第71話 現実は婚約していない【Sideヴィクトール】

 ◇Side【ヴィクトール】


 ユーリがテンセイ者だと……?

 そんな話1度も聞いたことがないが、どうしてこの話を今……?


「詳しい話はフユミーさんの目が覚めてからでお願いしますわ。とにかく今はフユミーさんの目を覚ます方法の実践! ですわ! ヴィクトール様、準備をお願いいたしますわ!」

「あ、あぁ……」


 今はフユミヤの目が覚めることが重要であることは重々承知しているが、それにしてもユーリがフユミヤと同じ世界で生まれた、か。

 フユミヤはそれを知っているのだろうか?


 まずは、入れ物の準備だな。

 フユミヤはこの国の成人した女性の中でもずいぶん小さい方に入る。

 と言っても丁度いい大きさの入れ物ではなく、それよ。2回りは大きい入れ物を土の魔力で作った。

 そしてその入れ物を俺の水の魔力で満たす。

 満たすといっても限界まで水を注ぐのではなく、フユミヤが沈んだ後増えるであろう水嵩みずかさも考慮した。

 これでフユミヤの体を俺の魔力で満たす準備はできた。

 …………本当にこれだけでいいのだろうか?

 他にも非戦闘用の装身具を身に着けさせてより俺の魔力と同調させても良さそうだが……。


「うーん……」

「ヴィクトール様、どうされましたの?」

「いや、さらに必要な道具が出てきたからそれの準備もしなくてはな、と思っただけだ」

「……必要な道具、ですの?」

「あぁ、非戦闘用の装身具だ。通常は婚約を申し込む時に渡すんだがな、今は緊急事態だからな。仕方ないといえば仕方ないだろうし」

「装身具って武器職人でもないのに作れますの?」

「素人が作るから非戦闘用だな。単純にお互いの結びつきを強くするための、お守りみたいな物だ」

「そんなものがあるのてすね……」

「……お兄様、装身具はいくつ作るつもりなの?」

「できる限り作るつもりだ。今晩にでもフユミヤの夢には入るつもりではいる。できる限り多く作って身に付けさせるつもりだ」

「本気、なんですね……。装身具用の魔石はありますか?」

「今までの厄災狩り生活で手に入れた空魔石があるからな。まずはそれら全てに魔力を込めてから装身具を作るつもりだ」


 それらの数が相当あるからおそらく足りるとは信じたい。

 足りなかったら厄災の獣を1人で狩れば良いだろう。


「もし、その方法でフユミヤが目覚めなかったらどうするんだい? 僕が行くべきかい?」

「いや、俺がなんとしてもフユミヤを起こすさ。……期限としてはどのくらいだ?」

「おそらく数日かと、アキュルロッテは魔力を分ければ延命できると言っていましたわ」

「数日か。試せる方法は全て試した方が良さそうだな。他にもなにか考えてくれ」

「わかっていますわ」

「とりあえず、フユミヤは俺の魔力に浸しておこう」


 白く光っているフユミヤの体を抱きかかえ、水面に浸す。


「あ、主様……」


 自分の主が俺の、と言っても他のやつの魔力と混じっていくのが嫌なのだろう。

 嫌そうな顔をしながらフユミヤの体内に俺の魔力が混ざっていく様を見ている。

 ……俺だって他のやつの魔力がフユミヤの魔力と混ぜられるのは嫌だ。

 だからこそ、俺が押し切ったのだが……。

 今回はコルドリウスに感謝、だな。


「ところでこの状態でどうやってフユミーさんの世界に行きますの? フユミーさんに魔力を流しながら眠らないとフユミーさんの夢の中には入れませんわよ?」

「それは装身具でなんとかする」

「なんとかできるものなのですね」

「それじゃあ早速装身具を作るとするか。今回の装身具は俺にしか作れないからよろしくな」

「…………この大所帯でなにをして暇をつぶせと言いますの?」

「適当に寝る場所を決めたらどうだ? 俺は今回フユミヤが使っていたベッドを使わせてもらうぞ。近いからな」

「……お兄様、さすがにそれは良くないと思うわ」

「婚約は確実にすることが決まっている以上、問題はないだろう?」

「フユミヤはそのことを知らないわ。あまり強引過ぎるのも良くないのではないかしら?」

「だが、今フユミヤの目が覚めていない以上、使ってもいいのではないか?」


 今回、装身具を使って魔力を送りながら入る以上、なるべく眠っているフユミヤと近い方が良いんだがな。


「もうそれは確定事項でいいとして、ヴィクトール様! 装身具、急いで作ってくださいまし! フユミーさんは1分1秒でも早く助けるべきですわ! 即! 取り掛かってくださいまし!」

