第62話 再会に向けて【Sideヴィクトール】
旅立ちの判断を行う日となった。
昨夜も今朝もフユミヤの位置を確認したが、位置が大して動いていない。
フユミヤは南西のオルスコルトス侯爵領に留まっている、となるとすぐにまた再会できるはずだ。
今度こそは必ず……。
「王家の“答え”というものはやはり恐ろしいものですね。対象となった女性に対する執着がこれほどのものとは。“答え”を得られず王になった者による治世が荒れるのも理解できますね」
「……お兄様とフユミヤが離れてからまだそこまで日は経っていないはず、兄上のようにならなければいいのだけれど」
「……ヴィクトール王弟殿下、もしフユミヤ様を取り戻せましたらフユミヤ様との婚約関係を締結いたしませんか? フユミヤ様の身分に関してはこちらで保証いたします」
「……フユミヤとの婚約か、それは良いことだが生憎これは俺の一方通行の感情なんだ。フユミヤからそういった感情は……」
ないのはわかりきっている。
俺はこんなにも求めているというのに、フユミヤからは大した感情を俺に向けてくれない。
「無いものであっても、光の魔力を持つ子が産まれることが重要です。もし、殿下にその気がないようでしたらルルエルドを」
「ふざけるな! ならば俺がフユミヤと結婚する! なんとしてもだ!」
なぜ、俺が求めているものに割り込もうとしているんだ?
ぽっと出のやつよりも俺の方がフユミヤにいいだろう。
光の魔力を持つ子より俺はフユミヤと共にいれればいいんだ。
それを邪魔するやつは……。
「お兄様、魔力が……」
「フセルック侯爵、俺がフユミヤと結婚するからそのような戯言は言わないでくれ。いいな?」
「……ヴィクトール王弟殿下にその気があるようでなによりです。とにかく今、優先すべきことはフユミヤ様の身の確保になりますね。今の居場所に変わりはありませんか?」
「ああ、変わりはないぞ。見てくれ」
俺は反射で出てきた魔力威圧を抑え込み、地図を出す。
今朝も確認したが、フユミヤの位置に大して変わりはない。
すぐにでも出発したいところだ。
「……フユミヤの位置の赤色、少し濃くなってないかしら? そういえばお兄様、ユーリにもあの貴族の印、渡していなかったかしら?」
「……そういえば渡していたな。そうなるとユーリはフユミヤと一緒に行動しているのか。……これなら」
「そうね。フユミヤの確保はできそう。……アキュルロッテがどうしているかは気になるけど」
「古代の魔術にフユミヤの魔力が必要と言ったのはハッタリか? まさか共に行動しているわけないよな?」
「……アキュルロッテがユーリの師匠なら案外ありえそうよ?」
「ならコルドリウスは一体なにをしているんだ……?」
……なにもできていないというのが考えられるな。
飛行魔術、俺も使えれば……。
「その様子でしたらオルスコルトス侯爵領に向かえばフユミヤ様を確保できそうですね。今日中にでも出発を……。ルルエルド、シェリラ構わないな?」
今日中に出発できるのか!
それはよかった!
