第75話 そして

 ◇Side【フユミヤ】


 3階から水没している地下へ向かう階段を下りる。

 アレを倒さないと大厄災の獣が蘇りそうだし、現実の私も目を覚まさない。

 …………アレを倒して私は眠り続ける、そんな方法はないだろうかと模索もさくしたいけど、たぶん無理なのだろう。

 ……偽装とはいえ、婚約ってだるい。

 破棄されればいいんだけど、されるよね?


「……どうした?」

「いや、なんでも」


 思わずヴィクトールさん、……ヴィクトールを見たけど、本人は本当になんともなさそうだ。

 …………正気に戻っても婚約を申し込んできたけど、どこか本気のような気がするけど、自意識過剰が過ぎるのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 地下に着いた。

 この水は水なのに吸っても特に問題ないところが不思議だし、なんなら会話での意思疎通ができる。

 ……現実でもこうなのかな?


「それで、この木をなんとかすればいいんだな」

「……とりあえず電気の魔力、当ててみるね」


 いつの間にか持っていた武器の小型化を解く。

 電気の魔力は普通に溜められたのでそのまま木に当てる。


「……あれ、木が粉々になっちゃった」

「……呆気なかったな。これで後はチエが目を覚ませば解決だな」

「…………うん」


 起きた後の問題が山積みで起きたくはないけど、起きるしかないようだ。


「ところでどうやって起きればいいんだ?」

「……それは、こうするしか」


 自分含めて光の魔力を浴びせる。

 こうして目を開ければ……。


 …………水の中だけど、イーゲン亭で取っている部屋の天井だ。

 とりあえず起きよう。


「な、なにこれ……」


 まず自分の手に違和感があって見てみれば腕輪がはまっているし、指輪が全部の指にはまっている。

 指輪に関しては左手の薬指にはまっているもの以外全部魔石が大きい。

 というよりも全身に着けられている装身具の魔石がでかすぎる。

 卓球のピンポン玉くらいで、これは実用的ではないだろう。

 魔石が全部青いこと、夢の中で現れたのはヴィクトールだったことからたぶん全部ヴィクトールがやったんだろうけど、この量は……、おかしい、かな。

 ……なんか左手の薬指の指輪だけ真面目な結婚指輪の雰囲気があるし、私が寝ている間に一体なにが起こってしまったのだろう。


「チ……、じゃない。フユミヤ、起きたのか?」

「起きたけど、この私の状態は一体……」

「治療される前の俺がやっていたことだ。気にしないでくれ」

「わ、わかった。こっちでは私の名前、呼ばないの?」

「それは俺と2人きりになった時だけだ。説明が面倒じゃないか?」

「……そうだね」


 あまり名前が広まるのも嫌だったから苗字を名乗ったし、気にする必要はないだろう。

 今から訂正するのも面倒だし……。


「それよりそれから1回出よう。俺も手伝うから」


 ヴィクトールに抱えられる形で、私は入っていた水の入れ物から出る。

 水気もついでに取れたのでイーゲン亭の1番高い部屋を水浸しにさせずに済んだ。

 …………。


「なんで同じベッドに?」

「今は深夜だからな。さすがに他のやつらを起こすのも悪いだろう。……婚約をした記憶はあるか?」

「あるけど、偽装婚約だよね?」

「ならいい。表向きには偽装ということは秘密にしておいてくれよ。じゃないと偽装の意味がなくなるからな」

「それもそっか……。表向きには婚約しているようになるということは、どうしたら……?」

「なるべく俺の傍にいるようにしてくれたら俺がなんとかする。なるべく嫌がらないでくれよ?」

「……わかった」


 ……婚約している風に見せるとなると、私達は恋人として振る舞わなくてはいけないのだろうか?

 ……偽装婚約、もしかして難しい?


「まずは不格好な装身具を外していくぞ。それから今日のところは2人で寝よう」

「……最初からそれでいいの?」

「それでいいんだ。まずは不要な物を外して休もうな」

「う、うん……」


 ヴィクトールがあっという間に左手の薬指の指輪以外の装身具の魔石以外の部分を消し去ってしまった。

 魔石がゴロゴロしてる。


「魔石は今は俺のカバンに入れておくからな」

「……ヴィクトール、鞄を着けたまま寝ていたの?」

「今回は非常事態だったから旅支度のまま寝ていただけだ。さすがにこれで毎日寝られるわけないからな」

「なら良いけど……」


 今回は私が倒れたから仕方ないけど……、あれおかしいな?


