第76話 これからに向けて
「そろそろ僕達に説明してくれてもいいんじゃないの?」
「……誰?」
知らない人の声がする。
……そういえばユーリちゃんは今9人で行動していると言っていたけど、そのうちの1人、なのかな?
「そいつは封印の大賢者モルフィードだ」
「……封印の大賢者って確か、あの手記の?」
「あの手記がなんのことを指しているか知らないけど、僕のことも知っているようで。……ところでその手記とやらは誰のだい?」
「勇者王レイヴァンの、だよね?」
「そうだな」
「はぁ!? そんなもの残っていたわけ? 王城に!?」
「私とお兄様とフユミヤとユーリしか知らないから大丈夫よ〜」
「……それは一体どこに?」
「学園図書館の地下深くにあって今はセラが持っているな。途中から未知の文字が書かれていたから古代文字の分類にされたんじゃないか?」
「……そんな無防備なところに消し忘れが」
「サクラのこと、そんなに消したかったのか?」
「消さないといけなかったんだよ。レイヴァンはサクラがいなくなった後、今の光の乙女、フユミヤが襲われた大厄災の獣の粉を吸っておかしくなってしまってね。それでサクラの記憶を封印したんだ」
…………記憶の封印も魔力でできちゃうんだ。
……全部の記憶を封印とかってできるのかな?
「なんでサクラの記憶を封印したんだ? 今回のフユミヤみたいに昏睡したわけではないのか?」
「もういないサクラに対する執着がすごくてね……。ひたすらサクラが死んだ事実を認めようとしなかった。戦闘どころじゃなくなった僕達はあの大厄災の獣の封印を選んで存在を
「それをアキュルロッテが見つけて封印を解除してしまったというわけですのね」
「そのせいで僕は目覚めたわけ。アイツの封印だけは場所を言っていないからね。結果的に完全消滅したようだし、この件に関しては解決されたけど」
「……あれ、解決したの?」
……ずいぶん呆気ない終わりではないだろうか。
光の魔力の派生である電気の魔力の性能がおかしいだけなのかな?
「アイツの気配はフユミヤの中にはもう存在しないからね。もう生まれることはないだろう」
「……解決したんだ」
「そう、解決したのさ」
「……でもサクラはあの木にいたけど」
「会ったのか。あのサクラに」
「うん、ルプア、……アキュルロッテと一緒に会ったよ。大厄災の獣と相討ちになってあの木にいるって言っていたけど」
「……そのサクラに気がついたのはレイヴァンの記憶の封印をしてしまった後だったからね。そのころにはもうなにもかも遅かったんだ。サクラは平然としていたけど」
「そのサクラが勇者王レイヴァンの子孫であるヴィクトールに会ってみたいって言ってたけど、会わせることってできるかな?」
「私も勇者王レイヴァンの子孫だけど、着いていけないかしら?」
セラ様のことはサクラに話していなかったからサクラのいる場所に連れて行っていいのかもしれない。
勇者王レイヴァンの子孫でも若い人の姿を見たがっていたし、条件には合っているはずだ。
「……まあ、サクラのことならそう言うよね。僕が許可を出すからその時は着いていくよ。あの木は封印の森、ファルクダリス森林にあるからね」
「となるとフセルック侯爵領か……」
「朝食を食べたらすぐに向かえばいいだろう。僕が全員に飛行魔術を使えばすぐだ」
「……飛行魔術って他人も飛ばせることができるの?」
「できるさ。僕ならね。……今の魔術はレイヴァンの時代よりもだいぶ劣ってそうで恐ろしいよ」
……モルフィードさんは大賢者と呼ばれているだけあって自分の魔術に自信があるようだ。
……今の魔術が本当に劣っているかはわからないけど、実際はどうなんだろう?
「それで、なんで婚約をした? 再会して1日も経たずにそうするのにはなにか理由があるのか?」
「……フユミヤを結婚させる必要があるとフセルック侯爵が言ったからだ。俺が結婚しなければルルエルドをフユミヤと婚約させると言ったから俺は慌ててフユミヤに婚約を申し込んだわけだ」
「……と言っているけど、ルルエルド、本当かい?」
「そうですね。父上はそう言っていました」
「……光の乙女の血筋はこっちに取り込ませたかったけど」
「させないからな」
「キミ達の子孫と縁があることを祈るよ。重要なのは光の魔力を持っているヒトが増えることだからね」
「……モルフィードさんは闇の魔力については知らないんですか?」
「ん? 知らないけどそれがどうかしたんだい?」
「……なら、いいです」
……大賢者と呼ばれる割には古代魔術を知らないんだ。
あくまで封印の専門家、ということなのだろうか?
……古代魔術、どれだけ古いんだろう?
「まあ、婚約についてはもういいや。光の乙女の血筋ができれば僕としては問題ないからね」
「……そういうの、良くないのではなくって?」
「いや、大厄災の獣と戦える力のあるヒトが増えるのは良いことだよ。この国の未来にとっても、僕達フセルック家の面倒にもね」
「この国の未来……」
……なんてものと戦うための力がこの体にあるんだ。
子ども、どうしても産まないといけないのだろうか?
……そういう目的で生まれた子どもって幸せに生きられるのかな?
「大体、サクラがいなくなってのこの100年、フセルック家しか大厄災の獣の対処をしていない。それも封印だ。封印しすぎても良いことはないからね。そろそろ大厄災の獣を倒せる人間が必要になっているところにフユミヤが現れたんだ。この機を逃すわけにはいかない」
「……じゃあなんでサクラがいなくなるようなことを?」
「…………あの時はサクラがいなくても僕達はやれると驕っていたんだ。サクラの光の魔力の援助がなければ僕達は大厄災の獣と気楽に戦えないというのにね」
「……魔力の真髄ではダメなの?」
「魔力の真髄というものはなんだい?」
「魔力壁膜を貫通するような状態の魔力を使えること、かな」
「なんだ。レイヴァンの時でもそういう魔力の使い手はほんの一握りだけど存在したよ。どいつもこいつも大厄災の獣と戦うことには弱腰だったけど」
「魔力の真髄のつかみ方とかは伝わっていなかったの?」
「死にかけないとそういう魔力は使えるようにならないんじゃないの?」
……ルプアがつかんだ魔力の真髄のやり方だ。
じゃあ、私とクラリスさんがつかんだ魔力の真髄のやり方ってだいぶ特殊だったのかもしれない。
手を繋いで魔力を思いっきり押し付けて返ってくる強い反発が魔力の真髄とも呼べる魔力だったわけだけど、そのやり方を知ったらモルフィードさんは驚くのだろうか?
「死にかける以外でも魔力の真髄はつかめるんですよねー。わたくし、主様の援助があって水の魔力の真髄に辿り着くことができましたから!」
「……そんな方法あるのか?」
「えぇ、とっても簡単です。子どもの戯れを少し物騒にしたものですから。両手から体が押しつぶされるのかと思うくらいの魔力を流されて我慢した先に魔力の真髄というものは呆気なくつかめてしまいますから!」
「……それは死にかけるのと大して変わらない状態じゃないか?」
「でも平和ですよ?厄災の獣がいるわけではないですし、魔力を流してくれた方は傷つけてしまいますけど、無事な状態で魔力の真髄に辿り着けるんです。大厄災の獣とも多少は戦いやすくなりますよ!」
「……それって俺がフユミヤにやったあの方法か?」
「うん、魔力が扱えなかった時のあの方法で魔力の真髄がつかめないかなってやってみたらできたの」
「……今、俺にやってくれるか? 俺も魔力の真髄はつかんでおいた方が良いだろう?」
確かにそうかもしれないけど、いきなりそんなことしていいのだろうか?
失敗する可能性もあるのかもしれないのに。
「なっ、わたくしがつかんだ魔力の真髄の取得方法を早速主様にお願いするんですか!? ズルいですよ!」
「ただでさえ俺と同じ水の魔力の使い手がフユミヤの近くにいてそんなものつかんでいるんだ。俺も求めなくてどうする」
「醜い嫉妬ですわ! そんなすぐにつかむ必要はないのではなくって? 今のフユミーさん、病み上がりのようなものですわよ!」
「……試してみてくれないか? そんな方法で魔力の真髄がつかめるのならやってみる価値はあるだろう。失敗したなら万全の状態でやってみればいいだろう。死なないなら何回でも試せばいいじゃないか」
「そうだな。フユミヤ、できそうか」
「できると思う」
「じゃあ準備をするぞ」
そう言ってヴィクトールは髪をまとめ始めた。
あの時は普通の格好から手袋を外している状態でやっていたけど、私は結婚指輪を外した方がいいのだろうか?
「フユミヤ、まだ指輪は外さなくていいからな。外すとしても失敗したらだ」
「……わかった」
私が指輪に手をかけたらすぐ止められた。
最初から成功しておいた方がいいと思うけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴィクトールの髪型がいつもの銀髪ポニテモサモサ状態になった。
ポニーテール、結構頭が重くなる気がするけど、大丈夫なのかな?
「よし、じゃあ早速やっていくぞ。今回は俺が受け手になるからフユミヤは魔力を送ってくれないか? 俺はなにも魔力を返さないようにするからフユミヤはひたすら魔力を送ってくれ」
「わかった」
ヴィクトールと輪になるように手を繋ぐ。
……それにしても手が大きい。
私の手なんて子どもみたいに見える。
それはさておいて魔力を送らないとだね。
「ヴィクトール、これから魔力流すけど準備はいい?」
「ああ、できてるぞ」
「じゃあ、始めるね。苦しくても我慢して」
ヴィクトールに光の魔力を流し始める。
まずは弱めに、その後は段々強く流していく。
……ヴィクトールの様子は、今は大丈夫そうだ。
「ヴィクトール、苦しいとかある?」
「今のところは特にないな。むしろ……」
「むしろ?」
「いや、今はいい。続けてくれ」
「……これ、ただフユミーさんとヴィクトール様がいちゃついているところを見せられているのではなくって?」
「……そうかもしれないけど、今は我慢よ〜。これで魔力の真髄に辿り着けたら私もやってもらおうかしら〜?」
「わたくしもやってもらいたいですわ!」
「ユーリちゃんは8歳になるまではやらない方がいいと思う」
「アキュルロッテみたいなこと言いますのね! わたくし、体は成長していますからやってもいいと思いませんこと?」
「いや、止めておいた方が良い。魔力の土台が壊れる」
「魔力の土台、ですの? それは一体……?」
「魔力を扱うのに必要な体の基礎的な部分。それができる前にそんなことをしたら2度と戦えなくなる可能性がある。8歳になるまで我慢するんだね」
「こ、今回は我慢いたしますわ! 戦えないなんて嫌ですわ!」
……子どもの体には未発達な部分があるからやっぱり危ないことはさせられないね。
ユーリちゃんの様子はなるべく見てあげないと……。
「フユミヤ、魔力をもっと強めに送ってもらってもいいか? 俺はまだ大丈夫だ」
「わ、わかった」
クラリスさんはこのくらいから少し怪しくなったけど、ヴィクトールはまだ全然余裕があるようだ。
……これ、魔力量の差が大事な気がするけど、どうなんだろう?
急いで杖に光の魔力を溜めるような感覚でヴィクトールに魔力を送る。
「……急に変わったな。フユミヤは大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。もう少し強くすることもできそうだけど、それをやってしまうと電気の魔力に変わってしまいそうな気もするからこの速度で我慢して」
「わかった。俺は大丈夫だからな」
……これから大丈夫じゃなくなるんだけど、いいのかな?
……いや、クラリスさんにもやったし、ここは失敗したとしてもやり遂げよう。
「……主様、失敗したら婚約はなしとかそんな条件は付けられませんかね?」
「今回は私側に失敗する原因になりそうな物があるからさすがにそれはちょっと……」
「この婚約は俺とフユミヤの合意で成り立っているからな! 悪いが解消なんてないからな!」
「婚約と言っても正式に認められたものではないですよね! 主様はどうして御婚約を決められてしまわれたのですか!? 嫌ならやめたっていいんですよ!」
「…………」
……婚約自体は嫌だけど、今ヴィクトールとしているのは偽装婚約だから、それ自体は嫌ではないんだけど、ちょっと答えに困る質問が来てしまった。
ここは……。
「クラリスさん、私、どうしても結婚しないといけないみたいだから、まだ顔を知っている人の方が良いと思ってヴィクトールにしたの。……結婚が強制的な物でなければ、やめられたのかもしれないけれど」
「……わたくしに力があればそんなもの、変えられたというのに」
「力がないことに関しては諦めろ。どちらにしろこの婚約は揺るぎのないものにする」
「……でも、結婚は兄上が許してくれるのかしら?」
「まずは婚約だろう。父上と母上に会うために王城に1度戻るぞ」
「だ、大丈夫かしら〜。お母様はともかくお父様は……」
「反撃すればいい。フユミヤのおかげでこれから確実に勝てるようになるからな」
「……まだ余裕ありそう?」
「まだ、な」
今のヴィクトールには声に強さはないけれど、普通に話せるくらいの余裕はありそうだ。
もう少し、魔力を込めた方が良いのだろうか?
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