第80話 おとうさん、登場
転移陣があるとされている階段を降りた先には、受付らしきボサボサの薄い水色の髪の人がいるスペースがあった。
…………なぜそこに受付が?
お金が足りなかったら今度はあの長い階段をまだ昇らないといけないわけだけれど、人の心はあるのだろうか?
「ん、全員揃った?」
「揃ったわ。それで7人で140万リーフあるかの確認、よね?」
「ん、1人20万リーフ持っていないと取り残される。故に20万リーフ持ってないとお別れ。所持金を見せ合うなりする。私、気にしない。寝たいから」
「ということで20万リーフ、あるいはそれ以上のリーフ硬貨を持っているか確認させてちょうだい。特にセラ、ヴィクトール、持っているわよね?」
受付の人の独特な話し方にツッコミはなく、所持金の確認をしにミルリーナ様はこちらにやってきた。
財布、出さないと。
「持っているわ〜。これでいいかしら?」
「100万リーフね」
「俺もこれだ」
「ヴィクトールも持っていると。他の子達は?」
「わたくしは持ってます!」
「クラリスちゃんは20万リーフと」
「わたくしもあります」
「コルドリウスくんは100万リーフと」
「わたくしはこちらですわ!」
「ユ、ユーリちゃんは1000万リーフね。わかったからしまってね」
「じゃあ私は……」
「……い、1億リーフ。そんな気軽に出すべきではないわよ、1億なんて……。ま、まあ、全員20万リーフ以上持っていることはわかったから行きましょうか」
「……ミルリーナ様、お金ってどうなるんですか?」
「転移陣を通ったら吸われるわよ?」
「……そ、そんな機能が」
その技術、悪用したらすごいことになってしまうのでは?
そんなツッコミはさておき、転移陣の方へ向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
転移陣、確かに魔法陣のような模様がうっすら白く描かれている。
30人くらいは余裕で入れそうなスペースだ。
…………転移ってどんな感覚なんだろう?
気づいたら別の場所でした、だったらいいけど……。
「さて、みんな覚悟は固まっているわね?」
「覚悟……?」
「転移したらわかる。転移負荷の感覚がな……」
……そういうのあるんだ。
気持ち悪くなったり頭痛くなったりするのかな……?
「とりあえずフユミヤは俺の
そう言いながらヴィクトールが私の体を引き寄せる。
……側で支えないといけないほどのなにが起こるのだろうか?
それって移動手段として大丈夫なの……?
「さあ全員手を転移陣に! 触れたのを確認次第、私が魔力を流すわ!」
言われるまま、手を転移陣に触れる。
「アレが来ますわよ」
「……アレ?」
アレとはなにか聞きたかったけど、体全体が吸い込まれるような感覚がして、叫ぶ間もなく地面に吸い込まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……なに、この目を閉じている間に見えるカラフルな残像を明るくしたかのような世界は?
この空間は全身を動かすことも、声を出すことも叶わない、なにもできない空間のようだ。
ただできるのは思考のみと言った具合で、後どれだけ続くのかもわからない。
……事故とかあって一生ここから出られないとかはないのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あ、吐き出される。
そう思った瞬間、視界は元通りの世界に戻った。
元通りと言っても今は転移陣が描かれている地面しか見えていないからそう錯覚しているだけなのかもしれないけれど……。
「あれ、立てない?」
体を起こして立ち上がろうとしてふらつく。
同時に疲れのようなものが襲ってくる。
こ、これが転移負荷……。
姿勢だけでも寝たい。
体の負担がかかる姿勢をやめたい。
諦めてアザラシのごとくうつ伏せになろう。
「フ、フユミヤ? 大丈夫か?」
「今すぐ
「数十分、耐えてくれ。そうしたら元通りだ」
「
「あったら受付のヒトが言ってくれるさ。今は耐えてくれ」
「う、う〜ん……」
地面が硬い……。
転がれば動けるかな……?
……ところでヴィクトール以外の人達って?
……いる。
みんな転移負荷で苦しんでいるみたいで頭を抱えていたり、ぐったりしていたりする。
ミルリーナ様も苦しむんだこれ……。
「ヴィクトール、転移陣がこうやって人が苦しむのに移動手段として使われているかはわかる?」
「早く楽して安全に街に行けるからだな。普通だったら王都から30日かかるような場所でもこうして転移陣に乗れば1日で行けてしまう。だから使われているんだ」
「そっか……」
電車より新幹線、新幹線より飛行機みたいなものか。
……この世界って馬車とかないのかな?
