさらにゴーレムも作ってもらったから私が払うわね」
「それはなりません総長! ボクの分はボクで払えますとも」
「私も余裕があるので不要です」
「貴方達、酷いこと言ってくれるじゃない。じゃあセラとユーリちゃんとフユミヤちゃんに」
「大盛りスイーツがありますわ!!!!」
……ユーリちゃんは両手を掲げて勝ったかのようなポーズをした。
大盛り系が好きなのはわかるけど、大丈夫なの?
「あら、ユーリちゃんそれがいいの? ユーリちゃんのおなかに入るかしら?」
「全て入れてみせますとも。わたくしには秘策がありますもの」
「でも、ここの食堂お金がかかるわよ? この大盛り、10万リーフするけれど、足りるかしら?」
「じゅ、10万リーフですの……?」
「私が出してあげようか?」
「ふ、普通の厄災の獣を狩れば懐の余裕は生まれますのに……、でも大盛りを見過ごすことなんて、わたくしには……」
「ユーリちゃん、私が出すよ。一応後で返してね」
そして気絶しないでね。
のようないらないことは言わない。
ユーリちゃんはそのまま食欲に突っ走ってもらおう。
「フユミーさんも……、ここはフユミーさんのお財布を借りますわ」
「あらら……、じゃあセラの分を」
「お母様。私も懐の余裕はあるのよ〜。奢りたいのはわかるけれど、またいつかの機会にしたらどうかしら〜?」
「最近の若い子はお金持っているわね……。じゃあ好きなように注文していらっしゃい」
「さあ、フユミーさん! 行きますわよ!」
ユーリちゃんに手を引かれて食堂の注文口まで連れてかれる。
私、まだなにを食べるか決めていない……。
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