第69話 あるべき場所へ還りたい
◇Side【フユミヤ?】
「それでは、本日の終末予報です。本日もですが、残念ながらまだこの世界は終わりません。多くの“私”達には大変申し訳ございませんが、もうしばらく、もうしばらく、お待ちくださいませ」
「…………まだか〜」
髪をしっかりまとめて眼鏡をかけた“私”が今日も変わらず終末予報をテレビ越しに発表している。
私がこの状態になってからまだ24時間は経ってないと思うけど、なんだか気が早いな〜。
でも、それはもともとある性質か。
なんでもかんでも早くに終わらせないと気がすまない性質だもんね。
食事とか、資格勉強とか、人生とか。
人生に関してはまだ完全に終わったわけではないけど、少なくとも地球での人生は後悔なく終わらせることはできたから。
今回はこのまま待っていれば終わるんだよね。
長い長いロスタイムだったな……。
30日もないけど、十分長かった。
ただ待っているのもアレだし、少しは動こうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外を出ればひたすら白が無限に広がり続ける空間、“私”のちっぽけな集落を除けばひたすら平たいこの世界。
……こんな世界いつ作られたんだろうね?
少なくともあの大厄災の獣の粉を吸ってから24時間も経たずにこんな場所ができるわけがないと思うけど……。
魔力というものは不思議な力だからあまり考えるのはよくないよね。
とか考えながら歩いていると小さい“私”と出くわした。
「ゲッ、紫チエちゃん!」
「闇の“私”だよ。せっかくだしまたバニラアイス食べようかな〜って思ったんだけど、あるに決まっているよね?」
「あるけどさ〜! なんでアレしかないの? いい加減チエちゃんギョーザ食べたいんだけど! 焼きたてパリパリのやつ!」
「私に料理ができるとでも?」
「………………………………ムリ! チエちゃん達は料理ができない!」
「アイスだけが謎に自動生産されている以上は大人しくアイス食べるしかないの」
「そろそろ温かいもの食べたいよ〜」
「そんなものないよ。地球じゃないし」
「やだ〜!!」
床に転がりながらジタバタする小さい“私”。
そろそろバニラアイスばかりの食生活に飽きてきたのだろうが、私にはどうにもできない。
そもそもこのバニラアイスでさえどこからやってきているかもわからないし、それをおいしいおいしいと言って食べるのはいいことなのだろうかとは思うけど、どうせもうすぐ死んじゃうんだからいいよね〜。
ジタバタして駄々をこねる小さい“私”を無視してバニラアイス自動生産所へ向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バニラアイス自動生産所へ向かう。
バニラアイス自動生産所はその辺の建物と変わらない、白い建物だけど、とてもひんやりしているのが特徴だ。
とてもひんやりしているせいでバニラアイスを食べまくった“私”達がブルブル震えながら倒れているのはよくあること。
小学生の頃、バニラアイス食べ放題で食べ尽くしておなかを壊したことがあるくらいには好物だからこうなってしまうのは仕方ないよね。
「そろそろこの私達も退かさないとね」
ぶっ倒れている“私”達は魔力で攻撃しても無傷なので、引きずって退かすしかないのだ。
……魔力で攻撃しても無傷なのはどういう理由かはわからないけど、自分で他の自分は殺せないらしいというのが、ね。
それができらば退かす手間が省けるんだけどな。
段々と重なって倒れている大小の、それも大の方が多い“私”達を引きずる。
道中で“私”タワーが崩れたけど、また後でひきずるなり踏みつけるなりすればいい。
こんな雑な扱いができるのは私だからだ。
私は私が存在していることを認めたくないし、できれば早く死んでくれとも思っている。
──ずっと前から、今でも。
私が存在しなければ私が今までの人生で埋めてしまった枠に素晴らしい人が収まっただろうに、私は流されるまま枠の中に入ってしまったのだ。
入試にしろ、就職のときの定員の数にしろ、細かいところを挙げていけばキリがないくらい。
幼い頃に死んでいれば、その枠に素晴らしい人が埋まっていたはずなのにね。
今だってこの、光の魔力を扱える人間の器にだって、素晴らしい人が入っていれば、うまく立ち回って死者も出さずにいろいろとやれていたはずなのに。
なんで私なんだろう?
