第86話 ゴーレムバトルの魔術士団

 動きがない。

 どうしたのだろうと扉が空いた先にいるであろうヴィクトールを見る。

 普通にいた。

 ……よくわからないけれど固まっている。


「フ、ユミヤは……、髪を編んだのか」

「わたくしが編みました!」

「そ、そうか……、近衛騎士、だからか」

「そうです。近衛騎士は主様の身支度を整えるのも仕事ですからね」

「……そうだな」

「なにかありますの?」

「特に、ないな。近衛騎士だから仕方ないといえば仕方ないが……」

「なにかありますわよね!?」


 クラリスさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 ……髪を編まれることに、なにか意味がありそうだ。

 深くは聞かないでおこう。


「それはそれとしてだな。朝食の時間だ。コルドリウスは先に呼んで後ろにいる。ついてきてくれ」

「わかりましたわ! 行きましょう!」


 朝食と聞いてユーリちゃんは気合を入れ始めた。

 こころなしか歩幅も大きくなっている気がする。


 昨日と同じ食堂に案内された。

 私達の席と思わしき場所にはセラ様とミルリーナ様とヴェルドリス様がすでに座っていて、朝食らしき芋料理も並んでいる。

 メイドさんが呼びに来なかったのはどうしてだろう?


「あら、フユミヤちゃん髪を編んでいるのね。よく似合っているわ」

「わたくしが編みました!」

「近衛騎士は主君の身支度を整えるのも仕事だものね。私もフユミヤの髪をこうしてみたかったけれど……」

「いくらセラフィーナ王妹殿下と言えどその役割は渡せません!」

「1度はやっておけば良かったわ……。でも、フユミヤは私との約束、覚えているわよね?」

「約束? ……髪飾りを買いに行くこと、でしたっけ?」


 ……あれ?

 そんな約束をした覚えはない気がするのに口から滑るようにその言葉が出てきた。

 いつ、そんな約束をしたんだろう?


「なっ……、わたくしも主様の近衛騎士として同伴させていただきます」

「ダメ、と言いたいけれどフユミヤは髪飾りの扱うことはできないからついてきてもらおうかしら?」

「セラフィーナ王妹殿下、ありがとうございます」

「構わないわ〜。せっかくだし、フユミヤをもっと着飾りたいわね〜。クラリスはどう思う?」

「ぜひ、ご同伴させて頂ければと存じます」

「決まりね〜。フユミヤも一緒よ〜」

「…………」


 なんだか流れるように買い物が決まってしまった。

 いつその時間があるんだろう?


「さあ、朝ごはんの時間よ! 席に座って!」

「昨日と同じ席だからな」

「酷いわお兄様。またフユミヤの隣に座ろうとしているわ〜」

「俺の婚約者だからいいだろう?」

「…………お母様、今日の夕食は魔術士団の食堂にするのはどうかしら〜? 私、フユミヤの隣でごはんを食べたいわ」

「別に構わないけれど……」

「待ってくれミルリーナ! 今はそこまで忙しくないだろう!? 俺はミルリーナとの食事を楽しみにして……」

「ヴェルドリスくんがこうなっちゃうのよね。間食の時間があるからその時で我慢できるかしら?」

「わかったわ〜。フユミヤの近くで食事ができたらいいからそれで構わないわ」

「ということで今晩もこの食堂ということになったわね。さあ、セラも座って」

「わかったわ〜」


 ……セラさんの席は私から1番遠いところ、テーブルの対角線上だ。

 確かに遠いけど、そこまで口論になることかな……?


「それじゃあ食べていいからな。で、今日の話だが、騎士団に行くのと魔術士団に行く組に分かれているのは覚えているな?」


 ミルリーナ様とヴェルドリス様以外の全員が頷いた。


「ならよし! それじゃあ食事を食べ終えたらすぐに分かれて移動するからな! 話は終わりだ!」


 話は早く終わった。


 それじゃあ勇気を出してこの真っ赤な芋料理を食べてみよう。

 辛くないといいんだけど……。


 辛くはなかったが食感が分厚いせんべいみたいにゴリゴリしている。

 噛み砕くまでに時間がかかる。

 耳を澄ませてみるといろいろなところからゴリゴリ音がなっている。

 食べられる部類だから出されているのかな?