「……そうだな」


 ユーリに言われて俺は装身具作りにいそしむことにした。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「とりあえずこんな物でいいだろうか?」


 出来上がったのは首飾り1個、腕輪4個、足輪2個、指輪10個だ。

 腕輪は俺が魔力を送る分も含めて作成した。

 このくらいあれば大した関係性のない俺達でも魔力の同調はできても良さそうだが……。

 これで失敗するようなら更に増やすべきか……。


「……できましたわね! 早速フユミーさんに身に着けさせましょう!」

「……そうだな」


 ここは俺が全て身に付けさせてもらうとしよう。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「これで全て身につけることができましたわね! …………腕輪が2つ余っているように見えますが、それは……?」

「魔力を送るために俺が身につける物だ。これがないとフユミヤの夢の中に入れなくなってしまうからな」

「そもそも夢に入れませんと、ここまでやった意味がありませんものね」

「そうだな。これでフユミヤの夢の中で魔力を使えることがわかれば、フユミヤの目は覚めるだろう。……ところで俺はフユミヤの夢の中でなにをしたらいいんだ?」

「黄色い目をしたフユミーさんの言っていたどうしようもないものと戦うことができればなんとかなるとは思いますが……」

「……どうしようもないものか。一体なんだろうな?」

「わかりませんけど、今のフユミーさんはあまり戦闘に前向きではないのは確かです。冷たいものばかり食べたがっていますから」

「……冷たいものを食べるだと、まさか」

「モルフィード、なにか知っているのか?」


 突然会話に割り込んできたモルフィードはなにかを知っているらしい。

 冷たいものってそもそも食べられるのか?


「サクラにねだられたことがあってね。氷の魔力でできた塊を食べたいだのふざけたことを言っていたけど、今回の光の乙女もそういう類のヒトか……」

「フユミーさんが求めているのは氷の塊よりも柔らかめで別の味がするものだと思いますわ。こちらでも驚く量を求めているフユミーさんも存在していますわね。アイス、日本ではよく食べられますので」

「氷の魔力か、俺は氷の塊を少し作れればいい程度にしか使えないが、フユミヤの求めるものが作れるようになれば多少は……」

「食べたことのないものを再現しようとするのはなかなか無謀ではなくって?」

「……それは」

「…………そもそも、その空間でどうして冷たいものを食べられるんだい? …………まさか、フユミヤを封印しようとして? あの大厄災の獣が? だとしたら……」


 モルフィードがブツブツと独り言を述べ始めた。

 ……フユミヤが封印される?


「……まずい、このままだと光の乙女から大厄災の獣が生まれる可能性がある。そうなる前になんとかして大厄災の獣の元となるものを断たなければ……」

「だとしたら即寝てくださいまし! わたくしが仕切り布をかけておきますので、早くフユミーさんの夢の中へ入ってくださいまし!」

「あ、あぁ。すぐ寝るが……」


 速攻で仕切り布を端まで動かしたユーリの言う事に従って速攻で寝支度を済ませる。

 寝るにはまだ早すぎる時間だが、これは人命救助のためのものだ。

 時間のことは気にしてはいけない。

 今はとにかく寝よう。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 気づけば白い世界と、足元くらいまで水が張っている謎の場所に辿り着いていた。

 ここがフユミヤの夢の世界なのだろうか?

 白い建物が多く並んでいるところを見れば、大小様々でいろいろな髪型をしたフユミヤがいる。

 これは悪くないな……。

 ではなく、まずは黄色い目をしたフユミヤか紫色の目をしたフユミヤを探さないと話すことも叶わないんだったな……。

 異世界の言語が話せれば、あちらこちらに見えるフユミヤと話せるのだがな……。


 とにかくまずは小さなフユミヤが集まっている場所に寄ってみるか。

 なにやら泡で遊んでいるようだが……。


「これで、どうだあああああ!!」

「せやあああああ!」

「おんなじ大きさです! なので、おろしのチエちゃんとぐちゃ髪のチエちゃんの引き分けです! 異論は認めません!」

「「えーー!!!」」


 小さなフユミヤが魔力で出てくる泡の大きさを競っている。

 微笑ましい光景だが、茶色い目をしたフユミヤは異世界の言語を話すとユーリが言っていたはずだ。

 ……この小さな争いの様子を見る限り普通に言葉が通じそうな気配がする。

 そしてなんだ?

 この小さい2つ結びのフユミヤ、自分のことを“チエ”ちゃんと呼んでいる?

 ……フユミヤ、チエの方が名前じゃないか?

 俺達が今まで読んでいたのはなんだ?

