第77話 フセルック侯爵領へ帰領

 流す魔力の出力をギリギリまで上げていく。

 一体ヴィクトールはどれだけ私の魔力を受け止められるのだろう?


「……っ」

「ヴィクトール、大丈夫?」

「問題ない。……俺はこんなことをお前にやっていたのか?」

「それはもう時効だよ。それよりこの様子だとそろそろ……」

「……ぅぐっ!? しまっ……」

「…………これで終わったね」


 クラリスさんの時と同じように服の袖ごと腕が裂ける魔力の反発が来たので治療魔術で速攻で治す。


「……フユミヤ悪かった。あの時お前はこんな感覚だったんだな」

「どっちみちそうしないと私は魔力の使い方をなにも理解しないままだったから謝る必要はないよ。おかげで大厄災の獣は結構楽に倒せているからそんなに困ってないし」

「だとしても相当苦しい思いをさせていたんじゃ……」

「この話は1回終わりにして、普通の魔力での攻撃を試そう。一応服は魔力壁膜の代わりって話聞いたから服の適当な場所を濡らして適切な魔力の扱い方ができるかの確認もしないと……」

「……待て、なぜその部分を使おうとしている?」

「軽く水の魔力を出すだけならこの部分濡らせば良くない?」

「…………裂けるわけではないよな?」

「それこそ水の魔力の真髄でなければ裂けないんじゃないかな?」

「……わかった。魔力の威力を抑えて確かめるでいいんだな?」

「うん」


 ヴィクトールがなににうろたえているかわからないけど、ワンピースのスカート部分のすそに攻撃するように誘導する。

 ……別に限界まで上にめくる変態行為はしていないはずなんだけどな。


「…………。これでいいか」

「普通の水の魔力も使えるね。良かった良かった」


 ヴィクトールが放った水の魔力が服に染み込んだのを確認してスカートの裾から手を離す。

 これで問題はないだろう。

 ……ルプアは封印されし大厄災の獣に手を出そうとしていたけど、それはさせない。

 普段の厄災の獣でも威力は実感できるだろうし。


「……本当にこの方法じゃないといけないのかしら?」

「セラ様? どうしかしましたか?」

「いえ、この方法だと私、フユミヤを焼いてしまうわ。そんなことしたくないのだけれど……」

「治療魔術で治るから大丈夫ですよ?」


 治療魔術が使えないのならともかく、使えるのならこうやって使わないと損だろう。

 私としては全然やってくれて構わないけど……。


「私、フユミヤに痛い思いはさせたくないわ。私は止めておこうかしら……」

「……なるほど、この方法は魔力を渡す側の魔力が多くないとできないのか」

「大賢者様……?」

「僕もフセルック家で試してみよう。ルルエルド、キミは協力してくれるかい?」

「僕でよければですが……、シェリラにもさせましょうか?」

「私ですかぁ!? 大賢者様が傷ついちゃいますよぉ!」

「魔力の真髄の魔力が僕の魔力壁膜を貫通するのかを試してみたくてね。シェリラにも頼もうか」

「そ、そんなぁ……。そんなことしようものなら侯爵がひっくり返っちゃいますよぉ!」

「なに、大厄災の獣と有効に戦える手段なんだ。会得えとくしておいて損はないだろう」

「わ、わかりましたよ……。やるだけやってみます。ルルエルド様も当然やるんですよね!」

「えぇ、やるべきだと思うので」


 モルフィードさんを中心としたフセルック侯爵家の人も魔力の真髄に辿り着くための方法を後ほど試すようだ。

 ……あれ?

 これなら……、


「私が結婚しないといけない理由、なくなる?」

「今更止めるというのは止めてくれ……」

「いや、光の乙女の血筋はなんとしてでも確保するべきだ」

「……そっか」


 ……結局私の能力を持つ血を繋ぐための結婚は必要らしい。

 これで光の魔力の子どもが生まれてこなかったらどうするんだろう?

 確実に生まれてくる保証、ないよね?


「もしかしてフユミーさん、それがなければ婚約なんてする必要なくなりますの?」

「待て待て待て、俺とフユミヤは合意の上で婚約したんだ。それをなかったことにしてもらっては困る。フ、フユミヤ……、婚約、取りやめないよな?」

「…………さすがに1度は頷いた以上、ヴィクトールからなかったことにされない限りは取りやめないよ」

「……俺から取りやめることはないからな!」

「……うん」


 今のところはそのつもりのようだけれど、そのうち飽きたらどうするんだろう?

 ……飽きるよね、きっと。


「さて、まずはフセルック領に戻ろうか。光の乙女も確保できたことだしね」

「……その前に待ってください! 兄上の魔力武器を取りに行きたいです! 確か今日渡せるはずでしたよね? 兄上は覚えています?」

「……確かに今日だが、ここで邪魔してまで取りに行くほどの物でもないと思うが」

「すぐに終わりますから取りに行ってしまいましょう! 皆様、いいですよね?」

「構わないが、キミ達2人で行ってきた方がいいんじゃないか? 9人もゾロゾロと行動していたら邪魔だろうし」

「じゃあそうしますか。……別に取りに行くだけなら兄上1人でもいいんですけどね。ルシテアさんにも別れの挨拶しに行きますか!」

「……お前というやつは、全く。朝食を食べた後に向かうつもりですが、その後、どこで合流しますか?」

「…………この辺は詳しくないからな。どこの方が良い?」

「……どこと言われましても、フセルック侯爵領から近い方が良いのではないでしょうか?」

「僕達は飛行魔術でここまで来たからそういうのは気にしていないかな。適当な森林なり丘なりを指定してくれれば飛び立てるよ」

「……飛行魔術を9人にかけるのは無理では?」


 他人にかけられる、とか全員にできるみたいなことを言っていたけど、さすがに無理なのでは?


「僕は全員に飛行魔術が使えるんだ」

「全員に……」


 全員に飛行魔術が使えるというのはすごいが、一体どういう仕組みで全員にかけられるのだろう?

 ……あれ、仕組みによってもしかして逃げられる?

 少し試してみようかな……。


「フユミヤ、全員に使えると言ってもはねを自由に動かせるわけではないからな」

「……そっか」


 逃げるの、やっぱり無理か。

 そういうものだよね。


「というわけで町の外を指定してくれ。森は飛び立ちにくいだろうから、なるべく広々とした場所がいいな」

「ならアーデルダルド湖畔でどうでしょう?」

「湖畔か……。あの大厄災の獣を封印した場所だね。行き先はキミ達以外で知っているヒトは?」

「わたくし、うろ覚えですが覚えていますわ! フユミーさんも覚えていますよね?」

「うん」

「なら問題なさそうだね。それじゃあ、朝食を食べに行こうか。ヴィクトールと光の乙女の騒ぎのせいで中々食べに行けなかったからね」


 …………そんなに騒いでいたかな?

 どちらかといえばユーリちゃんが騒いでいたような?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食のお肉を食べて、コルドリウスさんとクラリスさんとは1回別れ、アーデルダルド湖畔に辿り着いた。


「……さて、ここは厄災の獣が出る以上、ヴィクトールに魔力の真髄とやらの力と光の乙女の電気の魔力を見たいな」

「俺とフユミヤのか?」

「そう。本当に厄災の獣によく効くのかというところと光の乙女が本当に戦えるのかというところを確かめたいのさ」

「……そうか。じゃあ俺達が行こう。コルドリウスとクラリスが来たら終わりでいいか?」

「そうだね。別に厄災の獣を全滅させてもいいから自由に動いてくれていい」

「フユミヤも……、準備できているか」


 話の途中で杖の小型化を解除していたので十分準備はできている。


「それじゃあ行くか。魔力の気配もそれなりにあるからな。フユミヤ、気をつけてくれよ」

「わかった」


 なにに気をつければ良いかはわからないけれど、とりあえず距離には気をつけよう。

 自分が怪我をせずに済ませるには距離を取っておくしかない。


 魔力の気配は相変わらず湖の方からしている。

 厄災の獣は10体以上は少なくとも存在していそうだ。

 ヴィクトールを前に進ませて私はその後を追う。


「……今回は魔石優先だ。なるべく攻撃する厄災の獣は別々にしよう」

「わかった」


 じゃあこれから攻撃をしても良さそうだ。

 電気の魔力は厄災の獣によく効くから、問題ないだろう。


「えい」


 溜めておいた電気の魔力を放つ。

 とりあえず1番近くではない厄災の獣に当てた。


「もう攻撃したのか? あまり遠すぎる場所から攻撃するなよ。魔力がものすごく減るからな」

「わかってる。倒れるようなことはしない」


 疲れとかはまだ1回魔力で攻撃しただけなので一切感じていない。

 まだまだバリバリ攻撃できる。

 さて、ヴィクトールの水の魔力の真髄の威力は一体どうなっているんだろう?

 こちらに迫る素早そうな厄災の獣がいるし、ここは静観だ。


「……ハァッ!」


 ヴィクトールが近寄ってきたラベンダー色で人間の足が4本の半魚人もどきの厄災の獣に攻撃した。

 見事に一刀両断できている。


「……どう? 今までと違う?」

「そうだな! 剣でもだいぶ快適に戦えるぞ」

「なら良かった」

「後は全滅させる勢いで戦うか」

「そうだね」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 無事に厄災の獣は全滅した。

 溶けた遺体から魔石を集め、大きな塊にしていく。

 今はバレーボールくらいの大きさだ。

 でもこの塊にした魔力、いつかは抜けていっちゃうんだよね。

 なにかに使えたらいいけれど、なにをしたらいいんだろう?


「チエは魔石、集まったか?」

「うん、集まった」

「フセルック家に留まれそうならそこで俺用の指輪を作ろう。その魔石を使ってな」

「……指輪を作るの? 武器?」

「いや、戦闘には用いらない。……婚約の証としてだな」

「この世界にもそういうのがあるんだ」

「本当は時止めの首飾りを用意したかったんだがな。あれには制作時間が相当かかるから、ユーリが言っていたチエの世界の文化がその指の指輪だと言うからそれにしたんだ」


 時止めの首飾り、少し恐ろしい響きがするけど、それよりも。


「……ユーリちゃん、自分が転生者ということを話したんだ」

「詳しい話は聞けてないがな。だが、そのおかげでお前を助け出せたんだ」

「……ユーリちゃん、自分から言ったんだ。後で謝らないと」

「なにを謝る必要がある? チエが言うべきなのは礼の方じゃないのか」

「そう、だね」


 ……本当はあの空間から出ずに終わりを待っていたかったような未練があるけど、今の私を生かさないといけない理由がある限り留まるのは無理だったんだろうな。

 大厄災の獣も生まれるところだったし。

 そういうのは本当に1人になったら、だよね。


「光の乙女! ヴィクトール! そこで話していないで戻ってくるんだ! コルドリウスとクラリスが戻ってきたからフセルック領へ向かうぞ!」

「……戻るか。魔石は鞄にしまっておこう。空になっても使いどころはあるからな」

「うん、そうする」


 鞄の中に魔力の印をつけた魔石を放り込む。

 それからモルフィードさんの場所に2人揃って集合した。


「……さて、まずは魔力の真髄だけど、予想以上だね。前衛であっても魔術士の攻撃の威力が出せる。この場所の厄災の獣はそれなりだけど前衛で一撃というのはすごいことだよ」

「いつもよりも威力が違うのはわかってはいたが、魔術士くらいの攻撃の威力か……」

「そして光の乙女、あのデンキの魔力というのは一体なんだい? 魔力壁膜なんてないかのような動きをしていたじゃないか。恐ろしいとさえ感じたよ」

「ルプアが、アキュルロッテが言うには光の魔力の真髄って言っていたけど……」


 ……この中でルプアのことをルプアというのは私だけなので、一応アキュルロッテと言い直す。

 ……でもルプア、アキュルロッテと呼ばれるのは嫌そうにしていたけどな。


「光の魔力の真髄でそれとなると……、だからあの木も相当早く倒せた? …………不可解な点がだいぶ多いけど、まあいいだろう。やはり光の乙女の血筋は残さなければならないね」

「…………」


 結局血筋を残せ、か。

 ……その前に血筋を残すことから逃げる方法考えた方が良さそうだ。

 今のところノープランだけど。


「さて、全員揃ったし、フセルック領に向かおう。準備はできているかい?」


 全員が頷く。

 フセルック侯爵領は一体どのような場所なのかを私は一切把握していない。

 一体どんな場所なのだろうか?


「それじゃあ、全員に飛行魔術を使って……、翅、生えてないのはいる?」


 辺りの様子を見渡すと、翅の生えていない人は見受けられない。

 これなら飛べそうだね。


「よし、じゃあ飛ぶよ!」


 モルフィードさんが飛んだのに合わせて、私達の身体も上空へ上がる。

 これ、あまり喋らない方が良いかも。

 舌噛みそう。


「僕達はこのままフセルック領の屋敷まで目指す。寄り道はなしだからね!」


 ……と、突然屋敷に突撃なんていいのだろうか?

 フセルック侯爵家の人達がいるから大丈夫なのかもしれない。

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