第65話 大厄災の獣戦前の下準備
とうとうこの日が来てしまった。
たまたま見つけた封印されし大厄災の獣と戦う日が。
クラリスさんは大厄災の獣との戦闘経験はないし、ユーリちゃんはロトスの町で魔力切れを起こして一緒に焼肉食べたし、コルドリウスさんに至っては攻撃が一切効いてなかったという話だし。
どうにかなるのだろうか?
今更悩んでも決定事項である以上、仕方ないことではあるんだけど……。
「さあ、フユミーさん! わたくしに光の魔力を分けてくださいまし!」
「……いいの?」
「構いませんわ! わたくしも電気の魔力を扱えるかもしれない機会ですもの! どんなにやっても一切出てこなかった光の魔力、どういうものか気になりますわ!」
「そっか〜……」
「フユミヤちゃん、ためらってないでとっとと抱く! まだまだ分けるべきヒトはいるよね!」
行列ができる前にとっとと分けよう。
……クラリスさんは必須ってわけではないけど、どうするのかな?
ユーリちゃんをそっと抱きしめる。
このくらいの力で抱きしめても魔力は分けられるので問題ない。
……と思ったらユーリちゃんから強く抱きしめ返されてしまった。
今は私、抱き枕ではないんだけど……。
「フユミーさん! もっと遠慮なくやってくださいまし! 分けられている感覚はありますけど、こんな弱々しい力では寂しいですわ!」
「……魔力さえ分けられば良くない?」
「情緒的でないこと言わないでくださいまし! 効率なんて求めずに味わえるものは徹底的に味わうものですわ!」
思いっきり顔を埋めてきているけど、これは後ろからの方が良かったのかな?
ルプアも同じことをしてくるけど、そんなに良いものなのだろうか?
師弟揃っていかがわしいというか……。
2人共身長小さいから仕方ないと受け入れるべきなのか……。
……でも2人共地球で生きてきたんだからあまりこういうのは良くないってわかっている、のかな?
あくまで顔を埋まっているだけだから仕方ない、でいいのだろうか?
「もういいんじゃない? ユーリ、交代。10秒以内に離れなきゃごはん作らない。10、」
「それは酷いですわお師匠様! 手作りごはんを人質に取るだなんて!」
ルプアの言葉でユーリちゃんはすぐに離れた。
ルプアのごはんがユーリちゃんの中での優先度がとても大事らしい。
「さて、フユミヤちゃん。アタシにも魔力分けてくれるよね?」
「……まあ、記念硬貨いらないし」
「さあ、分けて! じゃないと記念硬貨がフユミヤちゃんにぶち当たっちゃうから」
「わかってるって……」
魔力を早く寄越せと抱きしめてきたルプアを抱きしめ返す。
「……いや〜、成長が止まった体も悪くないね」
「……おじさん師弟」
「女にだっておじさんの心はあるわけ。なんなら深呼吸したいよ! 耐えてるアタシ達を褒めて!」
「わざとやっていたんだ……」
「いやわざとじゃないわざとじゃない! 身長が小さいから仕方なく埋まるんだって! 顔が! ただ感触が良いだけで……」
この師弟はダメなところも似て……。
全く……、
「もう魔力分けるのやめようかな……」
「えっ、主様わたくしにはしてくださらないんですか!」
「……クラリスさんも魔力欲しいの?」
「いや、わたくしはその……、主様からの抱擁が欲しいというか…………。ズルいじゃないですか! 私だってそうされたいです! 魔力よりもわたくしは抱擁が欲しいです! 主様の!」
「じゃあ魔力分けないのはルプアが終わったらやるから……」
「いいんですか! やった~!!!」
クラリスさんの喜びようが半端ない。
……そんなに女性から抱きしめられたいのかな。
「フユミヤちゃん、魔力分けるのを止めるのはやめようね。あっち向くからさ」
「……結局頭に当ててない?」
「仕方ない仕方ない。なんなら子どもみたいに抱き上げれば?」
「……そういうことはやったことないからやりたくはないかな。危ないし」
……3兄妹の末っ子だったからそういうことをした経験はない。
された覚えもないけど……。
「じゃあ、魔力分けるのはこれで。ユーリもフユミヤちゃんの身長超すまでこれね」
「……お師匠様みたいに成長が止まったらずっとこれではないですか!」
「ユーリちゃんの方がおじさん……」
「わかりましたから! わたくしはおじさんではないですわ! そのやり方で構いませんとも!」
……声が若干震えているけどそんなに真正面から顔を埋めたかったのだろうか。
ただの脂肪なのに。
「……もう十分じゃない? ルプア、もういいよね?」
「え〜……。仕方ないか。じゃあクラリスちゃんに交代。クラリスちゃんは魔力分けなくっていいんだよね?」
「わたくしは主様から抱擁を頂きたいだけですから!」
「だってフユミヤちゃん。やるよね?」
「まあ、うん……」
やるとは言ったし一応……。
魔力を分けるわけではないのに抱擁なんてしてなにが楽しいんだろう?