「はい、構いません」
「私も大丈夫ですよ〜」
「それではヴィクトール王弟殿下。愚息とその部下ですがよろしくお願いします。」
「ああ、命は預からせてもらう。ルルエルド、シェリラ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。ヴィクトール王弟殿下、セラフィーナ王妹殿下」
「……その王弟殿下と王妹殿下って呼び方、外では直せるかしら? あまり身分を外に言い触らされるとこちらも動きにくくなってしまうわ〜」
「……そうですね。ではヴィクトール様とセラフィーナ様で。シェリラも気をつけて」
「わかってますって〜。それじゃあよろしくお願いしますね。ヴィクトール様、セラフィーナ様!」
「無事を祈っていますよ。それでは出発ということで……」
俺達はフセルック侯爵の執務室から出ることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フセルック侯爵の屋敷の者達から見送られる形で俺達は屋敷の外、街へ出る。
「さて、どの森林か山道を通るんだ? できるだけ早く行ける方法がいいが……」
「オルスコルトス侯爵領の街へ向かうならニルフィリム森林を通るべきですが、街は南にありますからね……。南西となるとカヌーレ山道を歩いた先のモラグドルス森林の先のクレニリアの町、ですかね」
「なら、カヌーレ山道か。どこにあるんだ?」
「あの山がカヌーレ山なのでその方向を目指せばカヌーレ山道です」
「どのくらい日にちがかかってしまうのかしら?」
「4日は覚悟をしておくべきかと。カヌーレ山道は傾斜が激しい上に道がややこしいです。迷う可能性も視野に入れなければ……」
「それにモラグドルス森林も迷いやすいですからね。気をつけて行きましょう」
「……そうだな」
知らない町を大した情報もないまま目指すんだ。
迷う可能性は十分あるが……、
「最悪の場合、地図を見ながらフユミヤの方向を目指せばいいだろう。フユミヤがいる場所はわかるのは確かだ。クレニリアの町でも、オルスコルトスの街でもフユミヤさえ見つかればいいんだ」
「……そうね〜。フユミヤを見つけた上で確保しないと〜。どうやって捕まえてやろうかしら?」
「セルクシア公爵令嬢の動きを鈍らせれば勝機はありそうですが……」
「ルルエルド様、ヒトに氷属性を当てるのはまずいですよ!」
「ですが、そういうことをしなければ確保は難しいですよ? セルクシア公爵令嬢を封印する勢いで戦わなければ……!」
……そのくらいの覚悟でいかなければアキュルロッテの相手は厳しいか。
……父上を呆気なく倒したんだ、搦め手も使えるなら使っておくべきだな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カヌーレ山道に着いた。
茶色い木が多く甘ったるい匂いがする山道といった状態だ。
ここを歩くのは辟易しそうだが、フユミヤに近づくにはここを進むしかない。
「……この匂いは元々なのか?」
「お腹が空きますよね〜。でもこの山道匂いだけなんですよ? 酷くないです?」
「食べ物はなにもないの?」
「厄災の獣の肉だけです。でもまあ街ではこの匂いを再現したお菓子がたくさん売られているんですけどね〜! 食べてから行きたかったですけど、今はそんな場合じゃないですから!」
「そんなものがあるならフユミヤと一緒に食べに行きたいわ〜、今はフユミヤの確保するための旅だものね。終わった後でも食べに行っていいのではないかしら?」
「フユミヤさん、お菓子好きなんです?」
「多分好きよ〜。私が見た中ではモモイモが1番好評だったからきっとこの匂いのお菓子も食べられるんじゃないかしら?」
「フユミヤさん、モモイモが好きなんですね〜。ならこのお菓子も食べられそうです」
「お兄様の分も食べてしまうくらい好きなのよね」
「……アレを見ていたのか」
あのフユミヤを見たのは俺だけだと思っていたんだがな……。
食事場所だから見られるのは仕方ないと思っていたが、思いっきり見られていたのは
あの時のフユミヤの少し喜んでいたかのような顔は俺だけが覚えていればいいと思ったが、これからそれ以上の顔を俺以外のやつに見せるのか……?
「完全には見ることはできなかったけど声は弾んでいたもの。その時のフユミヤの顔、見たかったわ〜」
「その顔は俺だけが知っていればいい。それより菓子の店にフユミヤを連れて行くとはなんだ。俺も着いていくからな」
「といったもお兄様お菓子は苦手でしょう? ここはお菓子を食べられる私が行くわ」
「いや、俺も行く。俺はフユミヤの婚約者、になる予定だからな! 俺の婚約者を勝手に連れ回させるものか」
「……まだ婚約していないじゃない。気が早いのではないかしら?」
「どちらにしろ確保したら婚約者になってもらうしかないんだ。気が早いもなにもないだろう」
ただでさえフユミヤはフセルック侯爵家に血を狙われているんだ。
絶対に盗られるわけにはいかない。
「それにしてもお兄様とフユミヤが婚約だなんて大丈夫かしら?フユミヤは17歳と言っても見た目でだいぶ幼く見えるからある意味問題ではないかしら?」
