第74話 解決まであと少し【Sideヴィクトール】

 チエの夢の世界に辿り着いたな。

 目を開ければ腰の高さまで水面が来ている、水の青とその他の白が目立つ空間に辿り着いた。

 さて、本体のチエはどこだ…………?


 黒い髪の毛が特徴的な小さいチエの集団を見つけた。

 俺が会ったチエもいれば会っていないチエもいる。

 本当にチエがたくさんいる。

 幸せいっぱいの空間だが、まずは光のチエと闇のチエを探すべきだな。

 本体のチエはまだ目覚めていないのかもしれない。

 あの地下がある建物に行ったほうが良さそうか?


「あっ、不審なおにーさんだ。どうしたの? チエちゃんと結婚するの?」

「えっ、結婚!? チエちゃんが!? そのおにーさんと!?」

「今すぐはしないんだって〜。……で、黄色いチエちゃんだよね。 地下のある建物にいるからそこに行ったほうがいいよ」

「わかった。ありがとうチエ」

「……チエちゃんの目が覚めたら、私達どうなっちゃうんだろうね?」

「……それは」


 そのまま残ると思っていたが、違いそうな気がする。

 ……この幸せな空間ももしかするとなくなってしまうというのか?

 その前にもう少し小さいチエを見ていたいな。

 ……本来のチエにもそんな頃があったのだろうか?


「まあ、私達のことより今は大きいチエちゃん探しに行きなよ。そうしないとあと2日くらいでこの世界終わっちゃうらしいよ」

「猶予がないな……。わかった。すぐにでも向かおう」

「うん、じゃあね。おにーさん」

「またな」


 小さくて三つ編みに失敗しているチエと髪をおろしているチエに別れを告げ、俺は地下が存在する大きな建物へ向かった。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 さて、光のチエ達はどこにいるんだろうな。

 ところどころに水面に寝そべっている大人のチエを見かけることもあったが、俺を見るなり背泳ぎで逃げていった。

 拒絶されているようで少し傷つく。

 ……いや、今のチエに拒まれなければ良い話だ。

 あの大人のチエは俺のことを知らないから逃げていったと信じたい。

 目の色は茶色だったし、きっとそうだろう。


 少し前に光のチエに案内された大きい建物の前に辿り着く。

 中に入ってチエを呼ぼう。


「チエー! いるかー! 俺だ。ヴィクトールだ! どこにいる?」

「…………もう来たの? 早くない?」

「もう来たぞ。早い方がいいからな」

「ちゃんと魔力の補給はできた? なんかよくわからないけどこの世界の水が増えてびっくりしたんだけど……。増やした?」

「魔力の補給はしたぞ。念のため魔力同調用の装身具も多少強くしたからそれもあるんじゃないか?」

「大して休んでなくない?」

「早くチエの目を覚まして求婚を受け入れてもらわないといけなくなってしまったからな」

「数時間でどうなっちゃってるの現実は……」

「まあ、今は現実の話はいいとして本体のチエの様子はどうだ? 起きたか?」

「全然。様子見る?」

「見るぞ」


 ……あの時は大して様子は見られなかったが、治療魔術でも使えばなにか変わるかもしれない。

 俺もありとあらゆる手を尽くそう。


「3階にいるから案内するよ。闇のチエちゃんがテレビ見ながら様子を見ているからね」

「……テレビ?」

「見ればわかる。とりあえず行こう」

「そうだな」


 チエが歩き出したので着いていく。

 水のせいで少し動きづらそうだが、あえてそれを抜かさず観察する。

 …………時々動きにくいとか小声で言っているが、すまんな。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 水のないところに上がっていくとチエは駆け足になった。

 ……そういえば裸足か。

 …………1番最初に出会った“フユミヤ”はこんな状態だったな。

 なんで服しか着ていない状態で現れたんだろうな?

 100年前のサクラもそうやって現れたのだろうか。


 駆け足で3階を目指すチエに対して俺は歩幅大きめで歩く。

 …………それくらいで追いつくくらい大人のチエは小さいからな。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 3階に着いた。

 なにか話し声が聞こえるが、それは急に途切れた。

 …………チエの声に聞こえたが、なんでだ?


