第73話 助けることも婚約も大事【Sideヴィクトール】

「本体のチエちゃん、起きそうにないですね……」

「……ヴィクトールさん、1度起きるべきかと。今回ので魔力使っているよね?」

「使ってはいるが……」

「なら魔力の補給をしに行くべきかと。……この空間に変化が訪れるのかもしれないので」

「変化が訪れるのなら尚更ここにいた方がいいだろう?」

「今の私たちは大して戦えない以上、ヴィクトールさんは休息を取るべきかと。小さいチエちゃん達がこの空間の魔力を使って遊んでいる以上、消費はしているはず」

「と言われてもな……」

「じゃあ、強制的に起こせばいいじゃん!」

「そっか。そうしよっと」

「お、おい!」


 閃光が目に走るのと同時に宿に戻ってしまった。

 ……確かに疲れのようなものは感じるが、そこまで問題ではないと信じたいが。


「……はぁ、魔力の補給か」

「ヴィクトール様、起きましたわね。どうでしたか? 小さいフユミーさん」

「…………可愛かったが、そうではなくてだな。ユーリ、フユミヤの本当の名前を先に知ったよな?」

「えぇ、わたくしが1番最初に知りましたわ。その次はクラリスさんで、3番目がヴィクトール様ですわ」

「…………」


 そんなにチエの名前が知られているのか。

 ……どうせなら俺が1番最初に知りたかった。


「ところでそれを知ってもなお、最初の呼び名にする意味はどうしてだ?」

「わたくしだけの秘密にしたいですもの。今回、ヴィクトール様には知られてしまいましたが、仕方のないことですわ。わたくし自身ではフユミーさんを助けられませんもの。ヴィクトール様はどうするおつもりで?」

「……俺も秘密にしておくか。そっちの方がイイからな」


 そうした方が特別な感じがする。

 呼ぶとしても2人きりの時だな。

 ……チエの目が覚めたらその時は来るだろう。

 その時が待ち遠しい。


「それで、なにか収穫はありましたの?」

「本体と思われるフユミヤを救出した。まだ起きる気配はないから魔力を補給しろと言われて起こされたわけだが……」

「今は夜ですものね。皆様は夕ごはんを食べに行かれましたわ」

「……俺は蓄えの肉を食うか。フユミヤの様子はなるべく見ていたいからな」

「…………そんなに見ても意味はないと思いますが」

「見たいから見る。それだけだ」

「……こだわりますわね」

「妻となる女性を見つめていてもいいだろう?」

「…………ひ、飛躍していますわ!? 現実のフユミーさんには言ってませんのに!?」

「夢の中の光のフユミヤと闇のフユミヤには言ったぞ」


 ……あまり好感触ではなかったが、なんにせよ俺と結婚させられるのは確実だろう。

 他の相手なんてものは許すつもりはないし、これからを見据えた場合チエは自由には動けなくなる。

 俺と結婚さえすれば俺さえいれば自由にチエは動けるだろう。

 王城ではただの王の弟でなんの役職にも就いていないからな。

 子を産めと周りはうるさくなるだろうが、数年は2人でいさせてもらうぞ。

 父上と母上もそうしていたんだからな!


