第72話 解決はきっとすぐ【Sideヴィクトール】

「ヴィクトール様、ご質問、よろしいでしょうか?」

「あぁ、構わないぞ」

「……チエちゃんの旦那さんになるとは一体どういうことでしょうか? 少なくとも私はヴィクトール様と結婚すると言った旨の話は聞いていませんし、……まさか小さいチエちゃんと……!?」

「それはないぞ。俺が結婚したいのはチエ、お前だ。」

「…………私達、出会ってから大した日にち経ってませんし、そもそも付き合っていませんよね?」

「もしかしておにーさん、チエちゃんのストーカー!?」

「結婚って普通は数年付き合った男女がするようなものじゃないの!?」


 小さいチエ達が俺の方から飛び降りる。

 小さいチエ達が正論を言っているのはわかっているが、ここは傷ついているだけではいられない。

 とりあえず、大きいチエの質問に答えないとだな。


「そもそも付き合っていないし、出会ってから日にちも経っていないな。だが、俺はチエと結婚したいと考えている」

「……なんでよりにもよってチエなわけ? “フユミヤチエ”は大したことはできないよ?」


 ……チエの口調に硬さがなくなってきたのを感じるとともに懐かしさが込み上げてくる。

 ……出会った当初の“フユミヤ”はあんな硬くはなかったからな。


「生涯を共にしたいと想う気持ちにそんなものは関係ないだろう?」

「……そんな感情の勢いに任せていいものなの? 後悔するんじゃない?」

「しないし、させない。俺を選ばないにしろ、チエは結婚を強いられる。なら俺を選んでくれないか?」

「…………そんなの、どこで決まったわけ?」

「フセルック侯爵が俺がチエと結婚しないようなら自分の息子と婚約させると言っていた。顔も知らないやつと婚約なんて嫌だろう?」

「それは、そうだけど……」

「なら、俺にしておいた方がいいんじゃないか? 一応この国の王の弟ではあるから変な割り込みがあることはないだろう。チエの身分だってなんとかする」

「……いや、私は平民のままの方が良いかなって」


 ……自由で気軽な立場が良い、というのはわかるが、いろいろなものにチエが見つかっていくと考えられる以上、それは世界が許してくれないだろう。

 なら、ここは身分を確かなものにしつつ自由に振る舞える立場を得ておいた方が双方得だろう。


「チエ、それはもう許されない立場になってきている。チエが持つ魔力がそうはさせてくれない。チエの魔力の力をこの国が完全に理解してしまったらそんな立場は得られなくなってしまう」

「ならその前に逃げれば……」

「もうアキュルロッテはいないぞ。お前はアキュルロッテがいなければ空を飛んで逃げることもできないだろう」

「……ルプア、いないの?」

「チエが助からないと諦めて見捨てて出ていってしまったとユーリが言っていた。そのことでユーリが怒っていたな。師匠と慕うことをやめるくらいには」

「……え? な、なんで……? 私のせい?」

「お前のせいじゃないだろう。お前が倒れる原因となった大厄災の獣に手を出したのは誰だ?」

「……ルプア、だけど」

「なら自業自得と見なしていいだろう。とにかく、チエはもう逃げられないし、逃さないからな」


 ……チエに空を飛ぶ術はもうない。

 あるとしても飛行魔術が使えるヒトを味方にすればいいが、現状難しいだろう。

 コルドリウスは雑に扱ったとはいえ俺の騎士ではあるし、ユーリは4歳の子どもだから魔力がまず足りない。

 モルフィードはフセルック侯爵家の味方だからまずチエを逃さないだろう。

 よってチエは今の立場ではもう逃げられない。


「というわけでチエ、結婚の相手は俺にしてくれないか?」

「…………それは、改めて現実のチエに話して欲しいかな。この場所の私が聞いた話を目覚めた時に覚えている自信、ないし」

「そうだな。今のチエは俺が会ったチエと目の色が違うからな」

「わかっているならいいよ。…………結婚、ね」


 チエは嫌そうな顔をしている。

 さっき小さいチエが言っているような想像上の結婚を偏見として抱えているのだろうか?