でも、厄災の獣ばかりで動物を一切見かけてないから存在しなさそうだ。
空を飛ぶのは風の魔力が得意な人でないとそもそも無理だろうし、移動手段は基本徒歩しかないのだろうか。
「動けるようになるまでまだ時間はかかるからな。耐えてくれよ」
「……うん」
「……ず、ズルいです。わたくしも主様の側にいれば触れましたのに」
「クラリス、今更遅い上に近衛騎士がみだりに主君に触れるものではないぞ」
「……この感覚、慣れませんわ」
「慣れてしまえば少しは軽くなるのよ? といってもあまり体は慣れてくれないのよね〜。お母様も慣れない方でしょう?」
「そうなのよね……。効果が切れるまで待ちましょうか」
これ、もし転移陣の先に敵とかいたらぐったりしている間に殺すこともできるよね。
……転移陣、使い方を考えたらだいぶ危ないかも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よし、私は転移負荷が抜けたわよ! みんなは大丈夫かしら?」
「俺とセラとコルドリウスは完全に抜けていそうだが……」
「わたくし達はダメですわ〜。特にフユミーさん、まだダメそうですの?」
「起き上がろうとすればできるかもしれない……。あまりやりたくないけど、転がって移動しようかな……?」
体の
クラリス様も辛うじてだけど立ち上がれてはいるし、私も立ち上がるべきだけど、倒れそうなんだよね……。
「人としての尊厳を捨てないでくださいまし! こうなったらヴィクトール様! フユミーさんを抱えて移動ですわ!」
「もちろんそうするつもりだ。フユミヤは転移陣が初めてだからな。こうなるのも仕方ないだろう」
ヴィクトールはいつもの肩にぶら下げるような抱え方ではなく、丁重なお姫様抱っこで私を抱えた。
……あの肩の装飾品が刺さるような抱え方ではないんだ。
意外だな。
「17歳まで転移陣を使わずに生活するなんて相当変わっているわね……」
「母上、フユミヤは特殊な出自なのです」
「特殊な出自? ……その変わった魔力の気配なのだから相当変わっていそうなのはわかるわよ? ヴィクトール、詳しいことは後で説明してくれるわよね?」
「もちろんです」
私が異世界から来た、ということの方を共有するのかな?
……今更記憶喪失なんて言うはずはないよね?
「うぅ……、わたくしも主様を抱えたかった。もう少し転移経験があればこんな負荷、なんともありませんのに……」
「クラリス様、そういうのはヴィクトール様がいない時にこっそりやればいいのですわ」
「それもそうですね!」
「お前達、聞こえているぞ。……全く」
「今は、地上に上がりましょうか。上がっているうちにフユミヤちゃんの転移負荷も抜けるでしょう」
「そうね〜、みんなゆっくり行きましょう」
全員、転移陣から離れ、地上を目指して長い階段を上り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この長い階段、フセルック領の祠の石の階段より長いような……?
私の中にあった転移負荷というものも抜けてきたからそろそろ降りれそうだけど、降りようとしたらヴィクトールに止められる。
「フユミヤ、地上に出たら降ろすから我慢してくれよな」
「私、歩けるけど……」
「まだ転移負荷が抜けていないことも十分考えられる。ここは素直に俺に抱えられとけ」
「ヴィクトール様はフユミーさんに触れていたいだけでしょう! わたくしとクラリスさんの転移負荷も抜けていますから皆様、速度を上げても構いませんわよ〜!」
「なら降りてもいいんじゃ……?」
「ダメだ」
「フユミヤちゃん、ここは我慢よ。こうなったらどうしようもないの。地上でやられないだけマシだと思いなさい」
「わ、わかりました……」
大人しく抱えられたままでいることにした。
動けるんだけどな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
階段を上った先には受付の人がいた。
まだ地上ではないようだ。
…………地下の空間、長くない?
「どもっす〜。ご利用ありやとごぜ〜やした〜」
随分適当なチョコレート色の髪の男の人に挨拶されて、私達は上り階段を目指している、はず。
……この階層、と思われる場所には受付らしき場所が沢山ある。
というよりも広すぎてそれらがあるということしかわからない。
石でできた空間が広がっているだけだ。
もしかしてここから色々な場所へ転移できるのだろうか?
「ここ、迷いやすいのよね……。地上につながる大階段は……、あの方角ね」
一応階層は上がったし、そろそろ降りてもいいんじゃないかな?
……ダメか。
「フユミヤ。まだ地上じゃないからな」
「ダメなの?」
「ダメだ」
「…………」
ユーリちゃんやセラ様に目を向けたが2人は首を横に振る。
ダメか〜。
「ユーリとセラの方を向くな。階段上るから驚かないでくれよ」
なら降ろしてくれてもいいのでは?
というのもムダなのだろう。
なんか頑固になっているな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
長い長い大階段を上っていると光が見えて来た。
そろそろ地上だろう。
「……まだ、地上じゃないからな?」
「でももうすぐだよ? 降りていいんじゃ?」
「まだだ」
「……地上に出たら降ろしてくれるよね?」
「…………もちろんだ」
「ならいいや」
もうこっちが折れるしかない。
……治療魔術は、意味なさそう。
「……恋の病は治療魔術じゃどうしようもないのよね〜。学園時代、研究していた子がいたけれど、どうしようもなかったのよ〜」
「出会って十数日も経っていないのに恋なんてするものなの?」
「あるじゃない、一目惚れが」
「……それっていつかは冷めるよね?」
「そんなことないからな。そんなこと言い続けるなら王都の人々にこの状態を見せつけるぞ」
「…………」
ここは黙っておこう。
本物婚約に見えるための多少の演技は入っているだろうけど、なんか演技のようには見えなくて大丈夫かと心配してしまう。
私、この世界で持っている力が特別なだけで実際はなにもできなかった人だよ?
「……フユミーさん黙ってしまいましたわ」
「フユミヤ、もうすぐ地上だから降りれるわよ~」
「……いるわね。ヴェルドリスくん」
「父上、いるんですか?」
「仕事どころじゃないと言って部下に仕事を投げつけて来たのでしょうね……。仕方のない人なんだから……」
どうやらヴィクトールやセラ様のおとうさん、ミルリーナ様の夫に当たる人、さらにはこの国の国王の父親に当たる人、ヴェルドリス様が近くにいるようだ。
……なら私、降りた方がいいんじゃ?
ろくでもないことになりそうなので地上に着いたらすぐに降りよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地上にヴィクトールの両足が触れたことを確認して降りようとする。
「ヴィクトール、もう地上」
「……わかった。降ろすから降りようとしないでくれ」
「ミルリーナ!! 帰ってきたんだな!!」
……ヴィクトールと身長が同じくらいの、立派な服を着た銀髪の人がミルリーナ様に抱き着いた。
ヴィクトールは降ろしてくれない。
早く降ろして……。
「ヴェルドリス王国騎士団総長? お仕事はどうされましたか?」
「いつも通り部下に投げてきた! いい経験になるからな!」
「いい経験になるからといって無断で部下に仕事を投げるのは良くないのではないでしょうか? 部下も困っているのではなくて?」
「いや、ミルリーナが不在だとわかると察して送り出してくれるんだ! 流石に結婚してもう19年だからな! 部下もわかってくれているさ!」
「……フユミヤちゃん、この人のコレ、治療魔術でなんとかできないかしら?」
「……治療魔術で恋の病は治せないのではないでしょうか?」
「試しに、で良いのよ。ヴィクトールも早く降ろしてあげなさい」
「……わかりました」
やっとヴィクトールから降りられた……。
距離が距離なので杖の小型化を解いて杖で治療魔術を使おうとする。
「……ありますね。ヴィクトールと同じ違和感が」
「なら、治してちょうだい。少しはこの人もまともになるかしら?」
「俺はおかしくなんてない! ミルリーナと会ってから半生以上はずっとこうだ!」
「それがおかしいのよ。……フユミヤちゃん、お願い!」
「わかりました」
ヴェルドリス様にある違和感を治療魔術で消した。
…………どうだろう?
「…………ミルリーナ、すまなかった」
「どう? 少しは落ち着いた?」
「……落ち着きはした、が! 君を愛する心は全然残っている! 愛しているぞ!! ミルリーナ!!!」
「ここ、街の中心なんだけど!?」
街を見渡すと……、確かに中心と言えるくらい賑わっていた。
出店はあるし、通行人が私達の方を見ていたり、茶化すように口笛を吹いている。
……そんなところで私がヴィクトールに抱えられて出てきたのも見られているよね。
…………。
「で、そんな俺に治療魔術をかけた変わった瞳のお嬢さんは誰なんだい?」
「父上、彼女は俺の婚約者のフユミヤです」
「……戻ってきたのかヴィクトール。……今なんて?」
「彼女は俺の婚約者のフユミヤと言いました」
「こ、婚約者!? ついにお前もか!」
…………ヴェルドリス様はヴィクトールに婚約者ができたことを喜んでいるようだ。
……あの、一応偽装婚約なんですけど、ヴィクトール、本物にしようとしてない?
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