「夢の中は無意味なのではなくって?」

「わかっている。現実でも言うつもりだ。そのためにもまずは食事だな」


 鞄から魔力保護をかけた肉を取り出し、保護を解きながら焼かずに食べる。

 この肉はチエと盗み食いした肉の1つの辛いやつだったな。

 チエは嫌がっていたが……。


「……その食べ方、フユミーさんの前ではやらないほうがいいと思いますわよ」

「お前達の世界では肉を焼かないと死ぬことがある、だったか。だが今はいいだろう。こっちの方が早いからな」

「ならいいのですが……」

「この世界では料理の方が危険だというのにな。その気になればいくらでも毒を混ぜることができる。……魔力が弱いやつの毒は効かないがな」

「ちなみに毒は治せますわよね? 治療魔術とかで……」

「もちろん治せるぞ。治るまでに間に合うかはあるがな」

「王城では毒殺とかありませんの?」

「そうなる前に王城直属の治療魔術士が治している。俺も世話になった」

「…………やっぱりそういうのありますのね」

「前王の子孫が全員生きているのは治療魔術士がいるからこそだからな。兄上が王になってからは専属の治療魔術士の制度はなくなったが、おかげでフユミヤに会えたんだ」


 前王の子の間での権力争いが特に酷いからな。

 それから逃げること、自由にこの国を旅したいこともあって王城から出たが、フユミヤと出会えたから結果的に最良だったな。


「……治療魔術士は見張りの制度も兼ねていましたの?」

「まあ、そうだった。口うるさいやつらばかりだったな。兄上が王になってからは兄上だけに治療魔術士が交代制で付くようになった」

「……王という立場は重要ですものね。さすがにそうなると王も自由がないのではなくって?」

「いや、王だからこそ口うるさく言われない。この国の一番上の立場だからな」

「なるほど……、そうなってしまいますと毒殺は起こりませんの? 王にしか治療魔術士はいないのでしょう?」

「いや、今の王の子孫の大半は金を払って雇っている。大体は自分に付いていた治療魔術士を雇っていたな。自分を守ってくれたという実績があるからだろう」


 王城で権力を持っているやつには必ずいるし、自分の子どもにも治療魔術士をつけているやつもいる。

 詳しいことは知らないが、成人して雇っていない例外は俺とセラくらいだろう。


「……治療魔術士が裏切ったら元も子もありませんものね」

「そういうことだ。治療魔術士が裏切ったら他の治療魔術士の信用もなくなるからな。治療魔術士が毒を盛る、なんてことは今のところ一切起きていないな」

「……そうやって平和を保っていますのね。フユミーさん、大丈夫でしょうか? 婚約するとなると王城にいる必要がありませんこと? フユミーさん、毒に弱そうですわ……。今回みたいなことになってしまいませんの?」

「……今回、となると大厄災の獣の粉か。フユミヤにはなんとかして魔力壁膜を扱えるようになってもらわないとだな。アレが扱えればだいぶ変わるだろう」

「変わるといいのですが、穢れの臭いがわからない体質や夜がわかりにくい体質のように魔力壁膜を扱えないといったことはないでしょうか?」

「……そうなったら駆け落ちしてヌンド村で暮らすぞ。もうフユミヤを失いたくはないからな」


 ……ヒトの目に大して触れられていないような集落で2人で暮らすのも悪くはないな。

 ……短い間しかできないと思われるが。


「か、駆け落ちですの? 誘拐ではなく?」

「誘拐なんてするつもりはないぞ。その頃には婚約は成立させているからな。周囲から見ても駆け落ちになるだろう」

「……婚約と言ってもフユミーさんの御意思は?」

「俺を選ばないにしろフユミヤには強制的な結婚が用意されている。フセルック家のルルエルドとのやつがな。ルルエルドのやつがどう思っているかは知らんが、俺が1番最初に出会ったんだ。俺を選んでもらわないとな」

「……自身があるように見受けられますが、もし、ルルエルド様がフユミーさんの好みの見た目の殿方像に合っていましたらどうしますの?」

「そ、そ、それはないんじゃないかと………………、信じたいが…………」


 ……それを想定していなかった。

 ならチエが目覚め次第なんとしてでも婚約を受けてもらえばいい。

 先に婚約用の装身具だけでも作り上げて今のうちに身に着けさせるか?

 万が一、そんなことが起こる前に、なんとかして止めなければ……!


「…………婚約用の装身具を急いで作るぞ」

「婚約用の装身具ですの? この世界で婚約の装身具となるようなものはなんですの?」

「なんでもありだが、1番大きな意味を持つのは時止まりの首飾りだな」

「……時止まりの首飾り、ですの? 時を止めてどうしますの?」

「仮に死んだとしても、もう片方が死ぬまでは体を魔石にさせずに済むんだ。そしてもう片方が死んで魔石になった時、共に魔石になる。そういう効果の装身具だ。今からは作れないがな」

「……遺体の保護技術ですのね。何年保ちますの?」

「お互いが死ぬまで保つぞ」

「それは、恐ろしいですわね……」

「そうか? 大事なことだと俺は思うぞ」


 ヒトは下手したら魔石すら残らず死んでしまうからな。

 ……チエがそうなってしまうと思うと恐ろしくて仕方ない。

 どうせ死ぬなら共に死ねればいいんだがな……。


「……ヴィクトール様は作るつもり、ありますの?」

「作るぞ。すぐにとは言えないが、魔石を確保次第必ず。今は誤魔化し程度の首飾りだな。今付けている物よりかは良いものを作るとして後は……」

「指輪にはしませんの? フユミーさんの世界では左手の薬指……、左手の左から2番目の指が結婚指輪や婚約指輪になりますわ」

「なに!? それならそうと言ってくれ。それなら適当な首飾りよりも結婚指輪を作った方が効果的だな!」


 チエにも俺がそういう意味を持って作ったということをわかってもらわないとな!


「……結婚指輪を作るのならフユミーさんの場合ですと小さな魔石の方がよろしいかと。フユミーさん、目立ち過ぎるのは嫌がると思いますわ」

「……魔石は限界まで圧縮した後に魔力保護をかければいいか。指に着けて目立たないとなると相当小さい魔石にしないとか。……ユーリ、魔石は何個までなら許されると思う?」

「……指輪全周は止めておくべきかと。3個くらいで良いのではなくって?」

「3個か……。今はそれで我慢して時止めの首飾りを作る時に全力を出せば良さそうだな」

「どれだけ自分の魔力を込めた魔石を身に付けさせるつもりですの!? 場合によってはみっともなく見えますことには気をつけてくださいまし!」

「…………そうだな。装身具だけでなく服も俺の魔力から作らせればまだ耐えられる」

「…………耐えられるってなんですの? なにに耐えてますの?」

「とにかくフユミヤを俺の魔力で満たしたいんだ! その衝動から今も耐えている」


 チエと生涯を共に過ごし、どんな時でも離れずにいたいという衝動が今は止まらない。

 現実は婚約すらまだだというのにな!

