第78話 突撃、おかあさん

 空の旅は爆速で終わってしまった。

 大した会話もなく、空から見る地上の景色を楽しむ暇もなく、私達はフセルック侯爵家の屋敷へ着いてしまった。

 現在地はフセルック家の屋敷の中庭だ。


「うん、当主は気づいたね。すぐに来るよ」


 窓の方を見てモルフィードさんは言った。

 ……今更だけどこの入り方、不法侵入なような気もしなくもないけれど問題ないのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 しばらく待っているとモルフィードさんが言っていた当主らしき人、フセルック侯爵が駆け足で現れた。

 髪色がフセルック家の男の子の方、ルルエルド様と同じ深緑色の髪の毛をしているからおそらく親子の父親の方という認識で間違いないと思う。

 フセルック侯爵らしき人は私達の中に探し人がいるのか視線をさまよわせているが、私と目が合った。

 ……光の乙女がどうとかというものだろうか。


「大賢者様、ご無事でなによりです。そしてこの者が……」

「光の乙女だ。今回のね。彼女が解かれてはならない封印の大厄災の獣を倒した。前回の光の乙女と性質は違うけど、大厄災の獣に有効な力を持っているのは確かだ」

「……そうなればかつてと同じように大厄災の獣を倒しに回る旅に?」

「いや、その前に血筋の確保だ。前回は重要性に気づかなかったから失敗した以上、血筋の確保は必須と言っているだろう?」

「……となるとまずはやはり婚約ですか。……その指輪は」

「俺とフユミヤは非公認だが婚約済みだ。渡すつもりはないからな」

「……ヴィクトール王弟殿下が婚約をされたと。……しかしウォルスロム陛下が結婚をお許しになると?」

「それに関しては俺は知らん。俺はただ、フユミヤと共に在りたいから婚約を願った。フユミヤはそれに頷いてくれた以上、婚約はほぼ決まったことだ。後は母上か父上に婚約の許しを得れば正式なものになるだけだ。諦めろ」


 …………フセルック家の人には本物の婚約だと認識させるためのアピールをしないといけないからここは真剣に言わないといけないんだよね。

 ……この国の王様でヴィクトールのお兄さんのウォルスロム陛下が許可しない限りは結婚できないからそこは大丈夫なはず。

 ……ウォルスロム陛下はルプア、もといアキュルロッテの婚約者としか知らないけど、わたしとヴィクトールが結婚までには至らないとは信じたい。

 でも、ヴィクトールの婚約者として長い間そこにいるのって問題なのでは?


「……ヴィクトール王弟殿下、フセルック侯爵家の養子になっていただけませんか? 光の乙女の血筋はこの国において必要なのです。ここは一刻も早く御結婚を」

「断る。俺とフユミヤは出逢ってからまだ十数日も経っていない。俺が無理やり頷かせた婚約だというのにいきなり血筋を残せなどと随分惨いことを言ってくれる」

「……ですが、悠長なことは言っていられません。今回は偶然100年して光の乙女が現れましたが次は現れるかどうかもわからないのです。我々フセルック侯爵家もいつまで大厄災の獣を封印できるかわかりません」

「それは光の乙女の血筋を残した場合でも同じじゃないか? 確実に光の魔力を持った子が生まれる保証はない。今やるべきことは封印されし大厄災の獣の数を減らすことではないか? 光の乙女の血筋を残すのはその後でもいいのではないか?」

「……ですが、前回の光の乙女は2年でこの世界で力を振るえなくなりました」

「僕の失態がなければね。あの時はレイヴァンとシルフェリアが結ばれることが正しいと思っていたんだ。……貴族ということが重要視されていた時代というのもあってね。そして結果的に僕の言葉のせいでサクラをなくした。話そうとすれば話せるけど、ヒトならざるモノにしたのは僕だ」


 あの木にいたサクラは軽い調子で言っていたけれど、モルフィードさんの話し方はずいぶん重い。

 サクラが勇者王レイヴァンと結ばれていれば現状は変わるのだろうか?

 ……そんなことが起きていたらヴィクトールもセラ様もここにはいないか。

 もしかすると私もいなかったのかも。

 その未来の私はヌンエントプスの森林で普通にクマモドキに殺されていそうだ。

 それも悪くなかったのかもしれないけどね。

 ……そんなことより私は今こうなっている現状を受け止めないとだ。


「……サクラがヒトならざるモノになってから封印されし大厄災の獣を倒すのには光の魔力がなければならないことを痛感させられてね。だから僕はフセルック家のヒト達に言っているんだ。光の乙女を見つけたらなんとかして血筋を残させろ、ってね」

「……だったら歴史に光の乙女の存在を残せばよかったのではないか?」

「それはできなかったんだよ。サクラが消えてからすぐにレイヴァンの中のサクラの記憶を封印しないといけないことがあったからね。結果的にサクラの存在は禁句になった。そしてフセルック家以外でサクラの、光の乙女の記録は存在しない」