「ヴィクトールはどうやって私に辿り着いたの?」

「明日になったら説明するさ。俺の寝支度は整ったから今日は寝ような」

「…………わかった」


 気になることは全員が起きたら解決するのかな?

 今はもう遅いから寝てしまおう。

 ヴィクトールが占有していないスペースに体を乗せる。


「ここはもう少し俺に体を乗せてくれてもいいんじゃないか?」

「……さすがに悪いかなって」

「婚約しているんだ。せめてこうして……」

「……えっと」


 ヴィクトールさんの胸が私の顔に押し付けられる。

 ……男の人だから顔が埋まるとかはないけど、ほどほどに弾力のある胸筋の感触が服越しに伝わってくる。

 後は心音も聞こえてくる。

 少し早く感じるが、正常の範囲内なのだろうか?


「明日起きて様子を見に来たユーリにでも様子を見せつけてやるんだ。俺達の婚約は確実なものになったということをな」

「……治療魔術」

「はもういらないだろう? せっかくだし様子のおかしかった時の俺の状態も利用する。しばらくは耐えてくれよ」

「…………うん」


 …………様子のおかしかったヴィクトール、どんな状態だったんだろう?

 でも今も勢いがおとろえたとはいえ、私との婚約を本気にしているようなそんな気もするけど、どうなんだろう?

 ……偽装、だもんね。

 ……偽装だから、大丈夫。


「おやすみ、フユミヤ。いい夢見てくれよな」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「なっ、なっ、ななっ……、なんですの!? これは!!? 不埒ふらちですわ!」

「……ユーリちゃん?」


 ユーリちゃんの叫び声がして、目が覚める。

 ……男女が一緒のベッドで寝ているのはたしかにマズいよね。


「フ、フユミーさん!? 起きましたの!?」

「主様が起きたんですか!?」

「フユミヤが起きたのね」

「お待ちくださいまし、お2人共!」

「……あ、主様?」

「……お兄様、フユミヤになにをしたのかしら〜?」


 クラリスさんに、セラ様もいる。

 3人の方を見ようとして起き上がろうとしたけど、ヴィクトールの腕が体に巻きついているせいでできない。

 ヴィクトール、寝相が悪い方なのかな……?


「……うるさいぞ、ユーリ。一体なんなんだ?」

「あれ、ヴィクトール起きてる。腕離して欲しいんだけど……」

「どうしてフユミーさんとヴィクトール様が共寝をしておりますの!? フユミーさんはどうやって助かりましたの!?」

「なんとかなったからこうして寝ていたんだ。非公認とはいえ婚約関係になったしな」

「ひ、一晩でどうしてこんなことになってますの!?」

「なったものはなったんだ。なっ、フユミヤ」

「う、うん……」


 ……もしかして私があの世界で分裂して元通りになるまでの時間ってそんなに経っていないのかな?

 だったらヴィクトールとセラ様、どうやってこの場所まで来たんだろう?

 ああなっていた時って、まだヴィクトールから逃げたての時だったような?

 短い間に色々なことが起こりすぎて、自分でもわかっていない。

 ユーリちゃんならわかるかな?


「ところでユーリちゃん、私が倒れてから今って何日目なの?」

「昨日を1日目とすれば、今日が2日目ですわね。……なので、フユミーさん、1日で回復しましたわ」

「……1日も経ってないの? ほんとに?」

「本当ですわ。生きていて良かったですわ〜、と言いたいところですけどどうして同衾していますの?」

「……他のベッドに移ったら起こしちゃうかなって」

「起こしてもよかったではありませんか! わたくし達心配していましたの!」

「そうですよ! アキュルロッテ様は無理って言って投げ出しちゃって出ていきましたし、わたくし達ではどうにもならなかったんですからね!」

「それをフユミヤの婚約者になった俺がなんとかしたわけだ。意外と簡単に終わったぞ。なっ、フユミヤ?」

「うん」


 地下にある木に電気の魔力流して粉々にして終わり、だったし。

 ……本当に終わったかどうかは知らないけど、私が起きれたから解決なのだろう。

 あの木、なんだったんだろう?

 粉は幸せの“答え”に辿り着かせるような効果があったし……。

 私の場合、死に至ることだったから今回みたいに倒れてしまったのだろうけど……。

 …………もし、幸せの“答え”が別のものだったら自分は一体どうなっていたんだろう?