 俺は絶対にそんなことはしないと言いたいが、言ったところで信じる気配はなさそうだからな。


「……で、この世界に水が出てきたのはヴィクトール様のせいですか?」

「……俺の魔力を同調させているからな。そうなるんじゃないか?」

「……だから水の魔力を使っているチエちゃん達が増えているんだ。……ヴィクトール様は魔力、使えるんですか?」

「まだ、試してないが……、使えそうだな」


 水の魔力を試しに出すことはできた。

 魔力が使えない問題はあの方法で解決できたな。


「……じゃあアレもどうにかできちゃう可能性もあるんだ」

「どうしようもないものってやつか? それはどこにある?」

「そこが水没してるけど、水の中で息できるのかな?」

「…………? できるだろ?」

「……できるんだ。地球だと溺れる危険性がありそうだからなるべく水の中には浸からないようにしてたけど、異世界だと違うんだね」

「そもそも水が湧いているところが少ないからな。知らないのもしょうがないだろう」

「じゃあ、闇のチエちゃんがやっていることも無意味そうかな」

「闇のチエは一体なにをしているんだ?」

「……見ればわかる、かな」

「その闇のチエは一体どこにいる?」

「……案内するね」

「……よくわかんない話してるからチエちゃん達遊んでるね〜」

「おろしのチエちゃんどこだ〜!」


 小さいチエが離れていってしまった。

 そうか、この幼いチエ達は俺達の話を理解できなかったのか。

 無邪気に遊んでいるようでなによりだ。


「……小さいチエちゃんと遊んでいく?」

「いや、今は闇のチエの方に案内してくれ」

「…………わかった」


 チエの後を着いていく形で闇のチエの元へ案内される。

 …………歩幅が小さいな。

 呆気なく抜かせてしまいそうだ。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……ここに入るのか?」


 チエに案内された場所は確かに水没していた。

 地下に続く階段になっているようだが……。

 息ができるとは言ったが、闇のチエはそこでなにをしているのだろうか?


「入るよ。この先に闇のチエちゃんと本体のチエちゃんらしきチエちゃんがいるの」

「……本体のチエ? どういうことだ?」

「現状意思疎通ができないからそう呼んでいるだけ。とりあえず行こうか」

「そうだな」


 チエは溺れる恐怖かなにかがあるのかやけに気合を入れて水中に沈んだ。

 俺もその後に続く。


「チエ、こうして話すこともできるが、聞こえるか?」

「えーー!? ふ、普通に通じる……? どうなっているの……?」

「世界の違いというものでいいだろう。案内を続けてくれ」

「わかった……」


 チエは意気消沈しながら地下階段を進んでいく。

 泳ぐのに慣れていないのか、泳ぎ方がだいぶぎこちない。

 ……その前に歩くことができるが、気づいていないのだろうか?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「な、なんとか着いた……。ヴィクトールさんは……、あ、歩いてる? 歩けたの!?」