「……騎士ワーフォスはその血をのこさず、聖女シルフェリアは勇者王レイヴァンと婚姻したからか。だからといって今に負債を押し付けるのか?」

「次なる光の乙女が現れた以上、今しかないだろう。」


 ……こんな力を持ってこの世界に現れた以上、覚悟を固めるしかないのかな。

 ね、寝ている間に全部解決させる方法とか……、それはマズいか。

 私が覚悟を固めればいい話だけど、やっぱり嫌なものは嫌かな……。


「だが、今は魔力の真髄がある。それで大厄災の獣を何体も倒しているやつがいるんだ。光の魔力に頼らず、魔力の真髄の方法を多くのヒトに伝授し大厄災の獣を倒せるやつを増やすべきなのではないか?」

「……魔力の真髄にそんな効果が?」

「ある。デンキの魔力には劣るがな。それでもあった方が良いだろう。フユミヤ1人に全てを背負わせないためにもな。大厄災の獣に抗う方法はいくらでも確保した方がこの国の未来のためにもなるだろう?」

「……そうだが、まだ僕達の間で試していない以上、その方法に賭けるのは」

「俺が証明すればいいだろう。フユミヤの電気の魔力なしで大厄災の獣を倒せれば魔力の真髄が有効であることがわかるだろう」

「ヴィクトール、それだと時間かかるけど大丈夫なの?」


 ルプアは魔力の真髄の魔力だと時間がかかるみたいなことを言っていたけれど、大丈夫なのだろうか?

 ケガとか……。


「フユミヤは治療魔術士として付き添ってくれ。そのくらいはいいだろう?」

「ならわたくしも混ぜてくださいよ! わたくしが最初に主様から魔力の真髄を引き出してもらっていましたからね! 1人より2人で戦った方が時間もかかりにくいでしょう?」

「それなら私もフユミヤに魔力の真髄を引き出してもらうしかないわね〜。……フユミヤ、お願いできる?」

「うん、大丈夫」


 ……ヴィクトール1人で大厄災の獣を相手するのかと思っていたら、私が魔力の真髄を引き出したクラリスさん、魔力の真髄を引き出す覚悟が決まったセラ様も私なしの大厄災の獣との戦いに加わろうとしている。

 私が怪我する分には全然構わないけれど、大丈夫なのかな?


「…………そこまで準備と覚悟ができているのなら大厄災の獣と戦ってみるというのは十分ありだね。それは後ほど試すとして当主、一度僕達をどこかの部屋に入れてくれないか? 大厄災の獣との戦い方について話したい」

「構いません。私にもいくつかお話させていただきたいことがありますので……」

「じゃあ行こう。この人数だ。広めの部屋がいいかな」

「かしこまりました。用意させます」


 私達は侯爵の後を着いていく形でフセルック侯爵家の屋敷の中に入ることとなった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……屋敷ってやっぱりすごいな。

 ところどころに豪華な調度品のようなものがある。

 額縁に収められている絵もあるし、イイところのおうちというのは確かなのだろう。

 そしてなによりも全体的に、広い!

 貴族の屋敷ってやはり現代日本の建築とは全く雰囲気が異なると思うので、じっくりと観察したいところだけど、今はそんなところじゃないね。

 複雑な屋敷の中をすいすい歩くフセルック侯爵の後を追いている部屋に着いた。

 ……隣の部屋では2人くらいの女性の話し声が聞こえているけど、防音性能の方はどうなっているんだろう?


「……この魔力の気配、まさか」

「ヴィクトール? どうしたの?」

「いや、よく知っている気配がしたから気になっただけだ。……あちらも俺達のことを把握しているだろう」

「よく知っている? 家族とか?」

「……そうだ。今はモルフィードとフセルック侯爵の話を聞こう」

「うん」


 ……どうやらヴィクトールの家族が来ているようだ。

 もしかしておかあさん?

 後々わかるかな?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 案内された部屋は会議室のような部屋だった。

 私達は楕円の机を囲うイスを適当に選んで座る。

 私の左隣はヴィクトールで右隣はクラリスさんだ。


「さて当主、話とは一体なんなんだい? それを話してもらおうか」

「そうですね。まずは……、昨日から、セルクシア公爵令嬢、アキュルロッテ=ユグドラシア=セルクシア様が各地の封印されし大厄災の獣の封印を解き、大厄災の獣を倒しています」


 ルプア、大厄災の獣を倒すの再開したんだ。

 ……なにがあったんだろう?