「兄上とアキュルロッテも似たようなものだろう」
「と言っても兄上の場合最初はアキュルロッテの方が大きかったのにね〜。ぽっと出のフユミヤを見て周りが驚きそうだわ」
「外聞がなんだ。フユミヤは17歳だぞ。同じ年のヒトが結婚することのなにが悪い?」
そう、フユミヤは同じ年の女性だ。
いくら身長が9歳くらいの女子であってもそんなものは関係ない。
「……お兄様の中では結婚するのは確定事項になっているけど、肝心のフユミヤの答えはまだないのよね」
「なんとしてでも頷かせてみせるさ。そうしなければ他のやつと婚約させられてしまうからな」
「……そうなのよね。光の魔力を持っているのがフユミヤたった1人だから、それを狙う人がいてもおかしくないのよね〜。フセルック侯爵みたいに」
「うちの父上がすみません……」
「いやいい。それでフユミヤに婚約を申し込む気が出たからな」
「ならいいですが……」
「……ところでフユミヤさんは貴族の婚約とかわかっているんですかね?」
「……フユミヤは平民と変わらないからな。わかっていないはずだ」
「……だとしたら可哀想ですね、フユミヤさん」
「……俺が幸せにすればいいだけだ」
……無理矢理押し通した後の婚約期間でなんとかなればいいが。
結婚してもその後がある。
なるべく長い期間2人でいる期間が長ければいいが……。
「……せめて、フユミヤが光の魔力を持っていなければ無理に婚約を締結する必要はなかったのかしら?」
「……光の乙女の魔力は封印されし大厄災の獣を討伐するのに有効ですから、父上としては光の魔力の子を増やして大厄災の獣の封印の負担を減らしたいと考えているのでしょうね」
「フユミヤの魔力は別格だったからな……。今いる大厄災の獣を倒したとして、今後も増えるとなると確かにフユミヤの魔力を引き継いだ子がいた方が良いのか」
「……でもアキュルロッテは光の魔力を元々持って生まれたわけではないのに、封印されし大厄災の獣を狩っていたのよね? あれはどうしてかしら?」
「セルクシア公爵令嬢が別格なだけです。あの魔力の使い方への至り方がわからない限り、光の魔力を持たない僕達はどうすることもできません」
「現状、封印で時間を稼いでいるような状態になっていますから、大厄災の獣の数を減らす手段はいくらでも欲しいんですけどね」
アキュルロッテの力のようなものが俺たちでも使えるようになればいいんだがな……。
ないものねだりをしたところで意味はない。
今は……。
「……厄災の獣が近いな」
「ここまで引き寄せて良かったのですか?」
「前衛3人に後衛1人だからな。このくらい引き寄せても良いだろう」
「それじゃあ、戦闘準備はいいかしら?」
全員が頷く。
小手調べといこうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カヌーレ山道の厄災の獣は、大したことのない強さだった。
攻撃を一撃でも当てれば動けなくなるくらいの弱さだ。
ナンドリス街道くらいの弱さだな……。
「つ、強いですね……。僕達で何度か攻撃しないと倒せない厄災の獣を一撃で……」
「まあ、俺とセラは学園を卒業しているからな。お前達はまだ卒業していないだろう。まだ力は伸ばせるさ」
「ですって! 良かったじゃないですかルルエルド様! 私達はまだ強くなれますよ!」
「と言いましても今強くなければダメじゃないですか……。モラグドルス森林の厄災の獣は更に強いと聞いています。注意して行かなければ……」
「さて、分かれ道だがどちらに向かった方がいいんだろうな?」
「……人が通った跡が多い方にしませんか? 少ない方は行き止まりに当たるような気がします。」
「その道にするか。地図で見ると……、確実に近づいて入るのはわかるが、これは正しいのか正しくないかがわかりにくいな。最悪その辺りの木を切って無理矢理進むのもありかもしれないな」
わざわざ道に従って歩く方が手間のような気もしてきた。
ここは水の魔力でカヌーレ山道の木という木を押し流してもいいのかもしれないが……。
「それは危ないですよ。大人しく道に従いましょう」
「山が崩れるかもしれないものね。他の厄災狩りを巻き込むわけにもいかないから、お兄様、それはダメよ〜」
「ダメか……」
良い案だと思ったんだがな……。
大人しく道に従うしかないか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ臨時拠点を作って眠ったほうがいいんじゃないかしら?」
「……もうそんな時間か。先が見えない以上、ここは休息を取っておくか。4日くらいはかかりそうなんだろ?」
「そうですね。この調子だと4日です」
「フユミヤの位置に……、変わりはないな。なら臨時拠点を作るか。……臨時拠点を作れるやつはいるか?」
「私とルルエルド様は土の魔力そんなに扱えませんよ!」
「……お兄様が1番できそうね。いつものようにお兄様が臨時拠点を作るしかないと思うわ〜」
「……そうか」
……土の魔力が得意で戦えるやつって少ないからな。
仕方ない。作るか。
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