 たれはしょうゆみたいな味がするし、よりせんべいだ。

 芋なのに。


「今日の芋料理の芋はゴリゴリ芋か。噛みづらいと感じたら風の魔力を使って斬ることは問題ないからな! 食べやすいようにしてくれ!」


 私が風の魔力を扱ってもそよ風しか出てこないのでこのままゴリゴリ芋と格闘だ。

 か、硬い〜。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 …………私が1番最後にゴリゴリ芋を食べ終えた。


「すごいな! ゴリゴリ芋を切らずに食べ切ったとは!」

「フユミーさん、四属性の魔力は火の魔力以外はからっきしですの」


 ユーリちゃんはとっとと風の魔力で芋を切っていた。

 ……というより私以外は風の魔力を使って切っていたので、純粋に食べる速度が違っていたのだ。


「そ、そんな事情があったのか……。こんな魔力量があるのに随分かたよっているようだな。よく今まで生活できていたと思うが、一体どうやって……?」

「父上、その事情に関しては別の機会にお話させていただきたいです」

「特別な出自、のことかしら?」

「はいそうです。母上、このような大勢の人々がいるような場所で話すことではないので、どこかの会議室で話をさせてください」

「……会議室で話をするようなことかしら?」

「なるべくはそうしたいと考えています」


 異世界人ということを話すには確かにこのような場所は良くないだろう。

 普通の人は信じないからね。


「今日は訓練があるから早くても明日辺りかしら? フセルック侯爵家の人達が来るまでに済ませられる話になればいいけれど……」

「30分あれば余裕で終わる話かと思っています」

「なら今晩でもいいわね……。ちなみにそれは私とヴェルドリスくんは別として連れてきた子達は知っているの?」

「ええ知っています」

「なら、ヴィクトールとフユミヤちゃんを連れてヴェルドリスくんと一緒に空き会議室を使えば良さそうね」

「はい、それでお願いします」

「なら決まりね。それじゃあ食べ終わったことだし分かれましょうか」

「フユミヤ、無事を祈っているからな」

「そっちもがんばって」


 ミルリーナ様についていく形でセラ様とユーリちゃんと一緒に魔術士団の方へ向かった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 魔術士団は王城の本館のような場所から出て、少し離れた緑色の建物を拠点としているらしく、その建物の中に私達は入った。

 建物の中には小さな赤い髪の毛を三つ編みにした女の子がきょとんとしていた。


「ミルリーナ総長、お疲れ様なのです。その、後ろにいらっしゃるセラフィーナ王妹殿下以外の方々は誰なのです?」

「金髪の子がユーリちゃんで今日の訓練の見学、黒髪の子がフユミヤちゃんで今日の訓練の相手よ。フユミヤちゃんの魔力について知りたいことがあるからティルちゃんは今いる全員を集めてくれるかしら?」

「承知いたしましたのです。呼ぶのです」


 ティルちゃんと呼ばれた子は建物の奥の扉を開けて出ていった。


「さて、フユミヤちゃんには訓練の相手になってもらうけれど、ハリボテゴーレムは作ったことがあるかしら?」

「ないです」

「なら、うちの子達が作ったハリボテゴーレムに電気の魔力で壊せるか試してもらおうかしら」

「……粉々になると思いますが」

「耐久度を上げれば問題ないでしょう?」

「あの、私、ヴィクトールの耐久度を最大まで上げたハリボテゴーレムを粉々にしたことがあります」


 ……あの時は確か杖なんてなくって、素手でやったんだっけ。

 杖がある今、ハリボテゴーレムにどんな損害を与えてしまうのだろうか。


「……そ、それは本当のことかしら?」

「デンキの魔力は魔力壁膜を普通に貫通しちゃうから耐久度を上げても無意味なのよね」

「実際に見るしかないわね。それが本当かハリネルト君で試してみようかしら」

「あら〜? ハリネルトってお母様が注目していた魔術士だけれど期待通りだったのね」

「えぇ、そうよ。今1番強いハリボテゴーレムを作ることができるの。……でもフユミヤちゃんのデンキの魔力と呼ばれるものが魔力壁膜を貫通してしまうとなると、ゴーレムでの訓練が無意味になってしまうわね」


 ……もしかして私、訓練ができないのかな?

 実戦で試すしかない、そんな状態になっているということ?


「ミルリーナ総長、全員訓練場に呼んだのです。これで良いのです?」

「えぇ、ありがとうティル。ティルも行きましょうか」

「わかったのです」


 訓練場と呼ばれる場所に行くのか、足を進めたミルリーナ様を追う。


 訓練場と呼ばれる場所はコロシアムのような場所だった。

 下にある円形の広いフィールドを囲うように観戦することができる座席のようなものが多くあり、闘技場とも呼べそうだ。

 そしてコロシアムでは姿かたちは両者ともに異なるが、ハリボテゴーレムと呼ばれるような物が2体、向かい合わせで戦っていた。


「あら、戦っているわね」

「ハリネルトとエルリナの戦いなのです。最近はエルリナのゴーレムがよく勝っているのです」

「ならエルの方がいいのかしら……? でもエルのゴーレムは攻撃型だから、やっぱりハリネルトくんね」

「今回の訓練はどうするのです?」

「予定が変わっちゃったの。フユミヤちゃんの魔力の性質が特殊ということがわかっちゃったから。この戦いが終わったらハリネルトくんにまたハリボテゴーレムを出してもらうわ」

「特殊……、確かに今までに感じたことのない魔力の気配なのです」

「今は観戦席にいましょうか。戦いはまだまだ長そうよ」


 そう言いながらミルリーナ様が階段を降りていく。

 最前列で見るのだろうか?