私でなければいけない理由なんてないのにね。
私自身は大したことないのに、あの体の能力が強すぎる。
たかが治療魔術をかけただけでクラリスさんに感謝され、彼女を私の騎士にさせてしまった。
……これで私が死んだらクラリスさんは自由になれるはず。
光の魔力の派生の電気の魔力は大厄災の獣によく効くらしい。
でも魔力の真髄に辿り着いたらその攻撃は大厄災の獣に効くってルプアが言ってた。
1番良いのはこの体ごと私が死ぬのではなく成り代わってくれるような素晴らしい人を作れればいいけれど、それも難しいだろう。
……まず人格の作り方がわからないし、作ったとしても今の肉体を動かすことができるのだろうか?
と思いながら“私”達を外に出す作業が完了した。
ひえひえの“私”達はしばらくしたら復活してそのうちまたバニラアイスをかっ喰らうのだろう。
この“私”達はどうしようもなくバニラアイスを食べたがっている以上、仕方ないのだけど……。
さて、私もバニラアイスを食べるとしますか!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ〜、力抜けてく〜」
このバニラアイス、ルプアに作ってもらったアイスによく似ているけど、力がものすごく抜けていく感覚がする。
別にいいんだけどね。
小さいカップ半分でこれなのだ。
全部食べる頃にはでろでろになった私ができあがるだろう。
それでいい。
ダメ人間が更にダメになりながら死んでいく。
それのなにが悪いというのだろうか?
「……またここにいる。どうせでろでろになるんだから食べるのやめたらいいのに」
「光のチエちゃんじゃん。どうせ“私”しかいないんだから世間体保つの止めたらいいのに」
「私の世間体は堅いからそんなヤバいお薬みたいなアイスは食べないよ」
「……でも、その世間体、ヴィクトール様にあった時はそれも剥がれていたよね?」
「……あの時は気が抜けてたの」
「それをずるずると続けて今日までに至っていたわけでしょ? 早く楽になっちゃいなよ〜」
「……なれないの。見事に分離しちゃっているせいで」
「難儀なもんだね〜……。いいや、バニラアイスは。それより様子見ない? 本体の」
「大して変わってないと思うけど……」
「別にいいじゃん。本体の私がどうなっているかでこの世界がいつ終わるか、全部の“私”が死ぬかがわかるんだからさ」
「…………」
「じゃ、行こっか」
でろでろの体を光のチエちゃんに支えられながら私達は本体の私が眠る場所へ向かった。
道中、多くのチエちゃん達が遠巻きに私達を見ていたけれど、それを無視してこの場所で1番大きい建物の中へ入る。
1階の様々なチエちゃんが寛ぐためのスペースは無視して地下の階段を降りる。
地下の長い長い階段を降りた先には、本体の私が入ったガラスの棺が大きな木に取り込まれかけているものが存在していた。
「……あんまり変わってないね。本体のチエちゃんの様子」
「そりゃあ1日経ったわけじゃないし」
「予想では、この木にこのチエちゃんの棺が全部取り込まれたら終わるとは思うんだけどね〜」
「貴女はそれをなんとかしようと思わないの?」
「なんで? “私”が終わればいいと思っているのは貴女も一緒でしょ?」
「……そうだけど、さ」
光の“私”とか言われているこいつも結局本体の私から生まれたんだから死にたいことには変わらないのだろう。
世間体は本音に負けるってね。
「でも、ユーリちゃんやクラリスさん、この世界に来てるから心配とかしてくれているんじゃ……」
「……出会ってそんなに経ってないから仲が良いわけではないのにね。出会って1ヶ月経たずに私が死んでもどうせ忘れちゃうよ。人生のいろいろなことに私の存在はかき消されてそのうち思い出せなくなるでしょう。だから気にしなくてよくない?」
「…………」
「この命は流れ星か花火のような命でしたってことで終わり! でいいじゃん! 本来終わったはずの人生がそのまま続いている方がおかしいんだしね!」
「それはそうだけどさ……」
「なにがいいたいわけ? 出会った人達に対するなにか?」
「それもそうだけど、地球の頃のさ……。」
「なに? 親とか兄と姉のこと? 家族だった人達は別に私のことを気にしてないし、友達だった人達とは何年も連絡取ってないし、職場には悪かったとは思っているけど、新人来てしばらくしたじゃん。なにも問題なくない?」
一応、問題になるようなことは軽微になるようにしてきたはずだ。
葬式代に使えるように現金貯金を家の中でしていたし、お金の心配は問題ないはず。
後は一応熱中症で死んだから完全に自殺と判断できるか怪しい状態にしたし。
本当はあの後布団で寝て熱中症の後遺症で亡くなれるようにしたかったんだけど……。
できなかったことは仕方ないとして、光の“私”はなにを言いたいのだろう?