 …………婚約すらまだ?

 げ、現実が厳しい……。


「………………ヴィクトール様からフユミーさんを引き離したくなりましたわ」

「なぜそうしようとする。いいのか? 俺が凶暴な性格になっても!?」

「……それは良くないので、まずはフユミーさんを助けなければならないということ、思い出してくださいまし」

「そうだったな……。今は魔力同調用の装身具を強い物に変えつつ、結婚指輪を身に着けさせ、フユミヤを助けて結婚を申し込む。そうしなければ……」

「とんでもないものがいろいろついてますけど、しょうがないのでしょうか……?」

「というわけで俺は結婚指輪を作るからな。作り次第またフユミヤの夢の世界に入るから少なくとも結婚指輪を作る邪魔だけはしないでくれ」

「…………わかりましたわ」


 ……結婚指輪を作るぞ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 まずはチエの指の大きさを調べることからだな。

 今つけさせている指輪の数々は急いで作ったということもあって指と比べて大き過ぎる魔石ばかりだ。

 今回は結婚指輪を作るから左手の左から2番目の指に合う指輪を作ればいいんだな。


「手が小さい上に全体的に指が細いな……」


 俺の魔力で満たされている水からチエの左手を出し、自分の手と比較する。

 俺とは全然違う。

 まずは土の魔力で指輪の素体を作る。

 目立たないというくらいなら細めに作った方がいいのだろうか?

 ……あまり細すぎると魔石が入れられなくなる。

 俺の腕前でできる細さにし、チエの指から素体の指輪を外す。

 これでチエの指に合う素体ができたから加工すればいいな。

 チエが浸かっている水の魔力を濃くしてから作業場所となる自分の寝台に戻る。

 寝台でも指輪は作れるしな。

 問題はないだろう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 結婚指輪用の魔石が完成した。

 後は形を加工しつつ、魔力保護をかけて指輪と合体させれば完成だな。

 真ん中にやや大粒の魔石を1つ、左右に小粒の魔石を合体させて完成だ。

 これなら目立ちにくいが、しっかり俺から渡されたものだとわかるだろう。

 ……わかるよな?

 それはそれとして早速チエの指に着けよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「状態に特に問題はないな」

「……ヴィクトール王弟殿下、わたくしの主様に一体なにをしようというのです?」

「これから結婚指輪を着ける。これでフユミヤが目覚めたら結婚を申し込むんだ」

「……順序が逆ではないでしょうか?」

「俺はな、もう順序とか考えられないんだ。誰かに取られる前にフユミヤとなんとしてでも結ばれたい。ならもう全部先回りするしかないんだ」

「……お兄様、重症ね。みっともないわよ〜」

「みっともなくてもいい! ただフユミヤが俺の求婚を受け入れてくれたらいいんだ! なぁルルエルド! お前はフユミヤと結婚したいわけではないよな!?」

「ぼ、僕ですか……。僕は別に構いませんが」

「…………は?」


 そこは結婚する気がない、ではないのか?


「光の乙女の血筋はなんとしてでも残すべき、ということがフセルック家では重要視されています。なので、彼女と婚約することになったら僕は受け入れます」

「嫌だからな! 俺がフユミヤと結婚するんだ!」

「……でしたら、ヴィクトール王弟殿下はもうお休みになるべきかと。フユミヤの目を覚まして求婚されたらどうですか?」

「……そうだな、そうしよう! ルルエルド! 俺が1番最初にフユミヤに求婚するからな! フユミヤのことは諦めてくれ!」


 俺は急いで寝支度を整えベッドに飛び込んだ。

 待っててくれチエ、早く目を覚まして俺と結婚しよう!








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「レイヴァンもあんな風なら…………」

「大賢者様、どうされたのですか?」

「いや、なんでもない」

「それにしてもすごかったですね〜、ヴィクトール王弟殿下。もうフユミヤさんと結婚することしか見えていないって状態になっていました。どうしてでしょうか?」

「……王家の“答え”のせいね〜」

「王家の“答え”? なんなんだ? レイヴァンの時にはなかったぞ」

「結婚したいと思う女性が現れると魔力の気配を感じただけで運命の相手と判断してしまうような現象なの。結果的にお兄様みたいになるわ。ちなみに王家の女性でも女性が対象なのよね。」

「……それは、恐ろしいですね」

「……レイヴァンの記憶の封印、止めておくべきだったのか?」

「……もう、遅いのでしょう? 大賢者様がどのような答えに辿り着いているかは知らないけれど、今は100年の時が経っているのよ」

「……そうか、もう遅いか」

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