第63話 朝はのんきに過ごす

 ◇Side【フユミヤ】


 ……なにかに締め付けられているような痛みで目が覚める。

 目を覚ませばユーリちゃんが遠慮なく私の体にしがみついている。

 痛みの原因はこれだ。

 魔力も籠もっているので痛さが増している。

 無理やり起こすには中途半端な時間だし、ここは1度、拘束を抜け出して二度寝を決め込もうか……。


 …………無理。

 拘束されている力が強すぎる。

 身体強化の魔術でもかけているのかってくらい強い。

 抜け出そうとすればするほど力が強くなっていく。

 ……諦めよう。


「…………フユミヤちゃん、大丈夫?」

「ルプア、起きていたんだ。今って朝なの?」


 声を潜めて私達は話している。

 あまり大きい声だと迷惑だし……。


「もうすぐ朝ってところ。魔力がものすごく減っている状態で眠ったわけじゃないからユーリを起こしていいんじゃない?」

「起こしたら迷惑なんじゃ……」

「その状態はユーリが迷惑をかけているんじゃないの? 試しに声かけてみれば?」

「ユ、ユーリちゃん、起きて……」


 完全に拘束されているわけではないので、動かせる方の手でユーリちゃんの体を軽く叩く。

 ……起きない。


「そんな弱々しい力じゃ起きるわけないって。ユーリは寝たらタダでは起きないの。叫んでも起きないんだから」

「じゃ、じゃあどうしたら?」

「治療魔術の応用、強制覚醒を使うの。厄災の獣によっては強制睡眠の花粉だったりガスだったりを放つのが存在するからその対策ってワケ」

「……応用って言ってもやり方はわからないと思うけど」

「頭に治療魔術かけてみて、そしたらわかるから」

「あ、頭に?」


 ……そんな場所に治療魔術をかけて本当に目は覚めるのだろうか?

 とりあえず、やってみよう。


 治療魔術の光をユーリちゃんの頭に当てる。

 ……本当にこんなので起きるのだろうか?


「……もう朝、ですの? わたくし、まだ寝たいですわ。この柔らかい枕から離れたくありませんわ」

「ユーリ、アタシのごはん一生なしになるけどいいの?」

「それは嫌ですわっ!!」

「あっ……」


 ユーリちゃん、叫んじゃった。

 クラリスさんとコルドリウスさん、起こしちゃったかな?


「……子どもは朝から元気、ですね〜。まだ暗いじゃないですか……」

「そう言いつつお前も昼まで寝る方だろう。学園では寝坊はしていないよな?」


 ……2人共起きちゃった!

 こんなはずじゃなかったのに……。


「嫌ですね〜。さすがの私もそんなことは数回しかしてませんよ〜」

「しているじゃないか……」

「寝坊したところで死ぬわけではありませんから!」


 ……学生としてそれはダメなような?

 この世界での学園って卒業条件とか成績の付け方はどうなっているんだろう?

 それによっては寝坊が死活問題になるかどうかは変わってくるけど……。


「お師匠様! ごはんは作ると言っていたじゃないですか! それがなくなるなんて嫌ですわ! どうしたらいいんですの?」

「まずはフユミヤちゃんから離れる。身体強化は解いてね」


 よっぽどルプアの料理が食べたいのか、ユーリちゃんの拘束が解けた。

 ユーリちゃんの食欲は恐ろしいな……。


「……わたくし、寝ながら身体強化かけてましたの? フユミーさん、大丈夫ですの?」

「後で痛くなったら治療魔術かけるから大丈夫」

「それは相当痛めつけてたことになりませんの!?」

「フユミヤちゃんの魔力量的に多分無傷だろうけどな……。ま、様子は見といてね」

「うん」


 今のところは特に痛みは残っていないけど……、急に動いたら来る痛みとかあるかもしれない。

 ユーリちゃんの締めつけを骨はどれぐらい耐えてくれたんだろう?