「……やっぱり、寿命を待たずに死んじゃったの良くないんじゃ」
「なにを今更言ってるの? 死んでる以上もう戻れないでしょ?」
「だからあの世界に生まれて今こうなっているとかってない?」
「だったらすべての死んだ人がこの世界に生まれてないとおかしいんじゃないの? ところどころに日本の転生者がいるけど、大した数じゃないし」
「うーん、そうだけど……」
「生きちゃっている以上はしょうがないでしょ。ここで後悔するのなら、最初のあの森で厄災の獣に襲われて死んでおけばよかったじゃん。のんきに隠れたり歩いたりするからヴィクトール様に連れてかれたんでしょ」
「だって〜、知らない森にいたならワンチャン死後の世界かなって思うじゃん。なんか服装も白いし、地獄みたいな世界なのかなって」
「結局異世界でしたってオチだったけどね。よりにもよってなんで私がとは思ったよ。普通社会人じゃなくて高校生とかじゃないの? 誰が私を異世界で生まれ変わらせたんだか……」
「そんなどうしようもないもの恨んだって仕方なくない? こうなった以上は」
「こうなった以上は?」
「諦めよう!」
「…………」
結局光のチエちゃんもこれだからね……。
やっぱり“私”だから根本的なものは変わらないわけ。
「それにしてもこの“私”、起きないね」
「……本体だからじゃないの?」
「…………ぶっちゃけ本体かどうかも適当に言っているだけだしさ。これがもし別の魔力を持った“私”だったらどうする?」
「え〜、でも四属性の魔力って大した魔力じゃないから違うんじゃないの?」
「……使えない魔術、あるでしょ?」
「治療魔術〜? 治療魔術って魔力の属性的には別なの? 光じゃなくて?」
「たしかに光らせながら使っていたけど、あくまで治っている感出すための演出だからね。厳密には光属性ではないよ。治療魔術って」
「……じゃあ、このチエちゃん放っておいたらあの大厄災の獣、復活しない? ヤバくない?」
「……と言っても今の闇の“私”はバニラアイス食べたから魔術は対して使えないんじゃない?」
……闇の魔力を軽く出すも黒いピンポン玉がゆっくり生成されるだけだ。
ダメそう。
「…………威力弱そう。戦うにはあまり良くないよね」
「まあ、まだ時間はあるし、次の来訪者を待ちますかね。と言っても日本人じゃないとその辺の“私”達と意思疎通できないんだよね」
「そこは光のチエちゃんに丸投げしようかな」
「……また私なの?」
「私が言ったら変なこと言いそうだし、そこは世間体を保っている光のチエちゃんに任せたほうがいいでしょ」
「……結局世間体に任せるんだ」
「じゃないとドン引かせるでしょうに。私は後ろ向きなんだから変な推測をさせないためによろしくね〜」
「はいはい……」
仕方なさそうに光のチエちゃんは請け負ってくれた。
でも、これ助かっちゃったら人生続いちゃうんじゃ?
といっても大厄災の獣が復活する方が良くない。
あの大厄災の獣、中々倒しづらかったら復活した方が良くないよね?
……私、もしかしたらまだ死んだらいけないのかもしれない。
少なくともここでは。
…………あるべき場所へ還るの、中々難しいね。
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