 とりあえずついていこう。


 茶色の人型ゴーレムが岩を赤色の浮遊している足のないゴーレムに向かって放出したが、赤色のゴーレムの目から放たれたビームで破壊される。

 赤色ゴーレムはそのままビームを茶色のゴーレムに向かって撃つが、無傷のように見える。


「ふん、いつも通りだな。最近はボクに勝っていていい気になっているがそれもどうかな!?」


 茶色いゴーレムが地面を叩き、尖った岩の柱が出てきた。

 しかし、赤色ゴーレムはそれを素早くかわす。

 赤色ゴーレムはとても素早い。


「当たらなければどうということはないですよ。どんな攻撃も強くたってかわしてしまえば全部ムダです。総長も来たことですし、早く終わりにしましょうか」

「赤い方の体が急に砕けましたわ!」


 いや、これは……、1つ1つの破片に魔力が籠もっている。

 攻撃のように見えるが……。


「自爆か?」

「いいえ、違います」


 数多の破片からビームが出て茶色いゴーレムに当たる。


「勝者、エルリナ!」

「なっ、核が浮いているだと!? どういうことだ」

「ゴーレムでの戦いは核さえ無事であればいいのですからそれで問題ないでしょう」

「卑怯だぞ!」

「ですが、総長とその客人の方々が来ているというのに私闘を繰り広げるわけにはいきませんので」

「ぐっ、うぅ……」

「総長、お待たせしました。全員が集まっていますが、どういったご要件でしょうか?」

「変わった魔力の子を紹介したいのだけれど、ハリネルトくんのハリボテゴーレムは……、ダメそうね」

「変わった魔力、というのはそちらの黒髪の女性の方、でしょうか?」

「えぇ、そうよ。魔力壁膜を貫通する変わった魔力を扱える子、なのだけれど」

「魔力壁膜を貫通、ですか……」


 その言葉で辺りがざわつき始めた。

 恐れを感じている人がいたり、本当なのかと疑っている人がいたりする。

 エルリナ様も怪訝そうな顔をしている。


「私も見ていないからなんとも言えないけれど、私の子のヴィクトールの強度を最大まで上げたハリボテゴーレムを粉々にしたそうよ」

「……ヴィクトール王弟殿下が作成したハリボテゴーレムをそのように破壊できてしまうとは。総長、私が防御型のハリボテゴーレムを作りますので、それが事実かどうか確かめませんか?」

「エル、貴女は素早さと攻撃の威力を両立させたゴーレム造りを極めたいのではなかったかしら?」

「総長、ゴーレム同士で戦わせるのは間接的に魔術士の強さを確認できるから、ということですよね? 今回総長が確認したいものはその黒髪の女性の変わった魔力の測定、ですよね?」

「そうだけれど……、」

「なら魔力壁膜がある壁でも問題ないですが、ゴーレムですよね?」

「みんな作り慣れているからその方がいいのかしらと思ったのだけれど……」

「壁ならハリネルトの方が作れますが、私はゴーレムの方が手っ取り早いのですぐに作成しますね」


 そう言ってエルリナ様はフィールドの中心に向かっていった。


「……エルは話が早いわね。あの子が防御型のゴーレムを作るだなんて言い出すとは思わなかったけれど」

「防御型と攻撃型、なにか違いがありますの?」

「ハリボテゴーレムを作る時にどういった機能を重視するかによって作り方が変わってくるのよね。長くはなるから説明は割愛かつあいするけれど、エルはとにかくヒトのような素早さを実現して、さらに素早くすることを重視しているわ」

「素早さを重視するとどうなりますの?」

「脆くなっちゃうのよね。魔力の密度がないというのが原因だけれど、でも攻撃の出の速さや動きの素早さがだいぶ変わるし、攻撃の威力は魔術士の攻撃の威力と同等だからそこまで問題はないの」

「……攻撃の威力で魔術士の強さを測っている、ということですのね」

「そうよ。じゃないとわざわざゴーレムを作らせて戦わせる意味がないもの。魔術士同士で戦わせたら死闘になってしまうから、ゴーレムに代行させているわね。だから訓練場も広いのよね」


 ゴーレム、奥が深そうだけれどどうやって作るんだろう?


 フィールドの中心を見ると、エルリナ様はなんだかすごい大きい建築物のような物を作っている。

 ……今作っているものはゴーレムじゃなかったっけ?

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