 偽名か……?

 出会った時から俺は信用されていなかったというか?


「……不審な外国の人がいるー! 黄色いチエちゃん呼んでくるねー!」

「俺は怪しくない! チエ、俺の言葉がわかるか?」

「……あれ? わかる? なんでー?」

「青い髪の女の人は通じなかったよねー?」

「……魔力のおかげか」

「魔力ってそんな効果があるの? すごいね!」

「……とりあえず黄色い目をしたチエを呼んできてくれるか? チエ達は俺のこと知らないよな?」

「知らなーい!」

「知らない!」

「私も知らないから呼んでくるね〜!」


 前髪が切り揃えられていること、小さいこと、目が茶色いことをを除けば俺達の会った“フユミヤ”の姿とよく似ているチエが黄色い目をしたチエを探しに行ってしまった。

 小さいチエが俺を知らないことに物寂しさを感じるが、地球にいた頃のチエだと考えれば俺を知らないのは当然である。

 ……ところで、


「どうして俺から距離を取っているんだ?」

「おにーさん、デカいから首痛い!」

「少しはその身長欲しい! よこせ!」

「体の大きさは分けられないが、こういうことはできるんじゃないか?」


 思いつきのまま、三つ編みに失敗している小さいチエと2つ結びの小さいチエを抱える。

 ……2人共あの“フユミヤ”より小さいな。

 まだ俺の世界の5歳になっているかなっていないかぐらいの体格じゃないか?


「おにーさんよりデカくなった! 私の勝ち!」

「いーや、私の勝ち! 私の方がツインテールのチエちゃんより年上で体が大きいから!」

「年齢を出すな〜! 卑怯者〜!」

「お、おいっ、暴れるな! 落ちるぞっ!」

「まだ暴れてませ〜ん!」

「だってこの高さから落ちたら痛いもん!」

「ならいいが……」


 一触即発の雰囲気になったかと思いきや、そこまで喧嘩するつもりはないようだ。

 良かった……。


「これ! まるで人がゴミのようだってやつ!?」

「でもこの場所、おにーさん以外チエちゃんしかいないじゃん!」

「じゃあ、チエちゃんはゴミ、ってこと?」

「ゴミじゃないぞ」

「じゃあなに?」

「俺の婚約者だ」


 つい反射で言ってしまったが、現実、まだ俺とチエは婚約していない。

 チエが目覚め次第、婚約自体はできるはずだが……。

 ……チエが嫌と言おうが、本人の意志に関係なく婚約自体は決められてしまうだろう。

 なんの想いがなくても、まずは俺を選んでもらわないとな。

 結婚後に仲が深まった夫婦の話もあるし、俺達もそうなると信じてはいる。


「えーーーー!! チエちゃん、結婚するの!? 外国のおにーさんと!?」

「でも婚約だよ? まだ結婚してないよ?」

「……そうだな。まだ結婚はしていない。近いうちにできればと思っている」

「結婚式はするの?」

「もちろんするぞ」

「え〜、どんなドレス着るんだろうね?」

「そうだな、それも決めないとな」


 1から作らせるとなると、相当時間がかかるだろうが、そこは金の力でなんとか早めてもらおう。


「……ウェディングドレスって女の人が決めるものじゃないの?」

「それはどういうことなんだ? チエの世界ではどうなっているんだ?」

「えーとね。結婚式をすることに男の人は興味を持っていないから女の人がほとんど決めているんだって。インターネットで見た!」

「それで男の人が別の女の人と実は結婚してた! なんてことがあるんだよね! やだね〜。おにーさんはそんなことチエちゃんにしていないよね?」

「しない。俺にはチエだけだからな」

「ほんとかな〜?」

「な〜?」

「なんでそれを疑うんだ……?」


 そして不貞を働くような例を真に受けるな。

 男にもあるだろ、自分と結ばれる女はこんなに綺麗な姿で俺の前に現れてくれるみたいな思いが!

 ……絶対結婚するからな。

 結婚前の時間も大事というのはわかっているが、そんなものは結婚後に設けてもいいだろう。

 チエを無理やり結婚させる目的はおおよそ予想はついているが、子どもを産ませるために結婚するのが目的じゃないからな!

 一緒にいたいから結婚するんだ!


「…………チエちゃん達、この状況はなにかな?」

「おにーさん、チエちゃんの旦那さんになる人の肩に乗せてもらってるの!」

「……ぐちゃ髪のチエちゃん、い、今なんて?」

「え? チエちゃんはおにーさんと婚約しているんじゃないの?」


 黄色い目をしたチエの顔は引きつっている。

 ……当然だ。

 チエには全然言っていないからな!

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