「気づかなかったのか?」

「…………全然。浮いて天井に頭をぶつけながら移動するのは嫌だし」

「…………光のチエちゃん、なんでヴィクトール様連れてきてるの? 光出して追い出したらいいじゃん」

「これ以上、この世界を水没させる気……?」

「……そうだな。追い出されたらさらに魔力の同調を強めるぞ。それでいいなら追い出してくれても構わない」

「や、やだ〜……、じゃ、じゃあ本体のチエちゃん解放して、あの木もぶっ潰しちゃえば私、起きちゃうの? 結局私、死なないの?」

「死なせる気はないからな」

「わ、私の唯一の幸せへの道が……」

「そんなものに幸せを見出すな。さっさと起きて俺との婚約を成立させてもらうからな」

「…………へ? なにそれ?」


 闇のチエは驚いたような顔をしている。

 本体のチエには一切話していないからな。

 驚くのも当然だろう。


「またあの話を?」

「そのつもりだ。」

「な、なんで婚約とかそういう話になっているの……? 私達会ってからそんなに日にち経ってないよね?」

「そうだが、目覚め次第、すぐに婚約を取り付けさせてもらう。チエは他の貴族に狙われているからな」

「……ヴィクトール様も王弟という身分ではないですか! なんで私みたいな平民と結婚を……?」

「魔力が多ければ身分は関係なくなる。珍しい属性の魔力が珍しければ尚更だな」

「うーん…………、断りたいですけど、できないんです?」

「断ったら顔も知らないやつと強制的に結婚になるな。今のチエには逃げるすべがないだろう?」

「…………そうですが、逃げても結婚、逃げなくても結婚か。独身が良いのに」

「俺と婚約すれば俺と一緒にいることが条件だが、ある程度の自由な時間は設けられるぞ? ……他のやつと結婚した場合、それはないだろうな」


 ……光の魔力を残さなければならない関係上、子を産むことを強いられるだろう。

 チエが独身が良いと言っているのにはそういう理由は絡んでいそうだが、もう少し理由はありそうだ。


「……自由な時間がないってまさか光の魔力が重要だからそれを持った子どもを産まされるってことなんです?」

「そうなるだろう。すでにフセルック侯爵家がチエに目をつけている。光の魔力の重要性を理解しているからな。俺との婚約を断ればその家との結婚が待っているぞ」

「…………それってまずいんじゃ。子どもを強制的に産むならここで死ぬのを待っていた方がマシ……。」

「そうすると大厄災の獣がチエから生まれてしまうとフセルック家のやつが言っていたな」

「……あの木やっぱり私に寄生してるの!? 本体の私を養分にしてるってこと!?」


 闇のチエが奥の方にある透明ななにかに閉じ込められているチエとその周りを這っている木の根の辺りを指差している。

 ……アレをなんとかすればいいのか?


「ちょっとヴィクトールさん、いきなりそれに近づくの?」

「とりあえず攻撃できそうならしておいたほうがいいだろう。あのチエは外に出した方がいいんじゃないか?」

「いやそうだけど、硬いんじゃ……」

「やるだけやればいい。ダメだったらもう少し魔力の同調を強くして俺の魔力の威力を上げたほうがいいだろう」

「更に水没するの? この世界……?」

「まずはやるぞ」


 俺は剣の小型化を解除し、武器として使えるようにする。


「あれ? 武器持ってたんですか?」

「私達はなかったよね」

「……本体のチエが持っているんじゃないか?」

「……そうかも」

「じゃあ、やるからな」


 俺はフユミヤの入れ物に絡まっている木の根を切る。

 …………簡単に切れるな。


「あれ? 簡単に助かっちゃう?」

「私の苦労って……」


 絡まっている木の根を全て切り終え、透明な入れ物をこじ開ける。

 そしてそのまま眠っているチエを抱え上げる。


「…………呆気なく終わっちゃった」

「世界終わらなくなっちゃうじゃん!」

「諦めて俺と生きろ、チエ」

「……地上、上がるか〜」

「本体のチエちゃんが本当に本体のチエちゃんか確かめないとね」

「地上に上がるでいいんだな? あの木はどうする?」

「また倒しに行けばいいよ」

「あぁ、私の目覚めも近い……。結婚、やだな〜」

「結婚、そんなに嫌か?」

「えー、暴力振るわれたり楽しみにしていたご飯取られたり、子ども1人で育てないといけないんでしょ? 嫌に決まっているじゃん」

「…………偏見がすごいな。どうしてこんな偏見を……」

「インターネットでよく旦那さんの愚痴とか育児に関する愚痴とかの話聞くからこうなっちゃった!」

「……インターネットとやらがなにか知らないが、やめないか? そんなもの」


 そんな酷い例の話を聞くだけではなく、良い例の話もしっかり聞いた方が良いんじゃないか?

 大体妻に暴力なんて振るうなんて普通じゃないし、子どもを母親1人で育てるのもおかしいぞ。

 どうなっているんだインターネットとやらは。


「インターネットは地球の必需品だからやめられないんですよね……」

「……何でそんなものが必需品に?」

「いろいろな人と遠くに離れていようがいつでもどこでも連絡が取れるというのが特徴だからね。だから必需品になっちゃったってわけ」

「……インターネットとやらがあれば連絡が取れるのか。それは便利だな。だからといってそういう話に触れるのは良くないんじゃないか?」

「目に入ってきちゃうんですよ!」

「インターネット、文字でも音声でも連絡取れるからね。顔の知らない人と独り言を共有できる物もあってそれで目につくからつい読んじゃって……」

「そんな偏見ができたと」

「そういうわけで地上ですね」


 まだ、本体のチエが起きる気配がしない。

 どうやって本体のチエは起きるんだ……?

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