「……アキュルロッテ、それが今、魔力の真髄で大厄災の獣を倒している物の名か?」

「そうだ。彼女は9歳の頃から魔力の真髄を会得し、それで大厄災の獣を倒していた。行方をくらませる14歳になるまでは。……その4年後の今はどういうわけか再開しているがな。」

「……そんな存在がいるなんて実に規格外だね。……彼女の血筋は残せないのかい?」

「俺の兄上、現王の3歳の頃からの婚約者だ。元々学園卒業と同時に結婚する予定だったが……」

「行方をくらませたと。……レイヴァンの血筋って恋愛下手な傾向にあるよね」

「……そんなに下手か?」

「キミ達だけでも相当じゃないか? 現王は婚約者に逃げられ、キミは光の乙女に無理やり婚約を承諾させた。もう少し上手く立ち回ろうとは思わないのかい?」

「上手く立ち回ろうとしたら時間がかかるじゃないか……。その前に奪われたらどうする。しかも今回はフユミヤは短期間で婚約を成さねばならなかった。だから俺が一番最初に婚約を申し込んだんだ」

「……僕達が光の乙女の血筋を残せと言ったから結果的にこんなことになったと?」

「そうだ。本当だったら俺の一方的な想いを押し付けるわけにはいかなかったんだがな。結果的に俺との婚約を受けてくれてよかったよ」


 ……一応偽装婚約の名目でこの婚約を受け入れたはずではあるんだけど、どこか風向きがおかしい。

 いやでも、結婚まではいかないはず。

 この国の王でヴィクトールの兄のウォルスロム陛下の許可がなければ私達は結婚できないはず。

 それに期待しよう。


「……セルクシア公爵令嬢ですが、古代魔術を実現させようとしています」

「古代魔術って一体なんだい? 僕はそんなものの名前を聞いた覚えはないぞ」

「大賢者様は学生の時に古き大厄災の獣との戦いの旅に出られましたからね。知らなくてもしょうがないかと思います。古代魔術に関しては古代文字について深く知らない限りは触れられませんから」

「…………で、その古代魔術のなにが良くないんだい?」

「古代魔術によってはこの国の全てさえ壊しかねないような魔術の記載があります。セルクシア公爵令嬢がそれを実現させる可能性も考えられなくはないでしょう。今のあの方はなにがしたいのか私にもわかりませんから」

「……下手すれば大厄災の獣より厄介という認識で間違いないかい」

「はい、そうです」

「……それは、とんでもないね」


 …………な、なにも考えずにルプアに闇の魔力を渡してしまったけど、そんなことが起こる可能性があるだなんて聞いていない。

 ルプア、この世界壊さないよね?


「ですが、今、古代魔術に必要な闇の魔力を保有する光の乙女はセルクシア公爵令嬢から引き離せました。それだけでも良しとしましょう。……フユミヤ様、セルクシア公爵令嬢にはお気をつけてください」

「わ、わかりました……」


 ……ルプアはただ、古代魔術を使いたいと言っていたけどどういう古代魔術を使いたいかは聞いていなかった。

 私、絶対マズいことを仕出かしている。

 なんの考えなしに闇の魔力を渡したの、まずかったのでは……?


「今度はアキュルロッテに渡さないさ。俺が目を離さなければいいからな」

「……どんな時でも共にいるつもりですの? さすがにそれは厳しいのではなくって?」

「俺とフユミヤは婚約している。どんな時でも共にいるつもりだ」

「…………フユミーさん、ヴィクトール様はそう言っていますけど鬱陶しいと思いませんの?」

「……連れてかれる時は連れてかれるんじゃないかな?」


 ……この世界、トイレに行く必要もお風呂に入る必要もないからそのつもりがあれば男女がずっと一緒に行動し続けるのは可能だけど、それでも空から無理やり抱えられたらそれは無理な気がするけど。

 どうなんだろう?


「その時は俺も一緒だ。お前にしがみついてでも共にいるぞ」

「…………それはちょっと」


 空から落ちて死んじゃうんじゃないのかな……。

 ルプアがどれくらいの重さを抱えられるかはわからないけれど、私より頭1つは確実に上だとわかっている成人男性の体重って相当重いからそうしたら落ちちゃうよね?


「……お前が嫌だと言おうが俺はそうするからな」

「…………セラ様、ヴィクトール様は手遅れなんですの?」

「そうね〜」


 ヴィクトールはもう手遅れらしい。

 ……一応治療魔術で違和感がしたところは治したはずなんだけど、アレは一体なんだったんだろう?

 それともおかしな時のヴィクトールの状態をあえて演じているのかな?

 演技だとは信じたいけど……。


 ドアの外からノック音がした。

 ……知らない魔力の気配の人だ。

 誰かに用があるのかな?


「ねえ、ルドルーグくん、入っていいかしら?」

「……ミルリーナ王国魔術士団総長、構いません」

「…………母上」

「?」


 ドア越しに声をかけてきた人はヴィクトールのおかあさん、ということはセラ様のおかあさんでもある。

 …………えっと、今、会っちゃうんだ。

 ……大丈夫かな。

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