「さて全員起きたことだし、今日どうするか決めない? 宿の朝ごはんの時間はもう少し遅めでしょ?」

「イーゲン亭は空が明るくなった頃に朝食の提供が始まりますからね。そうしましょうか」

「とりあえず、部屋の明かりを点けませんこと? 暗くて二度寝しそうですわ〜……」


 ユーリちゃん以外の全員で部屋に点々とある明かりの魔石に火の魔力を込める。

 ユーリちゃんはなんだかへなへなしている。

 無理やり起こすのは良くなかったのかな……?


「部屋の明かりも点けたことだし、今日のことを決めましょうか。まず、アタシがここを去るまで後3日ってわけ」

「……お師匠様、わたくしに料理を作ったらすぐ出ていくつもりですの?」

「そのつもりだけど? その頃にはクラリスちゃんもコルドリウスくんも魔力武器を持っていて、王弟殿下様御一行もやってくるでしょ。アタシは追われてるから逃げさせてもらうよ」


 ルプアは料理を作ったらすぐに出ていくつもりのようだ。

 ……徹夜でどこかの森で厄災の獣と戦い続けるのか、空を飛んで遠い場所へ移動するのか、どっちを選ぶんだろう?


「古代の魔術の研究ならお師匠様が捕まってもできるのではないのですか?」

「いや〜、アタシがこの世界に生まれた本来の名前であるアキュルロッテ=ユグドラシア=セルクシアさんはね、この国の現王であるウォルスロム=フラウディス=フェルグランディスの婚約者なんで捕まって王城に連行されたら結婚が待ってるわけ。それが嫌だから逃げてるの」

「結婚は断れませんの?」

「いや〜キツいキツい。4年経っても代理となる御令嬢と結婚していないとなるとあちら側も相当のなにかがあるんでしょ? 3歳から結ばれた婚約にアタシはずっと納得していないからね!」

「3歳、ですか……。それはウォルスロ厶陛下側からのものでしたか?」

「そうだけど? 嫌だと令嬢の誇りを捨ててまで駄々をこねてもクソ親父はダメだダメだとしか言わない結果、王様とアタシの婚約は一方的に結ばれたわけ。もうその頃から逃げる計画は企ててたよね」


 ……3歳から、地球換算だと4歳くらいだけどそれでもその時から婚約するだなんて普通の日本人からしたらありえないことだと思う。

 逃げられるなら逃げるよね……。


「……王家の“答え”とは恐ろしいものですね」

「コルドリウスくん、知ってるの? 王家の答えってやつ?」

「セラフィーナ王妹殿下から軽く聞いた程度ですが……」

「セラ様曰く、答えと定めた者に対して一目惚れ、と言ってもわたくしには執着のような感情に思えますが、そういった感情を抱き、正気ではいられなくなるといった感覚らしいですわ」

「王家の者にしかその感覚はないとのことです」

「…………それのせいでいろいろこの国おかしくなっているってこと? 答えと定められちゃった子が可哀想すぎない? なんでそんな体質を持った人間が王家なわけ!?」

「……古き大厄災の獣を全て打ち倒した勇者王レイヴァンの血は偉大ですから」


 ……でも勇者王レイヴァンの歴史は一部歪んでいるって話をヴィクトール様とセラ様はしていなかったっけ。

 サクラの存在、なんで隠されちゃったんだろう?


「……勇者王レイヴァンね。その歴史も怪しいんだけどな」


 私とルプアは勇者王レイヴァンと旅をしていたはずなのに歴史から消えてしまったサクラと会ったことがある。

 だからこそルプアもこの国の歴史を疑っているわけだけど……。


「アキュルロッテ様、この国の歴史も疑っておいでで!?」

「勇者王レイヴァンと旅をしていたフユミヤちゃんとほぼ同じの魔力を持った女の子、サクラちゃんと会っちゃったしね」

「……サクラ、ですの!? 100年も前の方ではないですか! どうやって会いましたの!?」

「アタシ達が再会したあの森に黄色い花びらがたくさん散っている木があったんだけど、その木になぜかいたよ。大厄災の獣と相討ちになった結果そうなったって言ってたけど。」

「フセルック領のファルクダリス森林にそのようなものがありますの!? フセルック家の方は存じているのでしょうか……」


 あの森、フセルック領にあったんだ。

 だからフセルック家の人は来たってこと?