「さあ、主様! 来てください!」
そんなに腕を大きく広げられても……。
仕方ない、行こう。
「主様〜!!」
声がめちゃくちゃ弾んでいて喜んでいるのはわかるけど、抱きしめられている腕の力が強い……。
身体強化、もしかしてかけてる?
全身にかかるしめつけの力が強い……。
「今なら主様の御髪にも触れられる……。わたくし、ずっと主様の御髪をおまとめしたいと思っていたんです。主様は下ろした方が楽ですか?」
「まとめられるならまとめたいけど、この世界での髪のまとめ方がわからなくて……」
「それでしたら主様の近衛騎士であるわたくしにお任せください! まとめる物は土の魔力で作れますから! ……どんな風にまとめましょうかね〜」
髪をいじられている感覚がする。
向かい合っているのに髪を編めるのは器用だな……。
「しっかりまとめるのも良さそうですし、編み込みを入れるのも楽しそうですね。髪飾りはありますが、わたくしが手持ちに持っている物でいいですか?」
「……大丈夫」
「せっかくですし、服も買いたいですね~……。旅をするための戦闘向きの服ってあまり華美ではないんですよね……。でも、そういう服は王都でしか取り扱ってないというのが惜しいところ……」
……私達って一応戦ってはいるから華美な服は別にいらないような。
「せっかくですし、1度は王都で服を注文したいですね! ……わたくしの稼ぎでは無理ですが」
「……服を注文するのにどれだけお金がかかるの?」
「有名な仕立て屋なら安くて数百万リーフ、高くて数千万リーフは行きますからね」
「……私のお金で買えなくはないかも」
「でもこういうのはわたくしが稼いだお金で注文したいです……。主様のお金は主様のために使ってください」
「といっても有名な仕立て屋なんて大量にいる王家の子が使っているからツテでもないと厳しいんだけどね」
「……特急料金なら作ってくれる可能性はあるんですけど」
「特急料金もほぼ言い値だからね……。というかクラリスちゃん長くない? いい加減離せば?」
「この際ですから主様の髪をまとめます。主様、いいですよね?」
「うん」
別に髪を丸刈りにするとかにならなければどのようにされたって構わない。
正直邪魔ではあったからまとめられるならまとめてくれていいと思っていたし。
……髪を切りに行くのが面倒くさいと思っているうちに死んじゃったからね。
「じゃあ、わたくしがベッドに座るので、その上に乗ってください!」
「……イスがあるのに?」
「せっかくですから、ね?」
…………これから私は一体なにをされるのだろうか?
クラリスさんの身長は私より高いから膝の上に座っても髪をまとめることはできるとは思うけど、もう少し距離を取った方が髪をまとめやすいのでは?
……できるのなら任せようかな?
「……わかった。重かったらごめんなさい」
クラリスさんの膝の上に乗ることにした。
……いい年して身長が高いとはいえ年下の女性の膝に乗るって自分は一体なにをしているのだろうか?