「お兄様、フユミヤと婚約できて嬉しいのはわかるけど、1度離してあげたらどうかしら〜? さっき動こうとしていたわよ〜?」

「……嫌だ。まだ離さん」


 ……治療魔術をかけて正常かどうか確かめたいけど、それをすると婚約関係を疑われそうだからできないか。


「ヴィクトール、寝ぼけてる? もう朝なんじゃ……」

「じゃあフユミヤ、約束できるか? 宿屋にいる時は毎回同じベッドで眠るんだ。そうしたらこの腕は離すぞ」

「…………」


 ……それは、普通ではないと思うけれど、頷くしかないのかな。

 でも、偽装婚約をそれっぽく見せるにはそうするしかないんだよね?


「不埒すぎますわ! 風紀というものを考えてくださいまし! 今私達は9人で行動していますのよ!」

「俺達は婚約しているから同じベッドで寝るくらい問題ないだろう? なんなら別の部屋に2人で泊まるが……」

「そっちの方がダメじゃないですか! 大部屋です! お2人が正式に御結婚されるまで宿では大部屋に泊まっていただきますからね!」

「まだ、同じベッドで眠ると約束したわけじゃ……」


 ヴィクトールの腕から逃げ出そうとしているけど、力が強くてなかなか抜けられない。

 ……身体強化、かけてる?


「チエ、俺達は偽装とはいえ婚約したんだ。そうした方がそれらしいんじゃないか?」

「…………」


 ……急に体が引き寄せられたかと思ったら、小声でヴィクトールはそう言った。

 確かに偽装とはいえ婚約しているからここは頷くしかないのかな……?


「…………わかった。約束する」

「よし、じゃあ離すぞ。」


 ヴィクトールの体が離れたのでやっと起き上がることができた。

 3人共元気そうだ。


「なんて約束を交わしてしまったのですかフユミーさん……。わたくし、フユミーさんと寝れなくなってしまいましたわ! こうなったらわたくしが割り込んででも……」

「それはなしだ。フユミヤは俺とだけ眠ればいい。せっっっかく婚約したんだ。邪魔はしてくれるなよ」

「わたくしの抱き枕が……、ベッドから落ちても、誰かのベッドの上で眠ってもいいんですのね! フユミーさんが抱き枕になってくださればそれがなくなりますのよ!」

「他のやつを抱き枕にすればいいじゃないか。それか抱き枕を作ればいい」

「ひ、酷いですわ〜!」

「そうよ、お兄様。私もフユミヤと一緒に寝たいと思っているのに独占するなんてずるいわ〜。婚約できて嬉しいのはわかるけど、もう少し順序を考えたらどうかしら?」

「順序なんて考えていられるか。俺はフユミヤといられればそれでいいんだ」


 またヴィクトールに体を引き寄せられる。

 偽装婚約にしては身体接触が多いような?

 普通の婚約ってそういうものなのかな?

 実際の例を見たことがないからどうしたらいいかわからないな。


「とにかく! フユミーさんは1度ヴィクトール様から離れましょう!」


 ユーリちゃんが私をヴィクトールから無理矢理引き離して地上に立たせようとする。

 靴が、ない。


「主様、こちらが主様の靴になります。」

「ありがとうクラリスさん」


 クラリスさんがどうやら靴を持っていたようだ。

 ありがたくそれを受け取り、靴を履いて立ち上がる。

 体調に特に問題はなさそうだ。


「ぁぶっ」

「とにかくフユミーさんがご無事で良かったですわ〜!」


 ユーリちゃんにキツく強く抱きしめられる。

 身体強化はかける必要はないんじゃないかな?


「そうですよ〜!わたくし達心配して夜も大して眠れませんでした!」

「……って言っているけど普通に爆睡していたわよ〜」

「夢の中ではわたくしが主様を助けていたというのに、どうして現実はヴィクトール王弟殿下が救出してそのうえ婚約まで決まってしまったんですか!?」

「お前達が眠っている間に全部済ませたからな」

「ぐぬぬぬぬ……、わたくしが主様を救っていれば……! こんなことにはならなかったというのに……!」

「もう遅いぞ。実際は俺がフユミヤを救い、婚約まで取り付けた。婚約用装身具も身に着けさせたからな」

「なっ、いつの間に……!?」

「これのこと?」


 昨日残された明らかに結婚指輪のような雰囲気を放っている指輪を周りに見せる。


「あぁそれだ。俺の分はフユミヤと一緒に作るとして今はこの指輪だけだ」

「主様、すぐに外しましょう! わたくしはまだこの現実を受け止めきれていません!」

「外すのはダメだからな?」

「……わかった。外さない」

「そ、そんな〜!」


 偽装でも婚約している以上はヴィクトールのことを優先した方が良いかもしれない。

 全肯定はさすがにおかしいけど、優先はしてもよさそうだ。

 ……この立ち回りで合っているのかな?

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