第85話 弱音を吐いて次の朝

「わたくし、聞きたいことがありましたの。フユミーさんはどうやってあの状態から復活できましたの? アキュルロッテは呆気なく投げ出しましたのに……」


 あの、私が意識を失っている時のことか。

 とは言ってもヴィクトールがやったことが起点でなんかいろいろ終わったとしか言えないけれど……。


「私もよくわからないけど、ヴィクトールの魔力があの空間に入ってきたからなんとかなった、としか言えないかな。なぜかいたあの木の大厄災の獣も元通りになった私が電気の魔力を流して消し去ったし」

「あの空間にあの大厄災の獣、いましたの?」

「うん、いたよ。あのまま放置していたら復活するかもしれなかったからとりあえず消しといた。」

「……あの大厄災の獣、一体なんだったのでしょうか?」

「厄災の獣について、わかっていることは少ないです。言えることは危険なものなので倒せるものは倒し、倒せないものは他者に救援を頼みつつフセルック家に封印を依頼する、くらいですかね」

「……ずいぶん適当ですわね。調べられませんの?」

「厄災の獣を調べようとした人が過去にいたらしいのですが、その人が言うには見た目が同じでも性質にばらつきがあるから一概にまとめることができないといった結果でしたね」


 厄災の獣に対する知識は積み重なっていないようだ。

 ……それでいいのかな?


「対処法はとにかく戦うことしかありませんのね……。話もできませんし、仕方のないことですわ」

「言葉を話す厄災の獣なんて存在したら恐ろしいですよ……。どう恐ろしいかというとわかりませんが、すごく、嫌な予感を感じさせます」

「あっ、暗くなってきましたわ。ゆっくり消えていきますのね!」

「いきなり消えたらびっくりしちゃいますからね。それでは今日のところは眠りましょうか。……明日は主様と一緒にいられないのが残念です」

「わたくしとフユミーさんとセラ様が魔術士団に、クラリス様とヴィクトール様とコルドリウス様は騎士団に行きますものね」

「嫌ですよ〜、訓練なんて! 絶対けちょんけちょんにされます」

「クラリス様、今は違うではないですか」

「……となると?」

「フユミーさんが引き出した魔力の真髄があるではないですか」

「ありますけど〜、力だけでなんとかなるわけがないですよ〜」

「クラリスさんがんばって。当たって砕けよう」


 ……私に送れる言葉はこれくらいしかない。

 後はどうクラリスさんががんばるかだろう。


「砕けるんですか〜!? まあ、わたくしは未熟者なのでそうなっちゃいますが……」

「わたくしも見学ですもの。フユミーさん、魔術士団のハリボテゴーレムをすべて粉々にしますわよ。フユミーさんならできますわ!」

「電気の魔力ならできるけど、私もハリボテゴーレム作らないといけないんじゃないかな?」

「わたくし、そんなもの作ったことありませんわ。ですのでフユミーさんの身一つでぶん殴れるかミルリーナ様に聞きましょう! それができたらフユミーさんはこの国の魔術士の頂点に立てますわ!」

「なんで頂点に立つ必要があるの?」

「わたくしにはフユミーさんならできるという確信がありますの! やっちゃってくださいまし!」

「やらないからね?」


 ユーリちゃんは変な物に燃え上がっているようだ。

 ぽっと出の私がこの国の魔術士の頂点に立ってしまったらそれはこの国の魔術士が弱いということと同じではないだろうか?

 それは良くない。

 電気の魔力が特殊、ということだけは伝わればいいだろう。


「つまらないことを仰るフユミーさんにはこうですわ!」

「……またそこに顔を当てるんだ」

「これが1番幸福感を得られるということがわたくし、わかっていますの! 誰がなんと言おうとわたくしがフユミーさんと寝られる間はこうしますわ!」

「大人になったらさすがにそれはやめようね」

「この世界の15歳になるまではやってやりますわ!」

「その頃の私は28歳だけど地球だと相当な年齢だから……」

「イケますわ!」

「そうじゃないの……」

「わたくしも主様にこうすることができれば……!」

「クラリスさん……」


 だめだこの2人、どうしようもなくおじさんだ。

 私で食い止めるべきなのだろうか?

 いや、なぜ私で食い止めようとしている。

 私は赤の他人のはずなのになんでここまで接触されているんだろう?


