第68話 大小様々フユミーさん【Sideユーリ】

 目を開けると、そこにはただ真っ白な世界が広がっていた。

 雪とかでもなく、建物も、床も、空も、水平線のその先も、全て白い、人工物のような世界だ。

 違うものといえば人間くらいで、わたしの髪は暗い茶髪に、周りにいる人達は様々な髪型をしているけど、みんな黒髪だ。

 服装は全員白い服。

 わたし含めて。

 ……クラリスさんは一体どこにいるのだろうか?


 ここはとにかく動かないことにはなにもわからない。

 まずはクラリスさんを探そう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「誰?」

「フ、フユミーさん!?」


 クラリスさんを探しにこの空間を歩いてみたら、小さなフユミーさんらしき子どもに声をかけられた。

 前髪はきれいに切りそろえられているけどロングヘアーなのは変わらない。

 顔立ちは目が焦茶色なことを除けばフユミーさんそっくりだ。

 ……もしかしてこの空間、大小様々でいろいろな髪型をしたフユミーさんがいる!?

 そんなことより……、


「わたくし! わたくしですわ! ユーリですわ! 覚えておりませんの?」


 ……といっても今のわたしの見た目は前世の『秋葉アキハ 紗百合サユリ』に近しい見た目だけど、この口調だったらわかってくれるだろうか?


「ユーリ……、誰? チエちゃんのことをそう呼ぶユーリって人に心当たりはないよ」

「……チエちゃん、ですの?」


 ……『チエ』というのはフユミーさんの下の名前で間違いないだろう。

 こんな形で知ってしまうことになるとは思わなかったけど、知ることができて良かった。

 あの人、中々自分から名前を言わなかったし、目が覚めたらその名前で呼んでしまおう。

 チエさん、どんな反応をするのだろうか。


「あれ? 名字は知ってるのにチエちゃんの名前知らなかったの?」

「中々教えてくださらなくって……」


 このチエさんは地球にいた頃のチエさんなのだろうか?

 もしかするとこのチエさんは日本にいた頃の記憶しかないのかもしれない。


「そーなんだ。じゃあ大人のチエちゃんの知り合いってこと?」

「そうですわ。わたくしチエさんのお友達ですの!」

「……大人のチエちゃんにお友達はいないよ」

「わたくしがお友達ですわ!」

「うーん……? 変わった目の色のチエちゃんのお友達ってことかなぁ?」

「……変わった目の色をしたチエちゃんとはなんですの? もしかして、紫色の目とか、黄色の目とかしてますの?」

「うん! 2人いるの! 紫チエちゃんは怖くて黄色いチエちゃんはとっても明るいよ」

「バラバラになってますわ……」


 わたしが出会ったチエさんがいない。

 この空間をもっと探せば再会できるのだろうか?


「おろしのチエちゃん、大変! よくわかんない大きな外国の人が来ちゃった! 助けて! どうしたらいいの!?」

「チエちゃんもわかんないよ! ねぇユーリ、外国の人なんとかしてくれない?」

「外国の人、ですの?」


 これはまた小さくて高い位置のツインテールをしたチエさんが現れた。

 こうしてみると双子みたいで可愛いとは思うけど、外国の人って誰のことだろう?


「この人言葉が通じるの!? この場所チエちゃん達しかいないのに? 日本人?」

「日本人ですわ。秋葉紗百合と言いますの」

「サユリ? でユーリってあだ名ってこと?」

「そうですわ」

「ユーリよろしく! じゃあユーリに外国の人なんとかしてもらおー!」

「おー!」

「おー! ですわー!」








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 外国の人と呼ばれていたのはクラリスさんだった。


「X、XXXXXX! XXXXXX! XXXXXXXXXXXXXX!」


 ……クラリスさんが必死になにかを言っているけれど、わからない。

 …………言葉が違う?

 どうして?

 今まで日本語で話していた言葉はこの世界で通じていたはずだ。

 なのにそれがいきなりどうして……?


「まさか、魔力?」

「魔力? 魔法?」

「魔術ですけど、今は使えませんわね」

「なぁんだ〜。見たかった〜」

「それよりこの外国の人どうするの?」

「…………わたくしの知り合いなのですが、言葉が通じない以上、この場所から出てもらうしかないですわね」

「ユーリ、知り合いなの?」

「言葉通じないのに?」


 今のわたしではクラリスさんの言葉が通じない以上ここは……、


「紫チエさんか黄色いチエさんの知り合いでもあると思いますので、彼女達のどちらかを呼ぶことはできませんの?」

「……黄色いチエちゃんに頼んでみる!」


 ツインテールのチエさんが黄色い目をしたチエさんを探しに行った。

 ……これでクラリスさんと黄色い目をしたチエさんの言葉が通じ合うなら解決、と言えるのですが。

 うまくいくのでしょうか?


「……XXXX、XXXXXXXXX? XX〜! XXXXxXXXXX〜!」

「外国の人がなにか叫んだ! わかんない!」

「英語でもなさそうだし、どんな言語話しているんだろうね?」

「外国の人がこっちに来るよ! ユーリ、どうしよう!?」

「言葉が通じない以上、どうしようもありませんわ」


 クラリスさんが困ったようにしているポニーテールの小さなチエさんとぐちゃぐちゃなみつあみおさげの小さなチエさんを横に避けてこっちに向かっているけど、会話ができない以上、意思疎通は無理そうだ。


「クラリスさん、喋ってもムダですわ」

「XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX〜! XXXXXXxXXXXXXXXX〜!?」


 頭を抱えるクラリスさんに向かって首を思いっきり振る。

 ボディランゲージは多少通じるだろう。


「Xx、XXXXxXXXXX……、XXXXXXXXXXXXXXXXXXXX?」


 なにを言っているのかわからないので首を傾げる。

 小さいチエさん達も揃って首を傾げた。


「XXXXXXXXXXXXXXXX〜! ……XxXXXXXXXX、XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX! XーXXxXXXXXXXXXXX〜!?」


 頭を抱えるクラリスさん、言葉が通じていないことがわかったのだろう。


「おーい! 小さな“私”達! 外から人が来たんだって?」

「Xっ、XXXXXXXXXXXXXXXXXXX! XXXXX〜!」

「……クラリスさんはちょっと待ってね。……なるほどね。外から来たのは2人だけど、茶髪の子はユーリちゃん? 地球の頃の?」

「Xっ、XXXXXXXXXXXXXXXXXXX、XーXXxXXXXX!? XーXXxXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX?」

「クラリスさん、言葉の通じない環境でやっと言葉が通じたからって興奮しないで。私がいいと言うまで黙っていられる? ……返事は?」

「X、XX!」


 興奮気味にクラリスさんが返事をした。

 ……このチエさん、すごい堂々としているな。


「で、そこの小さな“私”達に囲まれているのはユーリちゃん、なのかな」

「そうですわ! 地球の頃の見た目になっていてびっくりしましたわ! 今のわたくしの顔、あのユーリとは違いますの?」

「日本人の顔をしているよ。目の色とかも緑色じゃなくて焦げ茶色」

「まぁ! 予想はしていましたが、やはり日本人時代のわたくしに戻っていますのね! ……と言ってもこの顔に大した愛着があるわけではないのですが」

「それはさておき、どうしてこの世界に2人がいるの?」

「とりあえず、フユミーさんに魔力を送りながら眠ってみたらここに辿り着きましたわ」

「…………うーん、魔力って謎。私が分裂するし、世界は終わりそうだし」

「世界、終わっちゃいますの?」

「うん。もうすぐこの世界は終わって『フユミヤチエ』がなくなるの」


 ずいぶん軽い調子で言っているが、それはダメなことではないのだろうか?


「な、なんとかしようと思いませんの!?」

「私が戦ってもどうしようもないなにかにこの世界は支配されているからね」

「電気の魔力は効きませんの?」

「今の私は光の魔力しか使えないからね。私がいっぱい分裂しちゃったから力が分散しちゃったんじゃないかな?」

「そ、そんなことってありますのね……。小さなフユミーさん達は魔力、ありますの?」

「ない〜」

「魔法が使えたら使ってるもん!」

「黄色いチエちゃんか紫チエちゃんにしか魔法は使えないよ!」

「紫チエちゃんはぐ~たらしてるけど!」

「といった感じ。目が地球の頃の目というのもあって魔術が使えないんじゃない? クラリスさんの目は青いけど、魔力の気配を感じないからたぶん魔術は使えないはずだよ」


 クラリスさんがなにかしらの魔術を使おうとしているが、なにも出てこない。

 この空間では魔術が使えない以上、私達にできることはなにもなさそうだ。

 ……せめて魔術が使えたらなにか変わったのかもしれないけれど。

 これだけは確認しなければ。


「フユミーさん、……いえ、チエさん。貴女はこの世界から出る気はありますか?」

「……残念だけど、ないんだよね。どうしようもないなにかも私から生まれてるから私1人で逆らってもダメなんだよね。この私は元の私の世間体で構築されているようなものだから」

「世間体、ですか」

「私が社会で生きるには地の私で生きたら生活が成り立たないから猫というか、化けの皮を被っていたんだよね。本当の私は会話が嫌いだし、人となにかをするのが嫌だし……、とにかく社会で生きるのには向いてないの。でもそれを前面に出したら角が立っちゃうでしょ?」

「それはそうですが、例外というものは多少は……」

「ないよ。可能性がありそうな人、みんな他の人を優先してたし。でも良かったんだ。私なんかに無駄な時間を使わせずに済ませることができて」

「…………」


 ……思った以上にチエさんの闇が深いような。

 ……これは聞いておかなければ


「……チエさんの幸せってなんですの?」

「うーん、6割死ぬこと、3割なにもしないこと、1割アイスを食べることかな? この空間の“私”達はこの割合だよ」

「………………」

「さすがに引いてるか。でももうすぐ死んじゃうし、いいかな〜って。ちなみに私は何もしない派だよ」

「私はアイス!」

「私もアイス!」

「私も!」

「大きいチエちゃんがバカでかいバニラアイス食べてるの! 私も食べたい!」

「小さいチエさんはアイスが好きなのですね……」


 小さいチエさん達が怒涛の勢いでアイス派であると主張している。

 ……チエさん、アイスが大好物なんだ。


「小さな“私”はまだ大して世間に傷付いていないからアイスばっかり食べたがっているんだけどね……。大人になったら体重増加とかおなか壊しやすくなるのに……」

「おなか壊れても食べたい!」

「アイスクリーム1キロ!」

「さすがにそれはマズイのではなくって……?」

「まあ、私はこんな感じで終わりを待っているからさ。もう目を覚ましていいんじゃない?」

「えっ、チエさ」


 閃光が目に飛び込んで瞼を閉じてしまう。

 再び目を開ければ光り輝きながら眠りについているチエさんがいて……、ということはここは元のイーゲン亭なのだろうか?


 体を起こして辺りの様子を伺う。

 ちょうどクラリスさんが起き上がったようだ。


「……ユーリちゃん、ですよね?」

「わたくしがユーリですわ!」

「あの茶髪の、主様と同じくらいの体格に見えた人も……?」

「わたくしですわ。といっても前世のですけれど」

「ぜ、前世、ですか? ユーリちゃんは異世界から来たのではないということですか?」

「そうですわ。しっかり死んで、この世界に生まれ変わりましたの。ちゃんと赤子から始まった人生ですわ」


 ここで誤魔化したらややこしいことになりそうなので情報は明かしておく。

 チエさんと違って転生したとは言外に伝えたが、わかるだろうか?


「私の頭ではしっかり理解できているかわかりませんが、もしかしてたくさんの小さな主様がいる世界って、主様と同じ世界で生きていた人にしか小さな主様の言葉、理解できないのですか?」

「……そうなりますわね。わたくし、クラリス様のお言葉もわかりませんでしたわ」

「今は私の言葉、わかっていますよね?」

「ええ。わかっておりますわ」

「……小さい主様、なんて言ってました? 私のこと」

「大きな外国の人と、びっくりしていましたわ」

「……怯えてるの間違いじゃないですか? なんかそんな反応してましたよ。私が声をかけた編まれた髪が乱れている小さな主様、若干涙目でしたし」

「わかっていましたのね……」

「そりゃあわかりますよ! 主様のことなんですから!」

「…………で、どうだったんだ? なにかわかったことは?」

「……現状、どうにもなりませんわ! 魔力が使えませんもの!」








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 チエさんが言っていたどうしようもないなにかをなんとかしないことには起きそうにならないということはコルドリウスさんに伝えた。

 チエさんだらけの不思議な世界の話を詳しくしたところで困惑するだろうし、無意味だろう。

 ……さて、わたし達はヴィクトール様達を待つしかないのでしょうか?

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