「……この気配、ヴィクトール様? 光のチエちゃんが連れてきたの? 早くない?」

「もう来たからとりあえず本体のチエを診てもらおうかなって」

「…………ヴィクトール様って治療魔術使えないのでは?」

「多少は使えるぞ。隠していただけだ」

「……じゃあいいんですかね?」


 闇のチエが座っているソファには本体のチエが寝ている。

 …………チエがチエを膝枕しているな。

 ……少し羨ましいが、今は本体のチエの様子を診よう。

 診ると言っても1度治療魔術をかけるべきだろう。

 本体のチエの全身に治療魔術をかける。


「……ん、んんっ?」

「はや、こんな簡単に解決できちゃうの?」

「でも私達治療魔術は使えないからね〜」

「……使えないのか?」

「私は光の魔力しか使えなくて〜」

「私は闇の魔力しか使えないんですよね。完全に分裂しちゃっているんです。……外から人間が来ちゃえば呆気なく解決しちゃうんですね。終わり、遠ざかっちゃいましたか」

「……終わりになんてさせないぞ。少なくともチエには俺と一緒に結婚してもらうんだからな」

「私が結婚!? どういうこと!?」

「起きたか!」


 結婚という単語を聞いて本体のチエは起き上がったが目の色が……、


「黒い灰色、ですね」

「本体じゃないってこと?」

「……本体じゃない? …………えっ、私が分裂しているんだけど、なにこの世界?」

「そこからか〜」

「チエちゃん、粉吸っておかしくなったの、覚えてる?」

「……そんなお薬吸ったみたいな言い方しなくても、覚えてはいるよ。幸せの答えが得られたようなそんな感覚」

「そこは共通か〜。じゃあ、寝ている間のことなんにも覚えていないんだね」

「私だらけの世界に地球の頃の姿をしたユーリちゃんやクラリスさんが来ていたこと、そして今いるヴィクトールさんの言っていることがおかしいこと、それも覚えていないんだね」

「…………ヴィクトール様がおかしいのって結婚がどうとかってことだよね。なんでそんなことに……?」

「それはだな……」

「長いからいい! 現実で話をして!」

「……わかった。現実のチエの目が覚めたら即するからな」


 本当はこの場で求婚に頷いてもらうところだったが……。


「……う、うん。それって拒否とかは」

「させないからな」

「…………自分、目覚めなくていいかな?」

「それやると大厄災の獣が産まれるからダメだよ」

「後は地下のアイツを消すことだけど、本体のチエちゃんは魔力で攻撃できる?」

「…………光の魔力が出ない。…………闇の魔力も。……火の魔力は出た」

「じゃあ治療魔術は? ヴィクトール様の頭治せるかな?」

「俺はおかしくないぞ」

「…………うーん? なにかありますよ? 治してみますね」

「………………」


 チエに俺でも知らないなにかを治されてしまった。

 衝動的な感情が鎮まっていく。

 ──強迫的にチエに求婚を申し込まなければならないといった感情が。

 …………その。


「すまなかった。急に結婚とか言い出して」

「おっ! 変ななにかのせいでヴィクトール様は私に結婚しようとかおかしなことを言っていたんですね」

「じゃあ、これで私は結婚しなくてよさそう?」

「……いや、どのみち俺じゃなくても別のやつと結婚しなければならなくなる。俺が壁になるから俺と婚約しておいた方が良い」

「……偽装婚約ってことですか? なら、いいのかな……?」


 偽装なら頷いてくれるのか。

 先程までの俺の感情は一体……。

 いや、いくらなんでも今までのアレは押しが強すぎだ。

 とにかく頭がチエとの結婚で埋まっていたからな。

 ……コルドリウスにも悪いことをした。

 今でこそ俺とチエの婚約に肯定的になっているが、チエの目が覚めた後に謝ろう。


 …………今チエが治してくれたのは王家の“答え”の衝動的な感情なのだろうか?

 そうなると、チエなら兄上を正せるのか?