「ユーリちゃん、私はおかあさんじゃないからね」

「ではわたくしがフユミーさんの養子になればいいのですわ!」

「違うから……。……でもユーリちゃん身寄りが」

「ないですわ! フユミーお母様! わたくしをお母様の子どもにしてくださいまし!」

「……さすがに冗談、だよね?」


 おかあさんではないと否定してからユーリちゃんが慌て始めたような気がする。

 ……冗談だと信じたいけど。


「少し本気ですわ! このままだとわたくし独りになってしまいますわ! そうなる前にわたくしを養子にしてくださいまし!」

「別の人の養子になるとか……」

「同じ世界出身の方がいいですわ〜!」

「ルプアは……」

「あの人はダメですわ。簡単に見捨てられそうですもの」

「じゃあ、なんで私に? 子ども育てたこと、ないよ?」

「それでも構いませんわ! むしろわたくしで子育てを試しませんこと? なんだかこのままだとフユミーさん、子どもを産まされそうですわよ?」

「そう、なんだよね……」


 なんだかその方面に流されているのはわかるけど、もう逃げるには手遅れになっている。

 婚約は確実な物になろうとしているし。

 大体、子育てなんてどうしたらいいんだろう?

 乳児は特に大変だって聞いているし、偏食とかされたらどうしよう。

 ……世界も違うし大丈夫なのかな?


「わたくしにはそれをなんとかする力はありませんのでせめてお力添えができればと考えていますわ。ご検討してくださいまし」

「……うん、ありがとう」

「わたくしも主様を支えますからね! 本当は主様が結婚する現実を受け止めたくはないですけれど、わたくしも主様を支えます! ……1番はヴィクトール王弟殿下から奪えればいいんですけど、さすがにそこまでできるほどわたくしは強くないので」

「……権力はどうにもならない、よね」

「そうなんですよね……。もし、耐えきれなくなったら言ってくださいね。うまくいくかどうかは別として、一緒に逃げられるようにしますから」

「わたくしが8歳になれば魔力の器も成長しきるのできっとフユミーさんを逃がすことはできますわ!」

「でも、その頃になったら多分……」

「わかっていますけれど、あまり1人で抱えないでくださいまし」

「そうだね」


 おとなしく諦めて受け入れよう。

 たぶんこの世界に来て最初に死ななかったからこうなってしまっているのだ。


「……本当にふざけた事態ですわね。なんとかできませんの?」

「もうね、どうしようもないんだ」

「主様……」

「……フユミーさん、もしかして結婚に抵抗がありますわね?」

「うん、関わる人もだいぶ増えるだろうし、もしかしたら子どもが悪いことするかもしれないし、大変なことがとにかくいっぱいあるからやりたくはなかったかな」

「生まれてくる子どもは必ずしも善良な命として生まれてくる保証はありませんものね……。基本的には親の責任になってしまいますし……」

「そうなんだよね。でも、もう逃げられないから……」

「今は、ですよ。いつか逃げられる時がきっと来ますからその時はわたくし達で逃げてしまいましょう」

「それは、いいのかな?」

「逃げたいと思えばそうしてしまえばいいですわ! ……今日はもう眠りましょう。フユミーさん、……いえ、チエさん。わたくしを養子にする話、頭の片隅にでも置いてくださいね」

「……わかった」


 ……ここに来て私の名前を呼んだということは本当に養子にしてほしいということなのだろうか?

 私でいいのかな?


「チエ様、この先には不安なってしまうような、ことが多くあると思います。わたくし、クラリス=クーデリア=ゴルディアンがチエ様の傍にいること、忘れないでくださいね」

「……うん」


 ……そっか、あの空間で魔力を持っていた私が自分の名前を言っていたからクラリスさんも私の名前、知っているんだ。

 名前を呼ばれること、やっぱり慣れないな。


 誰かが話すことがなくなったので今日はもう寝よう。

 闇の魔力を体に流して私はゆっくりと体から力を抜いた。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……この感覚は、やっぱりユーリちゃんだ。

 まだ寝入っているだろうし、このまま待っていよう。

 二度寝をしても良い時間かどうかもわからないし。


 そういえば、昨日の話ルプアに聞かれている可能性がある。

 聞かれたからといってなにかがある、とは言うわけではないけれど、また会った時にその話題を出されたら驚かないようにしないと。

 ……ルプアは結婚から逃げられる羽があるから、少し羨ましいかも。

 もし、風の魔力があれば私は逃げられたのかな?