 ……でもユーリちゃん達が一気にフセルック領まで来れた方法がわからない。

 なにを使ったんだろう?


「……あんなに目立つ木、フセルックの人間なら把握しているんじゃない? もしかしたらサクラのことまで把握していそうだよね……。ならなんで歴史から隠したんだか」

「……なんだかすごい話になってますけど、結局今日ってなにするんです?」


 クラリスさんが話を戻しに割り込んだ。

 ……クラリスさん、なにも知らないからね。

 わからなそうな顔になっている。


「……今日の話に戻ろうか。とりあえず今日はコルドリウスくんの魔石狩りと闇の魔石集めをしない? モルグドリス森林じゃないところで!」

「モルグドリス森林以外になりますと、アーデルダルド湖畔になりますかね……。ただあそこ、湖から厄災の獣が出てくるんですよね」

「じゃあそこで! モルグドリス森林がダメなのはフユミヤちゃんの魔力中和が効きすぎて厄災の獣が更に弱くなっていると考えられるわけで質の悪い魔石しか手に入らないからね!」

「……私のせい?」

「光の魔力はやっぱり特殊ってわけ。フユミヤちゃんが穢れの臭いを把握していないことが原因でもあるけどね」

「穢れの臭いってみんなが臭うとか臭いとかって言っているやつだよね? あれって実際どういう臭いなの?」

「実のところは無臭だけど、呼吸するだけで臭いと感じる感覚なわけ。魔力で嗅覚に臭いを訴えかけてきてるんじゃないかって言うのが有力な説ね」

「無臭なんだ……」


 臭いを感じないのはある意味正解だったんだ。

 ただ、どうしてその感覚を得られないのかは謎だけど……。


「無臭ですけどくっさいんですのよ! 真面目にムカつきますの! 正直フユミーさんが羨ましいですわ!」

「まあ、臭ければ臭いほど厄災の獣が強かったりするからね。魔力中和はほどほどに行おうってことで、今日はフユミヤちゃんは魔力中和控えめでアーデルダルド湖畔に行こうね」

「……私、闇の魔力で攻撃しかしてはいけないってこと」

「そゆことそゆこと! わかっているならよしっ!」

「私、ほとんどなにもしないじゃん……」

「魔力中和係はクラリスちゃんとユーリね。アタシはフユミヤの闇の魔石集めで忙しくなるから!」

「今回は私が魔力中和を行うんですね!」

「クラリスさん、できる?」

「できますとも! 授業でしっかり履修してますから!」


 なら大丈夫なのかな……?

 学園の授業がどの程度の質かはわからないけど、信じるしかない。


「……後衛なしの純粋な身体強化のみでの戦いですか。時間がかかりそうですね」

「その分フユミヤちゃんが厄災の獣狩ってくれてアタシは大助かりだから! 時間を稼ぐと思って!」

「……それが狙いで?」

「質の良い魔石の方が強い武器になるでしょう?」

「そうですが……」

「それじゃあ、朝ごはん食べてから出発ってことで! 各自好きなことをしてその時を持つように! 解散!」

「……部屋一緒なのに?」

「フッフッフ……、言葉の綾だよフユミヤちゃん」


 変なテンションになっているルプアはとりあえず無視して、とりあえずなにもせず朝ごはんの時間を待つことにした。

 ……みんなやることなさそうだね。


「……ルプア、時計持ってる?」

「もちろん持ってるけど、何時か気になるって?」

「うん」

「今ね……、朝の5時過ぎ。朝ごはんまで後2時間はかかるんじゃない?」

「そっか…………」


 2時間も何もせずに待つのって辛くない?


「わたくしは二度寝しますわ。フユミーさん、膝貸してくださいまし。それで寝ますわ」

「私も寝ますかね……。また起こしてください」

「武器の手入れでもするか……」

「アタシは読むものがあるからそれ読んでるよ」


 ……みんな好き勝手やってるな。

 ユーリちゃんに膝を貸して私はボケーっとすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る