第79話 王城行き、決まる。
ミルリーナ王国魔術士団総長と呼ばれたヴィクトールとセラ様のお母さんがこの部屋に入ってきた。
……金髪で赤い目をしたセラ様に似ている女性だ。
身長も同じくらいで雰囲気は柔らかいけど、セラ様程ではない。
立場というものがそうさせているのだろうか?
「……やーっと見つけたわよ。何週間も姿をくらましてなにをしていたのかしら?」
「……そ、それはですね」
「封印されし大厄災の獣を倒そうとしてたのよ、お母様。……それが当初の旅の目的だったのだけれど〜」
うろたえるヴィクトールに対して堂々と話すセラ様。
……ヴィクトール、おかあさんには頭が上がらない人なのだろうか?
「“俺とフユミヤは婚約している。どんな時でも共にいるつもりだ。”だっけ?いつの間にか旅の目的から
「そうよ〜、お母様。お兄様が無理やり頷かせた婚約なのだけれど……」
「……そういうところ、ヴェルドリスくんと似ちゃったのね。で、フユミヤちゃん、今なら断れるわよ。婚約」
「フ、フユミヤ……!」
……今なら断れると言われても多分他の婚約が用意されるだけだと思うし、1度は頷いてしまった以上はヴィクトールが飽きるまでは続けておこうとは思う、……一応これ偽装婚約のはずなんだけど。
なんだか本物婚約に近づいていっているような気がするのは気のせいだろうか?
「……断れなかった私が悪いのでヴィクトールが他の人と生涯を共にしたいと言わない限り、この婚約は続けようかと思います」
「……本当にいいのね? ……重いわよ、王家のヒトは」
「例外はあると思いますが……」
「ない、そんな例外ないからな!」
ヴィクトールは否定しているけど、たくさんの
そこまでとは言わなくても他の女性を選びたいと思う可能性は十分あるだろう。
……大体私達、まだ出会って十数日だし、それなのに揺るがない恋愛感情が形成されるものなのだろうか?
「…………ヴィクトール、無理やり頷かせただけで脈が一切ないじゃない。それでいいの?」
「そうしないと他のやつらと婚約してしまう。せめて婚約だけでも取り付けないとどうにかなりそうだったんだ」
「……フユミヤちゃんのその変わった魔力が婚約の争点ってことかしら? ……フユミヤちゃんっていくつなの?」
「17歳です」
「17歳となると平民でも身を固めて問題ない年頃ね……。
「一切いません」
密な人間関係は面倒くさかったこともあって築くことも、築きに行くこともしなかった。
自分に恋人ができるなんてことは一切視野に入れなかったからこの状況も正直面倒ではある。
子を残すことが強制されているような状況でなければ私は偽装婚約でさえ断っていただろう。
……光の魔力さえなければ、私は自由だったんだろうな。
「……もしかして独身で生きていくつもりだった?」
「そうですね」
「……私もそうだったのよね。ヴェルドリスくんに押し切られなければもう少し自由でいられたのに、押し切られてそのまま結婚しちゃったわ。後悔はしていないけれどね」
「とお母様は言ってはいるけど、お父様と結婚してから1年は自由に魔術士団で働いていたのよね〜」
「それは条件に組み込んだ上でヴェルドリスくんに頷かせたもの。フユミヤちゃんもなにか条件くらいは付けたらどう?」
「と言われましても……」
……そもそもこの婚約を結婚にするには兄のウォルスロム国王陛下の許可がないとできないから、結婚できない可能性がある以上、条件は付けなくて良いのでは?
「思いつかなくても1年は自由に動けるようにしてほしいとか、そんな条件付けたっていいのよ?」
「……でもこの婚約を結婚にするにはウォルスロム国王陛下の許可が必要、ですよね? そもそも結婚が成り立たない可能性があるのではないのでしょうか?」
「……それはそうだけど、もしウォルスロムが許可を出したらどうするの?」
「子どもを残すことを期待されている立場なので、大人しく従うしか……」
万が一そうなってしまったら受け入れるしかないだろう。
現状、私にしか光の魔力を持つ子どもを産む可能性はないだろうし……。
「ちょっと誰!? そんなことフユミヤちゃんに言ったの!? ヴィクトール、言ってないわよね!?」
「母上、俺は言っていません! 血筋を残せと言ったのはフセルック侯爵家のヒト達です!」
「ルドルーグくん!!? 貴方そんなことを自分の子どもと同じくらいのヒトに強いているの!?」
「ですが、光の乙女の血筋の確保は重要なのです。大厄災の獣に抗う力が必要ということはミルリーナ王国魔術士団総長も理解しておりますでしょう?」
「……その力があるの? こんな小さい子に?」
「フユミヤは大厄災の獣を倒せる魔力があるのです。その魔力をフセルック家が求めていますが、俺が急いで婚約を取り付けました」
「……それはなんとしてでも血筋を残すべきだとは思うけど、……フユミヤちゃん、ヴィクトールと出会ってからどれくらい?」
……やっぱり大厄災の獣と戦える力って大事なんだ。
しないといけないんだろうな、妊娠。
「十数日です」
「…………ヴィクトール、ウォルスロムが結婚の許可を出しても出さなくても1年くらい自由は与えなさい。そもそもこれ、婚約に頷いてくれただけで感謝するべきよ」
「わかっています、母上。俺もそのつもりですから」
約1年、となると大体500日の自由時間が与えられるけど、なにをしたらいいんだろう?
「……ヴィクトールの婚約についてはここまでにしておいて、ヴィクトール、セラ。1度王城に戻りなさい。暇を持て余して飛び出したのはわかるけど、ヴェルドリスくんが頭を抱えていたわよ」
「……フユミヤを婚約相手として連れて行かせてくれ」
「それはわかったから。それと、そこのアキュルロッテにそっくりな子はアキュルロッテではないのよね?」
「わたくし、ユーリと申しますわ。アキュルロッテには一時期お世話になりましたが、今はなんの関係もありませんのよ! 母親は平民ですわ!」
「……そうなの? あまりにもアキュルロッテと似過ぎているけど、ウォルスロムに見せてみようかしら。あの子もいい加減諦めさせないと。ユーリちゃん、王城まで来てくれるかしら?」
「構いませんわ!」
ユーリちゃんも王城に連れて行くようだ。
……ユーリちゃん、アキュルロッテとだいぶ姿が似ているんだよね?
婚約者のウォルスロム陛下、大丈夫なのかな……?
場合によっては隠し子と誤解する可能性があるけれど、良いのだろうか?
でも、母親のミルリーナ様が言うのなら大丈夫なのかな?
……ウォルスロム陛下、どういう方なんだろう?
暴君みたいな人でないことを信じたいけど……。
「あ、あの〜、わたくし、フユミヤ様の近衛騎士、クラリス=クーデリア=ゴルディアンと言いますが、フユミヤ様と共に王城に付き添わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ゴルディアンって、まさか、1度付きまとわれたら主になると頷くまで追いかけてくると評判のゴルディアン子爵家の……?」
……あれ?
クラリスさんとコルドリウスさんって貴族、だったの?
……騎士って平民寄りだと思っていたからさん付けで呼んでいたけど、間違えてた。
……呼び方を修正しておこう。
この中で身分が1番低いの、私だし。
ヴィクトールと本当に結婚してしまうと身分は変わるけど、今のところは変えないと。
「はい、そうです! ちなみに兄はヴィクトール王弟殿下の近衛騎士志望です!」
「……あなたがたまにヴィクトールが話に出していたコルドリウスくん?」
「は、はいそうです。ミルリーナ王国魔術士団総長。ヴィクトール様の母君である貴女様に出会えて光栄です」
「……ヴィクトールはコルドリウスくんを近衛騎士にしていないの?」
「俺は近衛騎士を必要としていませんが……」
「せっかくだし近衛騎士にしちゃいなさい。フユミヤちゃんの近衛騎士の兄なら近衛騎士同士の連携も取れるでしょう。フユミヤちゃんを守る騎士は多いことに越したことはないんだから」
「…………それはそうだが」
「いくら前王の子が多いとはいえ、公務を行うことだって今後は考えられるんだから。ヴィクトール、あなたはこの国の王の弟であること、忘れないでね。逃げれば自由、なんてことはありえないわよ」
逃げれば自由、なんてことはありえないか……。
実際、今の状況は自由とは程遠い状態だ。
もし、地球の人生から逃げなかったら私は今頃どうなっていたのだろうか?
そう思ったところで全部もう遅いけど……。
「……わかりました。…………コルドリウス、お前は俺の近衛騎士にしてやってもいい」
「ヴィクトール王弟殿下、本当ですか!?」
「ただし、俺とフユミヤの婚約関係が続いているか、夫婦として認められている関係になっている間に限りで、だな。それならお前を俺の近衛騎士にしてやれる。どうする?」
「ええ、構いませんとも!」
「お前が長く俺の近衛騎士であり続けたいのならやるべきことはわかっているな?」
「はい、フユミヤ様をお守りし、ヴィクトール王弟殿下の傍から離さないこと、ですね!」
「そういうことだ。今度はフユミヤがアキュルロッテにさらわれても追うんだ。いいな?」
「はい!」
コルドリウス様は呆気なくヴィクトールの近衛騎士に成れてしまった。
……ヴィクトールと私の婚約関係か夫婦としての関係になっている限りということは、あの必死さからするとなんとしてもヴィクトールと私が離れないようにしてくるのかもしれない。
……偽装婚約のはずなのに本物婚約に近づいていっているような?
いや、本物婚約をしたところで結婚できない可能性はある。
細い可能性だけど、信じないと。
「いくらフユミヤちゃんを守らせるためとはいえ、その条件にする気なの……?」
「フユミヤを守るための条件です。俺自身には近衛騎士が不要ですが、フユミヤの守りを固めるためにそうしただけです。王族となると近衛騎士は同性同士でなければなりませんので。」
「……フユミヤちゃんの婚約を確かなものにしたいというのはわかったけれど、この婚約を正式な物にするには私かヴェルドリスくんかウォルスロムの許可が必要なの、わかっているわよね?」
「わかっています。……どうしたらフユミヤとの婚約を認めていただけるのでしょうか?」
「まずは王城に帰りなさい。婚約に関してはその後よ」
「……わかりました」
「ヴィクトールとセラとフユミヤちゃんとユーリちゃん、クラリスちゃんとコルドリウスくんは王城に私が連れて行くけれど、ルドルーグくん構わないわよね?」
「……ええ、構いません」
「ならいいわ。世話になったわね。それじゃあ、私達はここでお
もう出るんだ。
……ここから王城までどのくらいの距離があるのだろうか。
相当長い旅路になりそうな気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フセルック侯爵家の屋敷から出て、街と言ってもいいほど華やかな場所に出た。
ところどころからプリンのカラメルのような匂いがしている。
お菓子作りが盛んなのだろうか?
「……さて、街の転移陣で王都ル・フェルグランへ向かうわよ!」
「転移陣……」
名前だけは聞いたことがあるような気はするが、詳しいことはなにも知らない。
一瞬で目的地に着くのだろうか?
「フユミヤは乗ったことがなかったな。アレは乗った後キツいが、便利な移動手段だ。王都行きは金がかかるが問題ないだろう。最悪、俺の財布から出す」
「私は十分あるから大丈夫。クラリス様は大丈夫ですか?」
「わたくしはまだ蓄えがありますので大丈夫です!」
「……相場、どのくらいなんだろう?」
「1回の転移につき大体数十万リーフだ」
「た、高い!」
「そのくらい高くしないと混むからな……。後は転移陣の維持に必要という話だ」
「……じゃあ、普通の人は転移陣を使えないのかな?」
「使えても厄災狩りくらいだな」
「……そうなんだ」
じゃあ、厄災狩りって相当
「ヴィクトール、フユミヤちゃん! 話はここまでにして、転移陣に乗るわよ!」
「……もうなの? すごい近い場所にある……」
「そういうものだ。といっても転移陣はだいぶ地下にあるから気をつけていこうな」
「わかった」
私達は転移陣のある石造りの祠に足を踏み入れた。
祠のような場所の中には地下へ下る階段しかない。
……これを降りないと転移陣まで辿り着けないということか。
つ、疲れそう……。
「フユミヤ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
とりあえず降りていけばいいんだよね。
手すりがないけど、大丈夫なのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
壁を手すり代わりにしてなんとか階段を降りていく。
途中、ヴィクトールに抱えられそうになったが、断った。
抱えられても落ちる恐怖があることには変わらないし……。
「主様、大丈夫です?」
「大丈夫。あとどれくらい?」
「後もう少しです。頑張りましょう主様!」
「……フユミーさん、高いところ苦手なんですの?」
「落下しそうな場所は苦手かな………」
だって仕切られていそうな場所に手すりがないのはさすがに怖いよ……。
足滑らせて落ちたら痛そうだし……。
ビビりながら私は階段を下っていった。
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