 しかし、兄上は受け入れられるのだろうか。

 4年も募らせたアキュルロッテへの執着が呆気なく瓦解されるその感覚を。


「逃げ道はないらしいから偽装でも受け入れとけば? ちなみに偽装ですよね? 本当に結婚するわけではないですよね?」

「……いや、本当に結婚までは行く可能性はある。……王家は兄上が許可を出さないと婚姻が認められない」

「……婚姻が認められないとなるとどうなるんです?」

「本当に結ばれたいやつは他の貴族の家の養子になってそれで結婚する。俺の場合は兄上が許可を出さない限りは結婚はできないから安心してくれ」

「じゃあ、婚約状態が何年も続くことがあるんですね。……その、その状態で子どもが生まれた、とかはあるんですかね?」

「……あるにはあるが、婚約状態でそうするつもりはないからな。その部分に関しては安心してくれていい」


 チエは安堵の表情を浮かべている。

 …………兄上が許可を出すかどこかの家の養子になるかでないと俺は結婚できないからな。

 現状維持でいればチエと婚約状態は保てるだろう。

 ……チエは子どもを産みたくはなさそうだから婚約状態を保てればそれでいいだろう。


 ……婚約に関しては父上か母上、兄上の許可がいるが、兄上はありえないとして父上か母上の許可は取れると信じたい。

 ……王城を出ていたことを理由に認められないならヌンド村で余生を過ごせばいいからな。

 大厄災の獣に対する有効な手段を残すための婚約ではあるが、別に俺達がなんとかする理由はないからな。


「というわけで俺と婚約してほしいが、受け入れてくれるか?」

「……受け入れます。目が覚めたら覚えているかはわかりませんが、忘れていたらもう一度説明してくれれば多分私は受け入れると思うので。今の私は現実の私とは見た目が違うんですよね?」

「そうだな。目が灰色だ」

「じゃあ、忘れているのかもしれませんね。その時はよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ。……ところで婚約関係になるんだ。あまりかしこまらずに話してくれないか? 最初に会った時はそんな喋り方ではなかったよな?」

「……あの時は動揺していたのもありましたし、ヴィクトール様はこの国の王の弟ですので……」

「婚約するんだ。立場は平等であるべきだと俺は思う。後、ヴィクトール“様”と“さん”はなしだ。呼び捨てで呼んでくれ」

「…………えっ、えーーっと、ヴィ、ヴィクトール、これからよろしく」


 チエがやっと俺の目をみてくれたな。

 ……チエはあまり人の目を見ようとしていない癖のようなものがあるとは出会った頃から感じていたが、今回、やっと真正面から見てくれた。

 …………正式ではないとはいえ婚約関係の同意を得られてこうなるとは俺も思わなかったが、喜ばしいものがある。


「……偽装婚約が決まったことで、本体のチエちゃんに魔力を渡してみよっか!」

「魔力を渡す? あのサクラが教えてくれた方法で?」

「……サクラってあのサクラか?」

「そう。ルプアに連れられた先で会ったの。……そういえばヴィクトールにも会いたいって言ってたよ」

「……そうか。この件と婚約の件が落ち着いたら会いに行ってみるか」

「というわけでとっとと終わらせますよ! 2人同時に本体にやってみましょう光のチエちゃん!」

「同じ“私”だから大丈夫と信じて! 元の体に帰るようなものだからなんとかなるでしょう!」

「えっ、ちょっ……」


 光のチエと闇のチエが本体のチエに抱きついた。

 ……その方法で魔力を他のやつらに渡していたのか?

 ……俺にも渡してくれるだろうか?

 …………!

 光のチエと闇のチエの姿が薄くなっている。


「お前達、消えるのか?」

「万全に戦うにはこうするしかないんです。取り込むのは光のチエちゃんだけでいいのかもしれませんけど、どうやら光属性が存在するには闇属性も必要らしいのでこうしています」

「まあ、魔力的には元に戻るはずなんで! 要は合体ですよ合体!」

「私達は本体のチエちゃんに溶けますが、消えることに恐怖はないので! それでは!」

「…………うっ、頭が」

「チエ! 大丈夫か!?」


 光のチエと闇のチエの力を取り込んだのが原因なのか、ふらつくチエの体を支える。

 頭を押さえているようだが、大丈夫なのか……?


「…………ヴィクトール、頭は本当に治っているの? なに、この、結婚に関してひたすら説明している時とかものすごい勢いだったけど」

「さっき治しただろう。俺も冷静さは取り戻せた」

「……もう1度、治療魔術をかけてもいい?」

「ああ、気の済むまでやってくれ」


 …………チエは俺の正気を疑っているようだ。

 ……まあ、特に光のチエには結婚の話はだいぶしたが。


「……い、異常は本当に、本当にない、の?」

「チエが治したんだ。これ以上心配する必要はないんじゃないか?」

「……うーん?」


 まだ俺がおかしいと思っているのかチエは首を傾げている。

 チエの目も元の紫色と黄色の二色にしきが見えるようになったな。

 これでいつも通りのチエに戻った以上、後は……。


「そんなことより地下のアイツを倒しに行くぞ。アイツを倒して現実で改めて婚約を申し込むからな」

「偽装じゃないの?」

「……偽装だな!」


 …………今はな。

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