「……主様、起きていらっしゃいますか?」

「クラリスさん、どうしたの?」

「少し、髪で遊ばせていただいてもいいですか? こうして寝ている体勢なので、御髪おぐしを編ませていただきたいです」

「いいよ。好きにして」

「ありがとうございます。また、こうして主様の御髪に触れられる機会があってわたくしは嬉しいです。前は編ませていただいた日に主様は倒れてしまったので……」


 あの日、クラリスさんが私の髪を編んだ後に大厄災の獣と戦った日だ。

 粉を吸って意識を失った後、現実世界に戻ってきた時には髪は元に戻っていたけど……。


「ユーリちゃんが起きたら洗浄魔術を施術した上で主様の御髪を編ませていただいてもよろしいでしょうか?」

「いいよ」

「ありがとうございます。……あの、これは過ぎた願いなのかもしれませんが、毎朝、せめてこの部屋に滞在させて頂いている間は主様の御髪を編ませていただいてもよろしいでしょうか?」

「クラリスさんが面倒でなければ大丈夫だよ」

「……ありがとうございます、チエ様」


 もしかして人の髪を編むことに特別な意味でもあるのだろうか?

 ……別にいいか。

 クラリスさんが単純に髪の毛に触れたいだけというのもあるのかもしれないし。

 深い意味は考えないようにしておこう。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 クラリスさんが寝ている私の髪に触れてしばらくして、ユーリちゃんが身動ぎした。


「…………よく寝ましたわ、二度寝できそうにありませんわね」

「ユーリちゃんやっと起きましたね。もう室内の明かりが点いていますよ」

「だってまだわたくしの肉体は4歳ですもの。睡眠は大事ですわ」

「まだ4歳なんですよね……。魔力の気配は大人くらいはありますが、これからが怖いですね」

「アキュルロッテを超えてやりますわ! ……でもその後にはフユミーさんがいますので」

「……私の魔力の気配ってどれくらいなの?」

「はっきりしている時があったり、わかりづらい時があったりしますがはっきりしている時はびっくりするぐらいの気配ですわ。主に戦闘中のときですけれども」

「主様の魔力はすごいですからね。この国の魔術士の頂点、取れそうですよ」

「……魔力の気配と魔力量って関係があるのかな?」

「漏れ出ていますから関係ありますわよ」

「そうなんだ」


 関係あるんだ。

 ……この国の魔術士の頂点、と言われてもそんなに呆気なく取れてしまうものだろうか?

 そもそも今の魔術士の頂点となっている人、一体誰なんだろう?

 それはちょっと気になるかも……。


「それじゃあユーリちゃんも起きたことですし、起きましょうか」

「も、もう起きますの?」

「わたくし、主様の御髪を編ませていただけるのです」

「それは見たいですわね。起きますわ」


 ユーリちゃんは私の体から離れた。

 これで私も体を自由に動かせる。

 まずはベッドから離れよう。


 クラリスさんに洗浄魔術を施術され、私はイスに座っている。

 そういえば、この部屋に鏡がないのはどうしてだろう?

 見た感じなかったからなにか事情があるのだろう。


「さて、主様の御髪を編んでいきましょうか! 今日は魔術士団の訓練に参加するのでしっかりまとめますよ!」

「しっかりまとめるって1つに、ですの?」

「いえ、髪の中に髪をまとめます。多少の髪は垂らしますが、基本的にまとまっていますよ」

「……わたくしにはムリですわね!」

「それではやっていきましょうか!」


 クラリスさんが私の髪を分け始めた。


「さて、終わりましたよ!」

「…………なにがどうなっていますの?」


 なにをされたか私にもわかっていない。

 とにかく髪を編まれた結果、横に多少垂らされた髪と一部の前髪以外は編み込みの中に取り込まれた。

 説明するのが難しい髪型になっていると思われる。


「とにかく髪を編めるだけ編みました。今日のわたくしは満足です」

「……編むだけでこうなる理屈はわかりませんけど、ヴィクトール様が来ますわよ」

「その前に正面からの主様を見たいです!」

「わたくしが応対しますわね」

「はい! ありがとうございます!」


 ユーリちゃんがドアの方に駆け寄って行った。

 クラリスさんは私の顔が見える正面に回り腕を組んで頷いている。


「ええ、いい出来栄えです。そのうち服も買いましょう。形だけでもいいので御令嬢風の主様も見てみたいです」

「……そういう服って着るのが大変だったり」

「するものもありますが、わたくしが着付けます! おまかせを!」

「そ、そっかー」


 着せられることは確定、なのかな?

 クラリスさんやユーリちゃんに見られる程度なら別にいいかな。


「ユーリ、そこにいるな? フユミヤもすぐ近くだな?」

「そうですけれど……、クラリス様。扉を開けてもよろしいですこと?」

「えぇ、構いません。開けてください」


 私達の部屋のドアが開く音がした。

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