もう子どもというにはあまりにも老けているのに。
「主様は軽いですよ~。……足細くないですか? しっかり食べてます?」
「食べてるから……、そこは触らなくてもいいんじゃないかな」
「今は主様の御髪をまとめるべきですからね。それでは取りかかりましょうか。失礼しますよ」
クラリスさんはどこからか取り出した櫛で私の髪を梳く。
「主様の御髪、クセがないですね。滑らかでしっかりしてます。まとめがいがありますね。ただまとめるだけではつまらないですし、編み込みも入れてしまいましょうか。痛かったら言ってくださいね」
「うん」
編み込みをされている感覚がする。
最後に髪を編み込まれたのは、大学の卒業式で袴の着付けのついでにヘアアレンジをお願いしたとき以来だけど、編み込みって自分ではできない。
たまに1人でやっている人がいるけど、手先がとても器用じゃないとできない技だ。
「こちら側は少しの間固定しますね。もう何箇所か編み込んでから最後に仕上げますよ」
「うん」
よくわからないまま受け入れる。
もうなにをされているのかわからない。
今私の髪は一体どうなってしまうのだろう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい、できました。今回はこれで完成です」
「……結婚式でもやるわけ?」
「ずいぶん複雑な髪型ですわね……」
「なんかすごいことになってる?」
「主様の髪の出来映えを見たいので立ち上がって前から見せてください」
「わかった」
クラリスさんの膝の上から退いてクラリスさんの方を見る。
クラリスさんは満面の笑みを浮かべていた。
「よくできましたね〜。これならドレスさえあれば社交の場へ出られますよ〜」
「そういう場所に出るつもりはないかな……」
「この髪型だと主役の出来によっては視線をかっさらいそう……」
「無論、そのつもりでやりましたとも。主様には1番素敵な女性と言われるくらいでなければ!」
「本当の社交の場なら
「社交の場に行くことは多分ありませんし、こんな髪型もよく似合うかどうかってことを知りたかったんですよ〜」
「……クラリスさんは私に貴族になってほしいの?」
「いいえ。ただ主様が貴族になりたいと望むのであればなり方の説明はできますよ。簡単に言えば養子になるか貴族と婚姻すればいいのです。話すだけで辛くなってきました。主様はまだ結婚しないでいてください……」
平民が貴族になるには貴族の養子になるか貴族と結婚する必要があるらしい。
普通に無理。
貴族になったところで特にいいところはなさそうだし、結婚はしたくないし、色々面倒くさいからなるつもりはない。
「それじゃあ、もう朝ごはんの時間だしそろそろ出よっか。コルドリウスくん、出てきていいよ」
「……やっと終わったのか」
コルドリウスさんの声色はどこか疲れている。
この中で男性1人だから居心地が悪そうだ。
「今日は朝ごはんを食べたらクラリス様の魔力武器を受け取ってから封印されし大厄災の獣と戦いますのよね?」
「そだよ。まずは朝ごはんだね」
朝ごはんを食べるために部屋から出る。
クラリスさんが部屋の鍵を閉めるのをしっかり見守ってから朝ごはんの場所を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の朝ごはんは分厚いお肉なののさっぱりとした味の肉を焼いたものだった。
ユーリちゃんは毎食厄災の獣の肉ばかり食べているのが不満らしく、お師匠様の料理と何回か呟いていた。
まあ後2日の我慢だからそこは頑張って欲しい。
そして私達は今、ピンク色の建物、ルシテアさんの工房の前にいる。
クラリスさんの魔力武器を受け取らないといけないからね。
「ルシテアさ〜ん、入りますよ〜」
クラリスさんが声をかけながらルシテアさんの工房に入る。
それに私達は着いていく。
ルシテアさんは起きているのだろうか。
「アンタ達、朝から早いですね……。昨日は男性の魔石を受け取りませんでしたが、魔石はあるんですか?」
「あるぞ。これでいいか」
コルドリウスさんが鞄からフランスパンのような魔石を出した。
鞄に対する入れやすさでそのような形にしたとは思うけど、少しシュールだ。
「質は同じくらいですね。後で料金を頂いてから工房に持っていくとして、クラリスの魔力武器ですね。こちらです」
「これが私の魔力武器ですか……。見た目は今まで使っていたものとは変わりありませんが……」
「鞘から出してみてください。わかると思います」
「……おぉ! 刃の方が青くなりました! これが魔力武器なんですね……」
「使っていけばいくほど魔力が馴染んで持ち主の色になっていきます。そのうち元々使っていた武器とは全く異なる見た目になるでしょう。魔力武器は持ち主の戦い方によって姿を変えてくれる子ですから」
「そうなんですね……。それはすごいです」
「ウチに大きい人形はないので試し切りはそこら辺の厄災の獣で。……クラリスの魔力武器はこれでいいですよね?」
「はい! ありがとうございます!」
嬉々として魔力武器を受け取ったクラリスさんは元々持っていた剣の鞘のベルトを外し、今もらったばかりの魔力武器のベルトを巻いていく。
「元々あった武器はどうしますか? ウチで引き取れますが……」
「せっかくなので持っておこうかと。兄上、私が装備している間にいろいろ済ませたらどうですか?」
「そうだな……。まずは金と武器を渡せばいいんだな? 金の方は10万リーフか?」
「ええ、10万リーフで構いません。複製の方もすぐ作ってきます」
……なんだか手早くコルドリウスさんの方の用事も済みそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい、それでは2日後の朝には渡せます。あなたの武器も返します」
「2日後の朝だな。わたくしの用事も済みました。いつでも出発できます」
「それじゃあ行こうか。アーデルダルド湖畔に!」
…………本当に5人で封印されし大厄災の獣に手を出すんだ。
大丈夫、なのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます